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(画像=イタリアの各州を巡り、州それぞれの食文化を学んだ石田智人シェフ。日本では『イルギオットーネ』などの有名店で修業し、『タツヤカワゴエ』でも料理長を務めた)

試飲会や音楽イベント、料理教室など、お店が主体となって行う「お店イベント」が活発化している。しかし、実際にイベントを開催するとむろん通常業務はストップする。また集客に失敗すれば赤字……。通常営業をまわすだけでも精一杯な状態でイベントにも力を注ぐのは、客へのサービス精神だけではやりきれないこともあるだろう。「やってみたい」と思っても実現できない、また二の足を踏んでいる人も多いはずだ。

しかし、ユニークなイベントを活発に行い話題になっている店がある。門前仲町にある完全予約制の古民家イタリアン『トミーノ ラ カーザ ノストラ』の石田智人シェフが開催するイベントは、客からの満足度も高く、SNS上で告知を出すやいなや数時間で満席になりキャンセル待ちが出ることも。

店内で完結するイベントにとどまらず、外に出て行くことも多く、例えば、朝8時に築地に集合し、場内市場で購入した食材で石田シェフがアドリブで料理し提供するという「トミーノと行く、築地ツアー」(参加費用6,000円、飲み放題は+2,000円)や、長野県松本市の宿泊施設付きの古民家を8月いっぱい借り切って行ったイベントなどもあった。

今年は、清澄白河のイベント施設で音楽を楽しみながら実力派シェフ10人の料理をチケット方式で楽しめるという大掛かりなイベント「fooomix」を開催。昼100名、夜100名分のチケットは完売、大成功をおさめた。しかし、時間、労力、コストをかけ、そしてリスクを負いながら、なぜイベントに情熱を注ぐのだろうか? その理由を聞いてみた。

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(画像=古民家を改装した内装はまさに大人のための空間。カウンターや個室も備える)

「イベント」で料理人としての創造力を刺激する

「自分は飽きっぽいんで、何か面白いことをやりたくなってしまうっていうのもありますが、イベントをやる理由の一つに、自分の中の創造性をかき回したいというのがあります。美味しい料理は出せて当たり前。次のステージとして、料理人としての感性を磨き、表現する力が求められているのだと思います。厨房にこもって、料理を作り続けているとクリエイティブな部分が死んでいくような感覚があるんです。水の中にじわじわ沈んでいくようなイメージなんですが……。その水をかき回す作業が必要だと思っていて。イベントでは店の外に出て行き、いろんな人とも関りながらやり遂げなくてはならない。お客様と接する機会も増えますし、クリエイティブな部分がおおいに刺激されるんです。新しい知識が必要な場合もありますよね。長野県産の食材を使った料理と、長野県産の日本酒とをペアリングする「日本酒の会」というイベントを行ったことがあるんですが、それを機に長野県産の食材、日本酒に詳しくなりました。47都道府県、全部やりたいんですが、何年かかるんだろう(笑)」

目の前の赤字より、先を見る

イベントは、石田シェフにとって創造力を爆発させる「実験と発表の場」でもあるのだろう。しかし、状況によっては、赤字になりかねないイベントをやり続けることに、悩みはないのだろうか? 石田シェフはこう続ける。

「正直、赤字になるかも……とはあんまり考えてないですね。それよりもっと先を見ようと思ってやっています。その後そのお客様が定期的に来てくれるようになれば、メリットがあると思っています。その日のディナーを食べる時、迷わずトミーノを選んでくれるお客様になってくれたり、またその人が別の誰かを連れてきてくれたりと好循環が起こっています。それに、採算の合うことを探すより面白そうだと思うことを実行していくほうが、結果お客様も喜んでくれています。『レストランってこんなことまでするの?』と言われたこともあります。それぐらいのほうが面白いじゃないですか?」

実際、定期的にディナーやイベントに訪れる常連客だけでなく、イベントをともに盛り上げる協力者も増えてきた。また、店そのもののイメージアップにも繋がっているという。

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(画像=コースの流れの中で四季を感じる料理が、石田シェフの真骨頂)

しかし、すべてのイベントが流れるようにうまくいったわけではなく、試行錯誤の上、改善されていったと石田シェフは語る。なかには人数が集まらず流れたイベントもあったそうだ。

「先ほど言った長野の日本酒の会は、20,000円で募集したらまったく人が集まらなくて(笑)。その後、品数や料理のグレードを改めて8,000円で募集したら満席になりました。『fooomix』 も最初はまったくチケットが売れず、会場はおさえちゃったし、知り合いのシェフを集めちゃったしで、どうしよう?と焦りましたね。そこから一緒にマーケティングを勉強している仲間に相談し、『誰に来てもらって、どんな気持ちになってほしいのか?』というペルソナを立てるところから始め、宣伝方法を変えていきました。成功したイベントもそれで完成形ではなく、2回、3回と重ねるうちに改善点が見えてくるので、都度ブラッシュアップしていってます」

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(画像=美味しい食事(food)と、大人な音楽(music)、が出会って交わる(mix)がテーマのイベント「fooomix(フーミックス)」の様子。次回開催を望む声も多い)

第一に「まずやってみること」

自身の店で完結するイベントのみにとどまらず、地域の人や店、街を巻き込むような大掛かりなイベントも成功させてきた石田シェフだが、イベントを成功させる秘訣を尋ねると意外にシンプルな答えが返ってきた。

「まずやってみる。自分がやってきたことはそれだけなんですよ。まず、日を決めちゃうんです。『10人ぐらいやってほしいと言う人が集まったら』とか考えてるとできない。人が集まらなければ取りやめて、通常営業に切り替えればいいんです。じつは失うものはないのに、恥をかきたくないとか、そういう心理的なハードルが邪魔して実行に移せない人が多いように思えます。1回でも開催すれば1回分のデータが出る。でも何もしなければゼロのままじゃないですか?」

小さなことでもまずやってみる。そして改善を重ねて行ったからこそ、大きなイベントを開催するにあたっての勘所のようなものが身に付いたのだろう。まずは最初の一歩を踏み出してみることが重要なのかもしれない。

今年、4月に森下から門前仲町に移転し、新たなスタートを切った石田シェフ。今後の展望を聞いてみた。

「一緒に頑張ってくれるスタッフに『トミーノで働いてよかった』と誇りに思ってもらえる店になっていきたいですね。今、トップシェフたちが先導を切って、これまでこの業界で慣習化していた長時間労働を見直し、働き方を変えてきている。それが今の時代に求められていることなんです。スタッフにもちゃんと休みを確保して、料理人が若い人にも憧れられる職業にしていけるよう、カッコいい働き方を目指し、その上で最高の料理を提供できるような店にしていきたいです。そのためにはやはり外にも出て学ばないと、と思います」

新しい食材や料理の研究だけにとどまらず、マーケティングなども学んでいるという石田シェフ。経営者としても絶妙なバランス感覚を持ち合わせているのは、料理人の世界に閉じこもらず、外も見ながらチャレンジを続けてきたからなのだろう。

飲食店で行うイベントは、店の魅力を広く知ってもらう大きなチャンスとなるが、石田シェフのように自身の成長の糧にすることもできる。イベントを行うにあたっては、ファンを作ることはもちろんだが、店やスタッフにもたらされる見えないメリットに目を向けてみるのもいいかもしれない。

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(画像=趣きのある外観)

『トミーノ ラ カーザ ノストラ』
住所/東京都江東区永代2-27-6
電話番号/03-6659-9555
営業時間/12:00~L.O.13:00、18:30~L.O.20:00
定休日/水曜・木曜ディナー
http://www.tomino-casa-n.com/

(提供:Foodist Media

執筆者:あきのきりん