シンカー: 昨年末からのマーケットのボラティリティーの大幅な拡大は、先行き不透明感を強くし、景気後退のリスクと解釈されてきた。しかし、実体経済は堅調で、マーケットは安定化してきた。政治の不安や生産在庫循環の悪化がボラティリティーを拡大させたが、中央銀行のハト派的な姿勢と負債を含めた構造問題が金利対比でそこまで悪化していないことで信用サイクルが堅調なことが支えとなったのだろう。信用サイクルは引き続き堅調でありグローバルな景気拡大はまだ継続するとみられるが、現在のように、政治の不安などの継続がボラティリティーを拡大させる局面は今後も訪れるとみられる。一方、中央銀行のハト派的な姿勢の継続は、信用サイクルが堅調な中で、投資家がリスクに対してポジティブなスタンスを取ることを後押し、マーケットの底割れを防ぐだろう。バイ・オン・ディップスの戦術は引き続き役に立つだろう。結果として、マーケットのボラティリティーの平均的な水準はこれまでと比べ若干上昇するが、株式市場がトレンドとして堅調であるというシナリオになる可能性がある。マーケットのボラティリティーの平均的な水準が若干上昇する中で、各資産ごとのボラティリティーの差は拡大するとみられる。マーケットのボラティリティーの拡大から景気後退という単純なシナリオではなく、ボラティリティーとうまく付き合うことができるかが、投資リターンを左右する局面になっているとみられる。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

グローバル・フォーカスの解説

●トランプ氏が対中強硬姿勢に転じた原因?

ロイター通信によれば、中国政府が米中貿易交渉の合意文書案の全7章に修正を加えて、米国側に提示した。トランプ氏が修正後の文書案を受け取ったのは5月3日で、内容は交渉を白紙に戻すものだったという。中国政府は、知的財産・企業秘密の保護、技術の強制移転、競争政策、金融サービス市場へのアクセス、為替操作の分野で、米国が強い不満を示していた問題を解決するために法律を改正するとの約束を撤回したとされている。米国は中国に合意内容を遵守させるためには法改正が不可欠としており、この情報が事実であればトランプ氏が5日に突然関税引き上げのツイートをしたのも頷ける。劉鶴副首相は9-10日の訪米で関税を回避するためには、より多くの歩み寄りの必要に迫られる可能性が高い。

●ライン川の水位低下がドイツ工業に与える影響

ECの経済予想では、2018年Q4で特に製造業が軟調だった理由の一つとして、ライン川の水位低下が挙げられた。水運はドイツのみならずヨーロッパの物流にとって極めて重要な役割を果たしている。ライン川での水運は、ヨーロッパ全体の内陸水運による輸送量全体の2/3を占めており (2016年)、コンテナ、重量貨物、化学製品の輸送などに利用されている。ヨーロッパ最大の港であるROTTERDAM(オランダ)から他国に輸送される貨物で、水運を用いるもののうち70%はドイツ向けとなっている(2017年)。2018年は夏の降雨が少なかったことで、10月頃にはドイツのKAUB (ライン川で最も浅い箇所で水運の難所)の水位が過去最低レベルに達し、船舶の航行が困難になった。水位が減少すれば、一度に積載する貨物量の減少や、代替輸送手段の必要に迫られるため、輸送コストは上昇する。石炭など化石燃料はオランダのROTTERDAM港で積み下ろされ、ライン川を通じて各国に輸送されるが、水位の低下を受けて輸送コストは2018年後半から上昇した。また、鉱石・鉄鋼・原材料の輸送にも盛んに利用されているため、輸送コストの上昇と物流の滞りは、ライン川の下流に広がるルール工業地帯の産業に打撃となる。例えばドイツの総合化学メーカーであるBASFは昨年ライン川の水位低下により、原材料の輸送が十分できないことなどを理由に工場の閉鎖に迫られた。冬の間の降雪により、2019年3月ごろには再び最大積載量を積んだ船舶が航行可能になったものの、現在の水位レベルは去年の同時期には追い付いていない。今後夏の乾季に入っていき、再び去年と同様の干ばつに見舞われた場合、ドイツの水運・工業の回復を妨げる可能性がある。

●欧州委員会春の経済見通し

欧州委員会は2019年のユーロ圏経済成長見通しを1.3%から1.2%へと小幅に下方修正した。これは主にドイツの成長が0.5% (VS PREV: 1.1%)へと引き下げられたことによる。2020年のユーロ圏成長見通しも0.1PP引き下げられたて1.5%となった。財政見通しについて、イタリアの2019年の財政赤字はGDPの2.5% (VSイタリア政府: 2.4%)と予想されていた2.6%よりも政府見通しに近いものになっている。だが、2020年の財政赤字は実行の可能性が低いVAT引き上げの影響などを除くと3.5%と大きく増加している。債務残高も2020年にGDPの135.2% (VS 2018: 132.2%)になる見通しで、EDP(過剰赤字是正手続き)発動の可能性は増しているだろう。発動されるとすれば、時期は今月末か6月になるとみられる。フランスについて、欧州委員会は今年の財政赤字はGDPの3.1%になるが一時的なもので、来年には2.2%まで減少すると見ている。よってEDP発動は回避されそうだが、債務残高の拡大は欧州委員会の懸念となるかもしれない。

グローバル・レポートの要約

●中国経済(5/8):アジア/中国:追加関税の影響を再検討する

(米国と中国の間で)関税戦争がさらにエスカレートする恐れが再び現実化した。現時点では、(ポジティブ、ネガティブともに)何らかのシナリオの実現可能性を割り出すことはできない。唯一の救いは、劉鶴副首相が率いる中国チームがワシントンを今週訪問の予定で、中国から輸入する財2,000億ドルに対する10%の追加関税が25%に引上げられない可能性が残っていることだ。弊社も現状の分析を多くは示せないが、追加関税が中国経済やアジア貿易に及ぼす影響に関する従来の分析を更新することは有用かも知れない。ポイントは以下の通りだ。

追加関税はすでに中国経済に痛みを与えており、これまでの打撃はGDP比0.2-0.3PPと推定される。今週に追加関税が拡大する恐れが出たため、中国GDP成長率がさらに0.2-0.3PP、また強い信頼感ショックが発生した際はそれより大幅に押下げられる可能性がある。コンピュータ・エレクトロニクス製品と電機の2セクターが、既存および拡大の恐れがある追加関税に最も左右される。アジアのサプライチェーン全体も2次的な被害を受け、国別には韓国と台湾への影響が最も大きくなる。アジア全体でみると、(米中間の緊張による)2次的な被害の方が、「中国を除くアジア」の輸出業者が米国の市場シェアを奪う(プラス)効果より明らかに大きい。だがアジアの中でも、ベトナムはこうした意味で恩恵を受け続ける上で最も良いポジションを占めている。

●中国経済(5/7):インフレの行き過ぎには慎重な対応が必要

今後数四半期の中国消費者物価指数(CPI)は、豚肉価格とVAT(増値税)引下げの2点に大きく左右される。弊社は、前者の方が影響は大きく、年末年始の前後には総合インフレ率を3%以上に押上げると考えている。VAT引下げの目立ったインパクトは他に、経済活動を示す指標に表れる可能性がある。特に鉱工業生産と小売売上高は短期的に上振れるかも知れない。とはいえ仮にそうなっても、後々その一部は正常化するとみられる。

このため短期的にGDP成長率が上振れサプライズになっても、少なくともその一部は持続しないとみられる。一方で、供給要因によるインフレ・ショックには慎重な対応が必要になる。したがって弊社は、PBOCがタカ派に転じることは無いが、インフレの行き過ぎを受け、政策緩和を一時的に控える可能性はあるとみている。

●アセット・アロケーション(5/8): HEDGE FUND WATCH:FRBのハト派バイアスがVIX指数の大規模ショートを誘発

SG MARIはリスク選好の高まりを示唆:2018年4Qを通じて市場のリスク選好度が急低下した後、弊社のマルチ・アセット・リスク指数(SG MARI)は当初はゆっくりと回復していた (英語レポートの2ページ参照)。より最近では、より緩和的な金融政策へのシフト(FRB、ECB)に後押しされて投資家がリスクに対して徐々にポジティブなスタンスを取っており、原油、新興市場株、および新興市場通貨(ロシアルーブル、メキシコペソ)に対するネットポジションが再び大幅なプラス(ロング)に転じている。VIX指数(S&P500のインプライドボラティリティ)に対する大規模なネットショートポジションは行き過ぎの感すら漂い始めている。

VIXショート戦略は現在約8%の月次利回りを生んでいる:クレジットでさえ本格的に割高になりつつあることを考慮すると(2019年4月26日付のCREDIT STRATEGY WEEKLY参照)、VIXショート戦略はその代替となり得る。同戦略は最近約8%と高い月次利回りを創出している(下図の赤の線(反転表示))。ただし、後者の方がリスク特性が大幅に高いことを念頭に入れておく必要がある。2014年以降、VIXショート戦略の月次キャリーは+23.8%から-41.8%の間で推移している(日次データ系列に基づく)。中欧銀行の大撤退(2019年2月25日付のTHE GREAT RETREAT BY CENTRAL BANKS, MARKET CONSEQUENCES参照)がアグレッシブな利回り追求(HUNT FOR YIELD)を誘発している背景を踏まえると、VIX指数に対するショートポジションが過去最高を更新していることは驚きではないと思われる。

抗うには魅力的過ぎる?:米国債イールドカーブがほぼフラットな時にVIX指数が低水準に張り付くのは珍しいことではない。実際、毎月満期のVIX指数先物は約15で取引されており(VIX指数現物は約13)、前回の底まで下落した場合はVIXショート戦略の利回りをさらに押し上げよう。一方、弊社は昨年の2度の大きなボラティリティ急騰を忘れたわけではなく、VIXショート戦略のパーティーに参加するにはかなり遅過ぎると思われる。投資上の結論:現時点では、例えばカレンダートレードやディスパージョントレードという形でのリラティブバリュー・ボラティリティトレードの方がより魅力的かもしれないと弊社は考える。そうしたトレードはダウンサイドをヘッジするだけでなく、アップサイドリスクへのエクスポージャーを得ることもできる。

●アセット・アロケーション(5/7): MUTUAL FUND & ETF WATCH: ファンドが依然リスクを大きくロングするなか株式から資金が流出

ペイントレード(苦痛を伴う取引)が続く-力強いパフォーマンスVS純資金流出: 弊社が「フローなき回復」というアイデアを提唱して以降(2019年3月1日付のMUTUAL FUND & ETF WATCH参照)、この概念は多くの注目を集めている。しかし、この言葉は1Qに起きたことを表現するにはマイルド過ぎた。非常に驚くべきことに、過去3ヵ月間で株価の上昇(MSCIグローバル指数は+9.6%)と株式からの純資金流出(-690億ドル)が同時に起きており、欧州株(-420億ドル)がその中心となっている。下図は、ほとんどの時期にフローとパフォーマンスが合理的に整合していることを示唆しているが、両者が逆の動きをする時期も見受けられ、今回のそうした局面(3)は既に3ヵ月以上続いている。では、次に何が起きるのだろう?

現在のラリーは資金流出により危機に瀕しているのか、それとも投資家を呼び戻すのか?: これまでのところ、株式からの資金流出は市場の回復を妨げるには至っておらず、後者は「弱気シグナルの強気な解釈」(2019年4月16日付のNEWSFLOW WATCH参照)とより強く関係している。しかし、逃すことへの恐怖(FEAR OF MISSING OUT:FOMO)から「多額の待機資金」が再び市場に殺到する状況に到達するには力強いパフォーマンスがあと2ヵ月続く必要があるかもしれない。ファンド投資家はリスクのショートだけはしていないため、それまでの間は株式からの資金流出が続くと思われる。

ファンド投資家はリスク資産に大きなウェイトを割いている: 現在、リスク資産(株式とクレジット)はEPFR GLOBALが月次ベースで集計する投資プール(3万606本のファンド、運用資産額はFRBのバランスシートの8.3倍に相当する31兆ドル)の64%を占めている。投資家は様子見どころかリスク資産に絶対ベースで大きなウェイトを割いており、現在のウェイトは過去最高水準の90%に達している。投資上の結論:1Qの力強いラリーの直後だけに、株式からの資金流出は、良好な市場環境の中で利益確定によってリスクを低減する理性的な方法と解釈すべきであろう。弊社のMULTI ASSET PORTFOLIOでは株式をアンダーウェイトしている(アセットアロケーションの40%)。

欧州のウェイトを縮小: 株式ポートフォリオのグローバルリバランスを考えると、欧州のシェアはさらに縮小される可能性が高い。本稿のEDITORIALでこの視点について説明している。

●債券市場(5/7): 買うか死ぬか

長期的な投資妙味が乏しいにもかかわらず、投資家は強い圧力を受け続け、債券の購入やデュレーションの長期化を迫られている。米連邦準備制度理事会(FRB)の辛抱強い政策の下、景気関連の指標が改善しても、米国債相場やドイツ国債相場に問題は起きていない。むしろ、スペイン国債など一部の市場では、債券利回りが過去最低を更新し続けている。債券以外に手ごろな投資対象が見当たらない中で、投資家は多大な圧力を受けながらベンチマーク並みの運用成績を維持することを求められている。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司