「日本酒ブームと言われて久しいが、本当に美味しい日本酒はほんの一握り。美味しく提供できる飲食店も多くはない」。そう語るのは『大塚はなおか』の店主、花岡賢さん。「ミシュランガイド」のビブグルマンに4年連続して選出された『大塚はなおか』は、「料理の流れに合わせる日本酒」をテーマにした店だ。『大塚はなおか』では、ほとんどの客が日本酒のメニューを見ず、店におまかせしているのが特徴。一人ひとりの飲むペースや好みに合わせて最適なお酒や、酒器を選んでいる。そんな彼に、日本酒を美味しく飲ませるために心掛けていることを聞いた。
「うちでは、料理の流れに合わせて日本酒を出しています。それはペアリングとは違うんです。ペアリングは、料理の一品一品に合わせてお酒を出しますよね。そうすると、コースが5品だったときに、お酒も5杯出てくるんですよ。5杯も飲めないお客さんもいるし、『好きだ好きだ』と告白され続けているような感じで飽きてくるんですね。うちの場合は、時間軸によって出すお酒を変えます。例えば、1品目の前菜から、2品目の刺身の途中まで飲む方がいたとします。その場合は、前菜にも刺身にも合うお酒を提供します。2杯目は刺身の途中から3品目のスープに合うようなお酒を選びます。コースの中で3杯出すのであれば、時々休ませながら、『どの料理に焦点を合わせるか』ということを考えるのです。前菜と最後の料理では全然違うお酒が合うので、文章のように起承転結をつけるのがうちのやりかたです」
杯をどんどん重ねたい酒豪もいれば、ちびりちびりと味わいたい人もいる。人それぞれのペースや嗜好、料理の進行度合いに合わせて、最適な日本酒を提供するのが『大塚はなおか』の流儀だ。お酒が弱い人にはノンアルコールを合わせたり、通常一杯100ccで出すお酒を50ccずつ出したりして、どんな人でも楽しめるように工夫しているそうだ。
日本酒と和食のコースの合わせ方
日本酒と和食の相性がいいのはいうまでもないが、たとえば和食のコース料理と合わせる場合は、どのように合わせていけばいいのだろうか?
「和食のコースでは、日本酒は値段の高いものから安いものを出すのが基本です。日本酒は値段の高いものの多くはフルーティな香りで、中~低価格帯は穀物系の香りが大半です。果実系の華やかな香りは前菜の野菜料理や果実を使った料理に合いますし、魚料理や珍味などは穀物系の香りと相性が良いです。日本酒の値段の違いは精米歩合の違いなので、高い順から安い順に提供していけば、料理に合わせやすいと思います」
『大塚はなおか』では、同じ酒でも、シーンによって酒器を変えて出しているという。その狙いを聞くと……。
「簡単に説明すると、細部まで味を繊細に見せたいときにはガラスを、味をまろやかにしたいときは磁器や陶器を選びます。洋服に例えると、ガラスはパーティドレスです。体形にフィットすればすごくきれいだけど、合わないと痛いことになる。磁器は洋服、陶器は着物ですね。全体をきれいに見せながら、見せたくない部分は隠すことができます。基本は100cc最後まで飲むことを前提としているのですが、濃いお酒をガラスの酒器に入れて、細部まで繊細に見せると飲み疲れてしまいます。そんな時は木や磁器の器に入れると、味を柔らかく感じるんですね。逆に、濃いお酒をスッキリ飲ませるためにあえてガラスの酒器に注ぐこともあります。形状によっても味は異なるので、香りを逃がしたほうがいいのか、内側にためたほうがいいのかということを考えながら20種類以上の酒器の中から最適なものを選んでいます」
日本酒の多くは、時間の経過とともに香りが変化し、蒸れたような香りになる。その香りを逃がしたい場合は、それに適した酒器を選び最良の味になるように調整する。また、同じ酒でも口径により濃淡の感じ方が変わるため、お客様の嗜好と料理により酒器を変えていくのだという。さらに驚きは冷蔵庫を3種類も備えているところ。日本酒は保管する温度で味が異なるため、4度、8度、15度の3種類の冷蔵庫を使い分けているのだとか。
日本酒に関わる人が誇りを持って働けるようにしたい
居酒屋の場合は頼んだ料理が一度に出てくることが多いが、花岡さんは「色々な料理が混在している状態では、お酒を合わせるのが難しい」ということを常々思っていたそうだ。そこで、日本酒と料理を合わせるスタイルを追求するため、8年前に店をオープン。自分の店だけでなく、業界全体のレベルも上げるため、「飲食店日本酒提供者協会」も立ち上げた。この協会を作った理由とは?
「この協会は、日本酒に関わる人がソムリエのような立場になってほしいという気持ちで始めました。ソムリエの場合はコンテストがあったり、頑張れば星付きレストランに引き抜かれたりすることもあって、誇りを持って働けるんですよね。でも和の世界では飲料というのが軽んじられています。多くの料理人に聞いても『酒は料理の邪魔をしなければいい』という考えで、ソムリエほど高い意識を持っている人は働きづらい環境です。仮に日本酒に詳しかったとしても、趣味程度に思われて、誇りを持って働けない現状にずっと問題意識を感じていました。そこで、日本酒のプロフェッショナルを育てると同時に、それが仕事として成り立つ環境を整えようと思ったんです。サービスする側が誇りを持って、日本酒を美味しく提供することができれば、結果的に良い蔵元さんの酒も広がっていくと思います」
現在は協会が実施する検定試験やワークショップを通して、日本酒の正しい知識を広めている花岡さん。現在「日本酒ブーム」と言われて久しいが、それに甘えることなく、提供する側が「本当に良いもの」を見極める目が必要だという。
「ブームが過熱しているので、『どれもうまい』という風潮がありますが、実際は玉石混交の状況です。本当に美味しいお酒を造る蔵はほんの一握り。『若い作り手だから』『小さな蔵だから』ということで取り上げられたところが、必ずしも美味しいとは限りません。食材と一緒で、飲食店側がきちんと良いものを仕入れるようになることで、本当に美味しいお酒を作っている蔵元さんの努力が報われると思います。提供する側だからこそ、そういう厳しい目も持たないといけないですね」
確かに、蔵元がどんなにおいしいお酒を造っても、サービスする側が正しい提供方法を心得ていないと、そのお酒のポテンシャルは十分に引き出されない。飲食店関係者の知識や見る目を養うことが、めぐりめぐって、消費者や蔵元の利益になるのだ。