自分を大きく見せ、相手の動揺を誘う方法とは?

ゼロサム交渉術,岡本純子
(画像=THE21オンライン)

規格外で破天荒なアメリカ合衆国大統領、ドナルド・トランプ氏に世界中が翻弄されている。なぜ、トランプ大統領は、目先の利益にこれほどまでこだわるのか。それを知るには、彼の美学である「ディール」のロジックを理解しなければならない。そこで、コミュニケーション・ストラテジストとして、グローバルスタンダードのコミュニケーションを数多くの企業で研修している岡本純子氏にお話をうかがった。トランプ流「黒い交渉術」の正体とは。

「悪の三本柱」を持つしたたかなネゴシエーター

不動産業界の天才ディーラーとしてのし上がってきたトランプ氏にとって、交渉は生きがいです。自伝『The Art of the Deal』では、大きな取引であるほど、スリルと喜びも大きいと語っています。その手腕は、政治の世界でも存分に発揮され、自国第一主義の政策「アメリカ・ファースト」を進めています。

ただ、その手法はあまり褒められたものではありません。相手が損をし、自分だけが得をする「ゼロサム交渉」は、様々な遺恨が生じるからです。なぜ、そんなことを平気でできるのか。理解できない人も多いかもしれません。

一説によれば、トランプ氏は過度なナルシズム、目的のためなら手段を選ばないマキャベリズム、怖れ知らずで、躊ためら躇いなく人を蹴落とすサイコパス的気質を持ち合わせているそうです。

「悪の三本柱」とも称されるこの気質が、彼の交渉スタイルに影響を与えていても不思議ではありません。

もちろん、海外のビジネスパーソン全員がこうしたゼロサム交渉をしているわけではありません。両方にとってメリットのあるソリューションを探すwin-winを目指すスタイルが基本です。ところが、ゼロサム交渉を仕掛けてくるビジネスパーソンも、中にはいます。

こうした人が出てきたとき、win-winのスタイルで交渉に臨んでも、満足のいく成果は得られないでしょう。それどころか、したたかで予想不可能な相手に面食らって、不本意な交渉をしてしまうかもしれません。

そうした意味において、トランプ氏の交渉テクニックを知っておくことは重要なのです。こうしたゼロサム交渉術を積極的にお勧めするわけではありませんが、少なくとも、そのノウハウを知っておくことで、多少なりとも予防線を張ることはできるはずです。

2つの「Big」で相手を動揺させる

では、トランプ氏のダーティな交渉テクニックはどのようなものなのでしょうか。分析すると、数多くのテクニックが存在するのですが、今回はその中でも特徴的な心理的テクニックに言及していきます。

一つ目は、「Think Big」。通常では考えられない極端な要求を基準に、交渉をスタートさせます。

例えば、1億円を要求すればよいはずの交渉であっても、まずは3億円を提示する。この価格をアンカーとして、交渉の幅を決めてしまうのです。わざと「ふっかける」というテクニックはありますが、目標額の少し高めを提示するのが一般的。ですが、トランプ氏はそのスケールが違います。トランプ氏の提示する金額や条件があまり大きすぎて、相手は本気かどうか測りかねて動揺してしまうのです。

すると、たとえ荒唐無稽な提案であったとしても、トランプ氏が少し条件を下げてくれただけで安心してしまいます。結果、トランプ氏の要求に限りなく近い条件で決着することになるのです。

二つ目は、「Big Deal」。小さな取引を無視し、大きな取引だけに注目する交渉です。

先日行なわれた北朝鮮との会談では、北朝鮮が一部の核施設の閉鎖と引き換えに、経済制裁の一定の解除を求めてきました。

しかし、トランプ氏は、すべての核施設を廃棄しなければ、経済制裁の解除には応じないと突き返しました。相手の動揺を誘うためなら、交渉の席を立つ演技も厭いといません。

おそらく、実際の交渉の場では、他にも様々な条件が北朝鮮から提示されたはずです。でも、自ら設定したゴールは決して譲らない。好条件を提示されても不服なフリをします。もっと良い条件を引き出すためなら、ブラフ(ハッタリ)をかますことなど朝飯前です。イデオロギーや長期的な国益よりも、目の前の交渉に「大きく」勝つことが、彼のすべてなのです。

また、トランプ氏はスタンドプレーによるPR効果も狙っているのでしょう。もともと、トランプ氏は巧みなメディア戦略によって、不動産業界をのし上がってきた人物です。目立つほどに、発言が注目されることがわかっていたので、常にセンセーショナルなネタが必要でした。だからこそ、話題にならない小さな取引などには食いつかなかったのです。

トランプ氏がダボダボなスーツを着る理由

ところで、トランプ氏がダボダボなスーツを着ていることに、違和感を持ったことはありませんか。なぜ、わざわざあんな恰好をするのか。実は、そこにも戦略があります。

とにかく自分の身体を相手よりも大きく見せることで、マウンティングしているのです。ボタンも留めないことで、さらに身体の体積を大きく見せようとしています。トレードマークの赤いネクタイは、情熱を表す色として意図的に使っています。

交渉というと、とにかく話す内容にだけに意識がいきがちですが、ノンバーバルなコミュニケーションも交渉に多大な影響力を発揮しています。人が発するエネルギーや圧力が、存在感を左右するからです。発言にも説得力が生まれます。

例えば、自信満々な人に間違いを指摘されたとき、「あれ、この人が正しいのかな、私が間違っているのかな」と思うことはありませんか。雰囲気にのまれて、「交渉する前から負けている」ことも大いにあり得るのです。

また、ジェスチャーにも注目すると面白い発見があります。

トランプ氏が会談時に、相手の背中をポンポンと叩いたり、自分のほうへ来るよう偉そうに手で招くボディランゲージも、「俺が上だからな」というマウンティングの一種。トランプ氏が主導権を握っているよう、周囲に印象づけることができます。

結構、日本人はこのあたりに無頓着な人が多い印象です。何も知らないまま交渉の場に乗り込んで、相手のいいように話をまとめられないよう気をつけましょう。

では、トランプ氏のような交渉を仕掛けられたら、我々はどう対処すべきなのか。

基本的な姿勢は、刃向かわずに上手くおだててあげることです。このタイプは、敵対的な交渉をすれば相手が滅ぶまで徹底的に攻撃する一方で、自分の懐に入ってくる相手は可愛がります。ある意味わかりやすいので、適当におだてて、気分よくさせておきましょう。

そのうえで、交渉を仕掛けられたら、はぐらかして、つかず離れずの距離を保つのがベスト。相手の土俵に乗らないことが、最善の戦略なのです。

日本にも溢れている「ミニ・トランプ」

奥ゆかしく和を重んじる日本人に、トランプ氏のような図々しい交渉をする人は少ないと思われるかもしれません。

でも、本当にそうでしょうか。意外とあなたの身近なところに、「ミニ・トランプ」が隠れているかもしれません。自分の要求を通そうと泣き叫ぶ子供、言いたい放題のわがままな上司、周囲を威圧するカリスマ経営者など……。そう考えると、トランプ氏と大差ない日本人も大勢いるのです。

彼らの交渉に共通するポイントは、一方通行であるということ。人の話を聞かずに、いかに相手を説得するか、要求を通すかに腐心しています。自分の立場が強いうちはうまくいきますが、力が弱くなればたちまち人が離れていくので、あまり持続性のある戦略であるとは言い難いでしょう。

本来、交渉は双方向の作業でなければなりません。相手のツボがどこにあるのかを探りながら、お互いに落としどころを見つける話し合いです。交渉に限らずともコミュニケーションは、一方通行では成立しません。どう伝えるか・どう人を動かすのかだけを考えていても伝わらないものです。

もし、人を本当に動かしたいのなら、対話の中から自分のあるべき姿を見つけてもらい、「動かす」のではなく「自ら動いてもらう」こと。交渉も同じです。話し合いの中で、相手が納得のいく答えを見つける手伝いをし、自発的に「Yes」を引き出していかなければならないのです。

交渉を成功させる「負ける技術」

では、相手が納得したうえで合意を得るにはどうすればいいのか。ひと言で言えば、「負ける技術」を身につけることです。

「ニーズを引き出す質問力や傾聴力のほうが、大切ではないか」と思われる方もいることでしょう。もちろん、ニーズを引き出し、相手に寄り添うことは重要です。交渉のプロであるFBIには、徹底的に犯人の話を傾聴して、心を通わせることで犯人自ら人質を解放するノウハウがあると言います。

ただ、テクニック以上に、「自分の要求を通したい」「自分の意見を言いたい」という気持ちを抑え、相手を立てる心構えのほうが大切なのです。

日本には昔から、場合によっては、目の前の勝ちを譲ることで、後々有利に働く「負けるが勝ち」という格言があります。人は、ずっと勝ち続ける相手とゲームをしたいとは思いません。たまには勝たせてあげないと、交渉は長く続かないのです。

交渉だけでなく、普段のコミュニケーションもそうです。なぜ、偉い人ほど腰が低いのかを考えてみてください。彼らは、必ずしも謙虚なわけではなく、「君のおかげだよ」「よくやってくれているね」といった労いの言葉をかけることで、相手が気持ちよく動いてくれることを知っているのです。周りに花を持たせることはあっても、自分の実績はあまり誇示することはありません。

負けているように見せておきながら、実は勝っている。そんな交渉の妙を理解し、体得できれば、トランプ氏以上のネゴシエーターになれるのではないでしょうか。

岡本純子(おかもと・じゅんこ)
コミュニケーション・ストラテジスト
早稲田大学政経学部政治学科を卒業後、読売新聞経済部記者として活躍。アメリカMIT 比較メディア学客員研究員や電通パブリックリレーションズコンサルタントを経て、企業幹部のプレゼン・スピーチなどといったコミュニケーションのコーチングを手掛ける㈱グローコムを立ち上げる。著書に『世界一孤独な日本のオジサン』(角川新書)がある。≪取材構成:THE21編集部 野牧 峻≫(『THE21オンライン』2019年5月号より)

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