はじめに 

米中貿易摩擦がグローバルな問題として世界の注目を集めている中、同じ東アジア地域でもう1つの貿易摩擦が生じている。去る1日我が国政府が韓国向けのフッ化ポリイミド、レジスト、さらにフッ化水素の輸出規制厳格化する旨を公表した。これらは半導体製品製造の為に不可欠な材料である。半導体製品といえば韓国の主要な輸出産品の1つであるスマートフォンやテレビなどの製造に必要不可欠である。当然ながら韓国の製造業への影響は大きく、同国では我が国に対する反発が日に日に強まっている。

日韓における輸出規制問題を考える 米国が果たす東アジアでの役割がカギ
(画像=Novikov Aleksey / Shutterstock.com)

具体的には我が国は輸出規制発動前は上記の半導体原料輸出業者に対してまとめて輸出許可を出していた。しかし同規制の内容によれば、同4日以降は個別の材料ごとの契約を義務付けた。この措置によって我が国から韓国へ上記の材料が輸出される際のスピード感が著しく損なわれると共に、契約内容如何によっては我が国当局が当該材料の輸出許可を出さない蓋然性すらある。輸出許可を得るプロセス自体も以前よりも長期化することが懸念されている。

この問題の背景として我が国政府の主張によれば、韓国の輸出管理が不十分な点があることや不適切な事案が生じたとされているが、詳細は明らかにされていない。他方で日韓関係を悪化させている要因の1つと考えられている「元徴用工問題」に関して具体的な解決策が韓国側から示されなかったことも理由であると我が国政府が公表している。ただし、あくまで我が国政府によれば「徴用工問題の報復ではない」としているが、韓国はWTOへの提訴を検討するなど対決の姿勢を崩していない。

日韓関係は経済的つながりだけでは当然説明しきれない。上記の「徴用工問題」からも見て取れるとおり、日本と朝鮮半島が経てきた歴史的経緯を踏まえることが重要である。去る5月に筆者の取材を快諾してくれた韓国の大学教授によれば、「韓国人、とりわけ若年層は日本に対してむしろかなり好意的である。しかし事歴史問題が話題にとなると一転して複雑になる」とのことだった。

無論、この問題は日韓両国の間だけで収まる問題ではない。韓国もしくは我が国企業から商品ないし部品の供給を待つ諸外国もこの問題から大きな影響を受ける。さらに上述のとおり、本問題は日韓経済だけでなく日韓の政治経済史も踏まえなければならない。本稿ではまず本問題の重要性を再確認するために日韓経済関係がどれだけ密であるのかを確認する。その上で東アジアにおける政治経済問題を考える際に欠かすことの出来ない米国の存在も踏まえつつ、本問題と日韓関係の行方について検証したい。

日韓輸出規制問題の背景を理解する

そもそも日韓貿易の根本には中期に亘って続いてきた韓国の対日貿易赤字問題がある。特に部品や設備といった「中間財」について韓国経済が我が国に依存してきた。韓国にとって対日貿易赤字を縮小するためには我が国からの技術移転に加え、我が国企業による韓国経済への投資・協力が必要であると考えられてきた。

韓国側としても我が国への依存が韓国の成長を阻む原因であるとの認識の下で国内企業の国有化や育成を図り、我が国マーケットなどで成功することを目指した。。しかし、我が国に大きく依存してきた部品・素材を国産化することを目標に掲げたものの中々改善されないという状況に陥っていた。

過去の資料を参照してみると、韓国の対日輸入実績では上記の部品・素材類に加えて、機械、化学、そして鉄鋼製品が主な輸入産品であった。特に、韓国は我が国大企業から部品・素材類を輸入しており、現在のような日韓輸出規制が生じた場合、我が国大企業も損害を被る蓋然性が高い。

他方、我が国と韓国は共通点が多い。たとえば韓国も我が国と同様に天然資源の多くを諸外国に頼っている。サウジアラビアやイランといった中東の産油国から原油を輸入している他、東南アジアからはLMG、欧州からは鉄鉱石や石炭を輸入している

韓国からの輸出産品は3分の2以上を海外産の部品が占めていると指摘されており、いかにその状況から脱するかが韓国経済発展のカギである。但し、必ずしも我が国だけが韓国韓国経済を席巻しているわけではない。集積回路に限ってみると、1位のシンガポールや4位の米国につぐ我が国は第4位の対韓国輸出国である。またフラットパネルについての輸出入でも我が国は米国、オランダに次ぐ第3位である。データからも明らかなとおり、我が国が韓国経済、とりわけ製造業で存在感を示している一方で、韓国とFTAを結んでいる米国も大きな影響力を保持していることも留意するべきだ。

我が国と韓国は基本的に経済的に連携するのが常であったわけであって、それゆえ今回の輸出規制は衝撃がとりわけ韓国にとっては大きかった。他方で米国の存在も無視できない中で、再び冷え込んだ日韓関係はどうなっていくのか。

おわりに

日韓関係の今後を考えるにあたって、韓国固有の事情も大きく関係してくる。特に今韓国が経済的に苦戦を強いられている。たとえば米中貿易摩擦が対ドル・韓国ウォン安を生じさせ、韓国経済に対して悪影響を及ぼしている。それゆえ韓国が新たな希望を見出しているのが5Gや6Gといったデジタル技術であり、AI研究の為のデータセンターの設置である。

また、我が国と同様にイランからの原油輸入を積極的に行ってきたことから、イランを巡る米国の動きも韓国経済にとって重要である。イラン産原油の輸入規制が韓国にとって打撃であったことは間違いない。

このような事情から、基本的に韓国は我が国との良好な経済関係を希求するものと考えられ、今回の輸出規制問題も同様にとらえるべきである。そもそも我が国と朝鮮半島はかつての「朝貢貿易」以来、密接な関係を築いてきた。両国の関係が良好であればあるほど日韓共に東アジアでの存在感を高めてきた。それゆえ相対的に存在感を薄めるのが米国である。

トランプ米大統領が韓国の文大統領の要請を受けて、日韓輸出規制問題解決に協力する意思があることを表明したが、むしろ米国こそが日韓関係の分断を望んでいる可能性がある。たとえばスティルウェル米国務副長官が日韓貿易問題を巡り訪日すると公表されているものの、米国による具体的な協力施策は明らかになっていないなど、消極的な姿勢を崩していない。

日韓が接近するとむしろ米国にとって東アジア地域での影響力を失う可能性もあり、同国にとって日韓はむしろ分離している方が好都合である可能性がある。それゆえ今回の問題についても結局は米国として何ら動きを見せない可能性がある。

他方で当事者たる日韓両国がここで妥協を図った場合、米国抜きで整備される新しい東アジア地域の秩序へと発展する可能性も考えることが出来る。その観点から、今回の問題に関して米国が最終的に如何なる役割を果たすのかが非常に重要だ。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

岡田慎太郎(おかだ・しんたろう)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2015年東洋大学法学部企業法学科卒業。一般企業に勤務した後2017年から在ポーランド・ヴロツワフ経済大学留学。2018年6月より株式会社原田武夫国際戦略情報研究所セクレタリー&パブリックリレーションズ・ユニット所属。2019年4月より現職。