はじめに

本稿執筆時点(26日早朝時点)において仮想通貨が再度上がりつつある。去る15日以来、下がっては上がり、再び下がり、という中でも上昇であるため、いわば平均回帰かのように上下している。そもそも今月(7月)上旬にビットコインを筆頭とする仮想通貨が暴騰したのは、仮想通貨「リブラ」計画を米フェイスブックらが公表したことがきっかけだった。しかし米国内で激烈な反発が生じたのみならず、欧州や我が国が軒並み否定的な態度を表明したことで暴落したというものだった。

仮想通貨,マーケット
(画像=Wit Olszewski/Shutterstock.com)

来る30日(米東部時間)には米連邦議会上院の銀行・住宅・都市問題委員会においてデジタル通貨などに関する公聴会が予定されている。仮想通貨マーケットは果たしてどうなっていくのか。本稿は乱高下する仮想通貨マーケットと過熱するグローバル情勢との連関を分析する。

過熱する地政学リスク ~退避先としての“仮想通貨”~

過日拙稿にて述べたように、「リブラ」の価値の源泉は「米政府短期債と銀行預金によるポートフォリオ」である。これこそが「リブラ」を巡ってここまでグローバル規模で問題になっている理由であるというのが卑見である。すなわち、結局のところ、「中央銀行(連邦準備銀行)が通貨(米ドル)を国債(米国債)との見合いとして発行する」という現在の中央銀行システムを「リブラ」が模倣しているからである。それは、米ドルと「米ドルもどき」が併存する状態を意味し、米ドルの独占性を失ってしまうこととなる。ドイツでも連邦財務省が「リブラ」を「ユーロへの脅威である」として批判しているのもこの点を憂慮しているからである。

だからといって「リブラ」の将来が暗いとは限らない。なぜならば英国(ハモンド前財務大臣)が「リブラ」に対して積極的とも取れる発言を行っているからである。ジョンソン新首相の下で英国の閣僚が総入替になってしまったこともあり、こうした発言を覆す可能性があるものの、外国為替マーケットに圧倒的な影響力を持つ英国がこのような発言を行なったことを軽視してはならない。

この意味では仮想通貨マーケットの更なる高騰が生じる可能性は一考の余地がある。「リブラ」への期待が仮想通貨マーケット、特にビットコイン価格に大きな影響をもたらしたことを想い返せば明らかである。

そもそもグローバル社会に目を転じてみると、地政学リスクが高まっている。仮想通貨が一種の退避先になってきたことを忘れてはならない。

象徴的な事象がアジア勢において頻出している。まずはインドである。去る22日(米東部時間)にパキスタンのカーン首相が訪米し、ホワイトハウスにてトランプ米大統領と会談した。この際にアフガニスタン和平におけるパキスタンの主導的な役割をトランプ大統領が求めた上、印パ問題について米国が仲介し得る旨、同大統領が発言したのだ。しかし拙稿でも述べたとおり、現在米印勢は貿易問題や宗教問題で対立している最中である。当然インドも猛反発したのだった。これと同期するかのように、インドにおいて仮想通貨取引に関して新たな動きが生じたのだ。

(図表1 ホワイトハウスにてトランプ米大統領と会談するカーン・パキスタン首相)

ホワイトハウスにてトランプ米大統領と会談するカーン・パキスタン首相
(出典:BBC)

実はインドにおいて、仮想通貨を原則禁止する可能性がリークされていた。それに対して、仮想通貨を禁止しない方針である旨、インド政府が認めたのだ。拙稿でかつて分析したとおり、インドは戦争に向けた金融の統制体制を整えてきた可能性がある。それに対して一見、矛盾するかのような措置が生じているわけだが、これは上述する米パ関係の進展と印パ関係の更なる悪化を考えると、今後のインドを巡る地政学リスクが悪化し得る中で、一時的にであれ、資産逃避の可能性を生じさせているものだというのが卑見である。最終的に「eルピー」のみが許可されるように法改正が起こることすらあり得る。いずれにせよ、一旦、仮想通貨取引を興隆させる動きが生じているということである。

中国においても同様である。欧米諸国から更なる金融マーケットの開放を求められてきた中国だが、中国版NASDAQと言える「科創板」を去る22日に取引開始した。こうした形で欧米らからの資金流入を受け入れる新たな体制を整えてきた。

実は仮想通貨を巡っても新たな動きが中国で起こった。杭州インターネット裁判所がビットコインを「商品価値を持ち法的に保護を受けるべき財産である」旨、認定したのだ。中国も中国で仮想通貨を認定する方向へと舵を切りつつあるのである。

おわりに ~カギは30日(米東部時間)の公聴会~

ロシアや中国の軍用機が竹島上空に向けて移動し領空侵犯し、北朝鮮が新型とされるミサイルを発射した。東アジア情勢が緊迫化している。それ以外にも猛暑にあえぎイタリアの財政問題が再度“喧伝”される欧州、対立の最中にあるインドなど、グローバルで問題はつきない。そうした中で、「退避先」としての仮想通貨がたとえ短期間であれ“演出”されているのだということを忘れてはならない。まずは、30日(米東部時間)の公聴会に備えるべきである。そこで、またそこから何かが始まるのかに注目していきたい。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。