はじめに 

東アジアの動乱がいよいよ手が付けられないレベルにまで発展しつつあり、国際社会がこれまで創り上げ、維持してきた金融マーケットの仕組みが刷新される蓋然性が高まっている。具体的には、まずアジア圏で最も巨大な経済圏を形成する中国における混乱だ。中台紛争とも呼ばれるように、中国と台湾の間において後者の独立問題を理由とした対立が生じている。読者にとっては周知のように、この古くて新しい問題が、中国と貿易摩擦問題を抱える米国による台湾への武器輸出も相まって、いよいよ東アジア地域の緊張を高めている。中国においては同国の国防白書において度々言及するほど、この台湾独立問題の行方が東アジア秩序へ与えるインパクトを物語っている。

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(画像=Tony Stock/Shutterstock.com)

加えて、中国におけるもう一つの頭痛の種が香港において生じている暴動である。去る3日及び4日はデモ隊と取締り当局が衝突し、5日にはゼネストの可能性が報道されるほどだ。さらには香港におけるデモの深刻化を受けて戒厳令の志向すらにわかに囁かれる中、本問題の対処如何では中国国内のみならず国際マーケットに深刻なダメージを与える蓋然性が高い。そもそも香港におけるデモ問題は本年(2019年)に提出された「逃亡犯条例」と呼ばれる法律案が原因となっている。第一義的には香港と中国大陸や台湾との間における犯罪者の身柄引き渡し手続きの簡略化が同法の主たる目的である。しかし同法が実は香港の裁判権の独立性を脅かす可能性があることや中国がこれまで維持してきた「一国二制度」の概念を崩す可能性があることが分かり、民間における反対運動が一気に拡大する結果となった。

同じく東アジア地域では我が国と韓国との間における半導体製品等の輸出プロセスの変更が「輸出規制問題」として、特に韓国が国際機関などで議論を提起している。日韓における交流イベントやその他の様々な催しが中止になるなど波紋を広げている。日中韓及び東南アジア諸国連合(ASEAN)との間で行われている東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の閣僚会合の場でも韓国が本問題を取り上げ我が国と舌戦を繰り広げた。

上述の通りアジア、とりわけ東アジア地域においては地政学リスクを伴う経済問題が深刻化することが懸念されている。いずれの問題においても米国の存在感は大きく、本問題の影響は決してアジア地域だけに留まらない。このまま進めば最終的には国際社会が構築したマーケットの仕組みが崩される蓋然性が高い。そこで本稿では、まず混乱が拡がるアジアにおける経済連携協定の現状を概観した上で、マーケットとの関係で何を備えるべきなのか検討したい。

FTAの爆発的な拡がり

前述の通り、貿易摩擦や地政学リスクといったマーケットに対する負のインパクトの可能性が喧伝されているものの、それまではFTAブームとも呼べる展開であった。今でこそアジア域内における国家間のFTAは40を優に超えているが、2000年時点ではわずか3つだった。その点から、21世紀の到来以降は経済協力こそがグローバル・スタンダードとして認知されてきた。この動きはアジア域内に留まるものではなく、例えば我が国と欧州連合(EU)、あるいは東南アジア諸国連合(ASEAN)とのFTAや、我が国及びカナダなどの北米国家も参画する環太平洋経済連携協定(TPP)を締結する動きが進められてきた。

アジアではとりわけ東南アジア諸国連合(ASEAN)による経済連携協定推進に向けた貢献が目立つ。例えば去る1993年からASEAN自由貿易協定(AFTA)締結へいち早く取り組むなど、嘗ての世界大戦発生の要因とも言われている「ブロック化」ではなく幅広い協力の道へと舵を切っている。

こうしたFTA締結の際には連結性(Connectivity)が重要視される。物理的な意味でのインフラ整備はもちろんのこと、輸出入における手続きの簡略化なども静かに経済を押し上げる要因となっている。例えば陸上輸送では中国とシンガポールとの間で陸上交通ネットワークの発展を目指している他、メコン川を中心とした経済圏の構築も積極的に議論されている

他方、近年のFTAではその内容が包括的になる場合が多くなっている。具体的には国際的なヒト・モノ・カネの移動増大に伴い、サーヴィス業や知的財産の自由取引も検討されるようになっている。無論、それがネックとなってFTA交渉が滞るケースもある。代表的なのは前述の環太平洋経済連携協定(TPP)だ。同条約を巡ってはトランプ米大統領が途中離脱を表明した他、とりわけ我が国との2国間FTAの関係ではサーヴィス業をFTAに含めるべき旨強調しており、米中貿易摩擦が目立つ一方で日米貿易摩擦が今後も続く蓋然性が高い。

以上のように、アジア地域も含めた貿易秩序の状況としては一言に自由貿易と言えども各国の利害関係が衝突を生じさせつつ、入念な交渉を重ねながら現在に至っている。その代表的な例が東アジア地域包括的経済連携(RCEP)だ。本協定にはTPPに参加していない中国の企業も参加し、世界人口の48.5%が関係する規模となっている。しかしながらそういった動きに対し、前述の様な地政学リスクが水を差す格好となっている。とりわけ中国発の金融リスクが我が国を含め、国際マーケットへ与える影響を要注視すべきである。

おわりに

中国発の地政学リスクとしては、香港における抗議デモの過熱と台湾独立を巡る問題という大きく2つの問題が挙げられる。他方で中国の金融事情としていわゆる“飛ばし”が常態化しつつあることも見逃せない。こういったリスクが重なることで中国発の経済危機が生じる可能性すらある。このチャイナ・リスクについて、既に我が国においては日経平均の続落という目に見える形で表れている。この展開の中で香港におけるデモに対して戒厳令が敷かれた場合、香港から金融リスクが生じる蓋然性が高い。台湾独立を巡る衝突も引き続き注視すべきである。

他方でイランを巡る問題も、アジア地域にとっては遠いようで決して他人事ではない。中東エネルギー資源が中東における地政学リスクによって利用不可能となった場合、それが中国、そして直接的にも間接的にも我が国へ与える影響は大きい。

既に我が国のマーケットが“陰転”の様相すら見せつつある状況でチャイナ・リスクが噴出した場合、弊研究所がかねてより指摘している“デフォルト・リスク”も警戒するべきである。国内総生産(GDP)が世界第3位の経済規模を誇る我が国による“デフォルト・リスク”によって本来の機能を果たせなくなった場合、金融経済そのものの在り方すら見直すべきフェーズに差し掛かっていく可能性がある。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

岡田慎太郎(おかだ・しんたろう)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2015年東洋大学法学部企業法学科卒業。一般企業に勤務した後2017年から在ポーランド・ヴロツワフ経済大学留学。2018年6月より株式会社原田武夫国際戦略情報研究所セクレタリー&パブリックリレーションズ・ユニット所属。2019年4月より現職。