はじめに

現代消費文化,消費
(画像=PIXTA)

「いまどきの若いもんは」と言われていた筆者も、近頃の若者の行動に首をかしげることが多くなってきた。「いまどきの若いもんは」。この言葉は、誰しもが言われ、誰しもが言う定めのようだ。この若者を卑下する言葉は、近年言われ始めた言葉ではなく、我々の遥か昔の先人たちも、当時の若者に対して、言っていたようである。例えば、約5000年前のエジプトでは、ピラミッド建設に携った人々がピラミッドの玄室の天井裏など、人目に触れぬ場所に「近頃の若者は」と、書き込んだそうだ。

紀元前1680年頃に誕生したヒッタイト王国の粘土板で作られた書簡には、「最近の若者は・・・」といった若者の現状を嘆く言葉が記述されている。また、紀元前400年頃に活躍した古代ギリシア哲学者ソクラテスは、「子供は、暴君と同じだ。部屋に年長者が入ってきても、起立もしない。親にはふてくされ、客の前でもさわぎ、食事のマナーを知らず、足を組み、師にさからう」と、プラトンも「最近の若者は 目上の者を尊敬せず 親に反抗 法律は無視 妄想にふけって 道徳心のかけらもない このままだとどうなる?」と、それぞれ若者の立ち振る舞いに嘆いている。日本においては、平安時代に清少納言が若者言葉について苦言を呈している。いつの時代も若者は、理解されがたい存在であり、決して「現代の若者」だけが目くじらを立てられている存在ではないことがわかる(1)。

さて、「若者の○○離れ」という言葉で、若者がなぜ消費しないのか、という点について様々な事象について語られることが多くなってきた。実際に彼らが様々なものから離れているか否かは別にして、なぜ彼らは「消費しない」のだろうか。

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(1)https://matome.naver.jp/odai/2143244726660948301

インターネットの普及とデジタルネイティブ

本レポートは、我々が触れる情報量の変化と若者の消費文化について着目した。Windows95の発売以降、インターネットはより身近な存在となり、我々が消費できる情報量は大幅に増えた。総務省の1996年から2006年の情報量の推移に対する調査によれば、その10年間で消費可能情報量が33倍、選択可能情報量は530倍に増えたという。インターネットの登場により我々の情報を詮索するコストが低減し、日常に情報が溢れるようになってきたわけである。1996年当時インターネット普及率は10%を下回っていたが、2006年には66%まで上昇している。

現代消費文化,消費
(画像=ニッセイ基礎研究所)

表Iからわかるように1996年生まれは、インターネットと共に成長していった世代であり、彼ら1996年前後に生まれた現代の若者たちを、第3次デジタルネイティブ世代とよぶ(2)。彼らが小学校に上がったころには「Wikipedia」が存在しており、学習において紙媒体の辞書や百科事典を使わずに、Wikipediaにより、効率よく情報を収集していた世代である。2000年代中頃以降においては、Web2.0という言葉が流行したように、ウェブの新しい利用法として情報の収集のみならず、情報の発信ツールとしてインタラクティブにネットが使用されるようになる。その結果、バズマーケティングと呼ばれるような、ネットで情報交換される口コミによって、自らの価値判断を他人に依存して行うようになる。「食べログ」が誕生したのもちょうどこの頃であり、彼らは、食事に限らず他人のつけた評価を自身の選択の指標のひとつとして用いることが当たり前な世代なのである。

その後もiPhone3Gブームを皮切りにスマートフォンが普及すると、人々はますます自身では消化しきれないほどの情報を日々浴びることとなる。その結果、皮肉にも「Naverまとめ」のように情報集約系サイトが流行し、「情報を大まかに把握する」ことが情報社会において主流となった。若者においては「Twitter」や「Instagram」をはじめとしたSNSで、流れてくる社会情勢やトレンドを文字通り指で流しながら(スワイプ)、流し読みしている。以前新聞の一面を流し読みしていた時代とは比にならない情報量を若者は指先一つで、自身に必要な情報だけを取捨選択しているのである。

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(2)http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h28/html/nc252110.html

消費方法の多様化

第3次デジタルネイティブ世代は、生まれたときから消費方法の選択肢が多様化していた世代でもある。彼らが生まれた1996年は、「マクドナルド」がハンバーガーを80円で販売し、デフレの象徴とされた時代である。また、今でこそコーヒーショップやコンビニでコーヒーをテイクアウトすることは普通になったが、その文化の先駆けである「スターバックス」日本1号店が銀座に誕生した年でもある。

彼らが中学生になる2008年から2009年にかけては「H&M」や「FOREVER21」が日本に上陸するなど、ファストファッションブームが起きた。若者は海外ファストファッションブランドや、1990年初頭にフリースでその地位を築いた「ユニクロ」や「しまむら」、「Honeys」、「WEGO」といった低価格ブランドを賢く組み合わせて、お金をかけずにファッションを楽しむようになる。

特に、最新の消費方法である「ネットフリマアプリ」の普及状況についてみてみたい。彼らが大学生であった2016年には「メルカリ」が初めて黒字化するなどチャネルの選択肢として、フリマアプリが浸透したころである。

表IIは、世代・年齢別のインターネット普及率である。13歳から59歳までで男女ともに90%以上の普及率がある。

現代消費文化,消費
(画像=ニッセイ基礎研究所)

一方で表IIIのフリマアプリ利用者の年代別の割合を見てみると、男性10代では「利用した経験がある」割合は、概ね50%に到達する。女性に関しては10代、20代共に「利用した経験がある」をみると、概ね半数に到達している。現在も使っている割合も42.4%、37.7%と他の世代と比較すると高くなっている。一方で男女共に40代、50代、60代のインターネット普及率自体は若い世代と大きな差はなかったが、フリマアプリ普及率は、若者と比較して低くなっている。若者にとってフリマアプリは、消費チャネルの選択肢の一つとして受容されているのだろう。このように彼らは、物心ついたときから多様化する消費文化が生み出した新たな消費、消費方法の選択肢を取捨選択してきた世代なのである。

現代消費文化,消費
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(3)https://honote.macromill.com/report/20170523/

ジャム売り場のジャムは種類が多いほうがいいのか

情報が増えることで消費方法や消費そのものの選択肢が増えた現代において、選択をするということは骨の折れる作業である。話はそれるが米コロンビア大学で行われた「ジャムの実験(the jam experiment)」をご存知だろうか。シーナ・アイエンガー教授による「品揃えを豊富にしたほうが売り上げが伸びる」という仮説を検証するための調査で、24種類のジャムを置いた売り場と、6種類しか置いていない売り場でどちらが売り上げが良いか比較がされた。結果は24種類の売り場ではジャム購入を検討している全体の3%しか買わなかったのに対して、6種類に絞った売り場では30%近くの人がジャムを購買したという。この実験でシーナ教授は「選択肢が多いほど人は選ぶのに悩み、選んだ結果が本当にいいのか気になり、自信をなくして結局選ぶのをやめてしまう」ことを確認した(4),(5)。

話を戻すが来る2020年、世界のデジタルデータの年間生成量は40ZB(ゼダバイト)を越え、2025年には175ZBに到達すると予想されている。我々の馴染み深いGB(ギガバイト)で換算すると1ZB=1兆GBとなり175ZBが途方もない数字であることは言うまでもないだろう(6),(7),(8)。

現代消費文化,消費
(画像=ニッセイ基礎研究所)

年々生成される情報量が増加していく中で、我々に益々情報の取捨選択が強いられる時代が訪れる。その情報を選択することが困難になったとき、消費にどのような影響を及ぼすかは、ジャムの実験を振り返ればわかるだろう。

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(4)Sheena Iyengar(2010)The Art of Choosing Twelve
(5)佐藤尚之(2018)『ファンベース 支持され、愛され、長く売れ続けるために』ちくま新書
(6)http://cool-father.com/increase/
(7)https://www.otsuka-shokai.co.jp/media/byline/numbers/20160926.html
(8)https://www.seagate.com/files/www-content/our-story/trends/files/idc-seagate-dataage-whitepaper.pdf Source: Data Age 2025, sponsored by Seagate with data from IDC Global DataSphere, Nov 2018

現代の若者の増えたもの・減ったもの

団塊世代や団塊ジュニアが若かった時代と比較して、現代の若者は触れることができる情報量が大幅に増加した。それ以外にも大量生産大量消費を経て、現代は物質的な豊かさに恵まれ低価格で生きていくために必要な物資を手に入れることができている。100円ショップやディスカウントストアがいい例だろう。また、前述したとおり、インターネットの普及のおかげで消費の選択肢やSNSを通じた人との繋がりも増加した。

現代消費文化,消費
(画像=ニッセイ基礎研究所)

一方でSNSを通じたネットワークは広く、多くの人々と我々をつなげてくれるが、その一つ一つのつながりは大変弱く、自身が帰属するコミュニティの安定性は、低下しているといえるだろう。それでも彼らは、その弱いSNSのつながりに帰属心を見出しているのである。また団塊世代や団塊ジュニアは高度経済成長やバブルを経験している世代であり、将来に対する期待や、経済的な豊かさに恵まれていた世代である。現代の若者は、2025年には一人の65歳以上の方を20歳から64歳の方1.8人が支えることになると推計されている世代であり、世の中の先行きが楽観視できないことを自覚している。

若者の○○離れに対する試論

第3次デジタルネイティブ世代以前の消費者は、自らの価値観や消費文化をネットに頼らずに形成している傾向が強い。現代と比較して情報が少ない中でも、必要な情報を詮索、選択することで自分というアイデンティティを形成してきたため、情報が溢れる現代においても自身の尺度の中で消費行動を起こしている。一方、溢れる情報を取捨選択することで自身の人生をデザインしてきた第3次デジタルネイティブ世代においては、情報分母が増えたことで実際に体験できる(消費できる)選択肢は増えたが、なにをもって選択する動機にするのか決断することが困難になっている。スーパーからジャムを選ぶのとはわけが違う選択を日々迫られているのである。

その中で○○離れとして挙げられるような車やブランド品、ゴルフや海外旅行など何であれ、「なぜ今買わなきゃいけないのか(やらなくてはいけないのか)」という明確な理由を見出せない限り、彼らがそれを消費する動機すら生まれないのである。ブランド商品の流行やゴルフや海外旅行のブームは「誰かが持っているから」が購買動機のそのものであった。しかし、大衆が共有する価値観に対する消費は、個が自己満足を充足していくような個人完結型の消費に変化していった。従来の誰かが持っているから、誰かが買えといったからといった消費動機は、現代の若者にとっては「なぜ?」を生み出すにしか過ぎない。これは言い換えれば、年上世代が若者に対して「なぜ消費すべきなのか」価値を提示できていないだけなのではないか。また、限られた彼らの経済能力の中で「なぜ必要なのか」という問いを解消することが若者に対するマーケティングアプローチといえるのではないだろうか。

仮に「若者の○○離れ」が起きているというのならばそれは、若者の「なぜ」に向き合おうとしない「社会の若者離れ」が起きていると考えることができるのかもしれない(9)。

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(9)吉田将英(2016)『若者離れ 電通が考える未来のためのコミュニケーション』エムディエヌコーポレーション

廣瀨 涼
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 研究員

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