(本記事は、甲斐かおりの著書『ほどよい量をつくる(しごとのわ)』インプレス2019年9月25日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
つくる量を減らすと決める
これまで量産していたものの「数を減らす」のはハードルの高いことだろう。ときには覚悟がいる。
ところが、思い切ってつくる量を減らしたことで仕事が楽になり、売上も変わらず、むしろ伸びて、つくり手にとってもお客さんにとってもいい結果になった例がある。
兵庫県の明石市にある出版社、「ライツ社」。4人で立ち上げた小規模の出版社ながら出版する本の数を業界の常識よりも減らして、仕事の質を高め、ヒット本を出し続けている。
代表の大塚啓志郎さんは、もとは100名規模の会社の出版事業で単行本の編集を行い、責任者を務めていた。結婚して子どもができたのを機に、同じ会社の営業担当と共に独立する。
「これまでに出した本の数は、平均して編集者1人につき年に3冊から4冊。3年間で21冊です。これは通常の出版社に比べてすごく少ないほう。自分も会社にいた頃は年に12〜15冊を手がけていました。それは時間的にもしんどかったし、やっぱり売れないものも増えるんです」
1年目は本の売上の回収時期がずれることもあり、6冊の出版で2000万円の赤字だったものの、2年目には9冊出して1年目の赤字を相殺。3年目は6冊で売上が1億5000万円にのぼり、十分な黒字を見込んでいる。
その重版率を聞いて驚く。業界平均がよくて10〜20パーセントのところ、ライツ社の本は71.4パーセント。3倍以上だ。
「それが実現できたのも、けして僕たちが優秀な編集者だったからではなくて、つくる本の数を絞ったからだと思っています」
出版点数が少ないぶん、時間をかけていいものをつくる。本当にやりたい企画しかやらない。締切もないから妥協がない。
営業面でも、出版点数が少ないことには大きな利点がある。通常、営業マンが書店員にもらえる時間は多くて5分。このとき、案内しなければならない本が5点あれば、1冊につき1分になる。それが、2カ月に1冊しか本が出ないとなると、1冊にまるまる5分はかけられる。書店員への伝わり方がまるで違うし、一緒に何か販促企画をやろうという話にもなる。1冊ごとのPRにかける力もおのずと違ってくる。
「出版業界は、とにかくたくさん出してどれか当たればいいというビジネスモデルに陥っています。1日に出る新刊が200点。一番負担がかかっているのは書店です。取次からダンボールが勝手に届いて、段ボールを開けないまま返品することもあると聞きます」
出版社によっては、本1冊ごとに営業さえしないところもあるという。「委託配本」という形で「この本出ます。配本してください」と取次に連絡がいき、あとは自動的に配本数が決められ、書店に本が送られる。
取次とは、出版社と書店をつなぐ流通業者のこと。出版業界独自の配本システムで、本来は誰でもどこでも本を手に取れるようにと生まれた流通のしくみだ。しかし今新刊の点数が増えたことで、売れる本は売れる店に優先的に配本され、小さな書店では欲しい本が手に入りにくいなど、取次本来の役割が果たせなくなってしまっている。結果、出版社も、取次も、書店も、誰も本気で売りたいと思っているわけではない本がつくられ、届けられ、売れずに返品されるという悪循環に。本を書いている身としてはクラクラするような話だ。でも、先に書いたコンビニの話と本質は変わらない。
ライツ社では、初版に関しては、9割は自社で営業をかけている。そして「欲しい」と注文をくれた書店にだけ配本する「指定配本」の方法をとる。
さらに、今大塚さんたちが出版する本の数が「ちょうどいい」と思う前提には、本が「売れた」と考えられる基準が、そもそも大手と違っているという状況がある。
「ライツ社でも10万部や100万部をめざしてはいます。でも、社員の多い出版社の場合、10万部売れても売上をその人数でシェアしなければいけない。うちは1万部でも4人で配分すればいいとも言えるので、ある程度『売れた』と考えられる。すると、出す本の内容も幅が広がります。誰のためにつくるかによってパイも異なるわけで、部数は絶対の指標ではないんです。売上のために、出したくない本を何冊も出すことはしません」
今、社員は4名。2名が編集者で営業1名と事務が1名。会社の規模としては今が最適ですか?と聞いてみた。
「今4名で売上が1.5億円ほど。これを続けていくことが第一ですが、7名で2億円くらいまでをめざせればいいなと思っています。長い間、出版業界は不況と言われてきていいニュースを聞きません。だからこそ、自分たちの活動が明るいニュースになるようにしたいと思って、書店と新しい展開をたくさん企画しています。会社の売上のためというより、業界全体のためにできることがしたい。本が好きだからです。だからあと3名くらい増やせたらいいなと思っています」