いきなり高い税金がやってくる印象が強い相続税。相続税を安く済ませるためには、あらかじめ生前贈与を行って、相続税の対象となる金額を減らす方法がよく知られている。しかし、贈与のやり方を誤ると相続税よりも高い贈与税が発生し、かえって何もしないときよりも多くの税金を支払うことになり兼ねない。ここでは、そのようなことを避けるために贈与をうまく使って、相続税を節税する方法について説明する。
1. 毎年贈与する
これは毎年いくらかのお金を渡し、贈与税を無税または低額に抑えることによって、相続税を含め、総合的に見て税金の負担を減少する方法である。では、実際にどのような贈与をすれば有利となるのか、また、注意すべき点はあるのだろうか。
いくら贈与すればいい?
この手の贈与でよくいわれるのが、毎年贈与税の基礎控除額と同額の110万円を贈与して、税金を納めることなく資産を子どもなどに移転すればいいというやり方である。しかし、資産が多い場合は、贈与税を払ってでも多めに贈与した場合が有利な場合もあるのだ。
例えば、1億円の資産を持っている配偶者のない人が、1人だけいる子どもに10年間かけて資産を贈与し、残りを相続することで相続税を抑える場合について考える。10年間、毎年110万円を贈与した場合、相続時には8,900万円が残ることになり、相続税の額は890万円となる。しかし、毎年贈与する金額を110万円から510万円に増やした場合、毎年50万円の贈与税を支払う必要があるものの、相続時には4,900万円が残る。相続税は145万円、トータルで支払う税金は645万円となり、毎年110万円を贈与した場合よりも245万円の節税が可能だ。
もっとも、贈与する期間は突然亡くなるケースがあるため、思ったとおりにならないこともあるだろう。それでも、むやみに110万円贈与するよりも少しだけ贈与税を支払って多めに贈与するほうが、総合的に見て有利になることがある。
毎年贈与する際の注意点は?
毎年贈与を行うことで相続対象となる税金を減少させる方法は、使い勝手がよいが、贈与が無効になるなどの理由で、いくつか注意しなければならない点がある。
まず、贈与を行う場合には相手方が贈与されることが分かるようにしなければならない。例えば、こっそりと相手に知らせることなく、その人の名義であっても本人がその存在を知らない預金口座に振り込んだ場合、実際には贈与されたものではなく、相続の際に遺産としてみなされることがある。こういったケースにおいては、相手方が本人の自由になる預金口座に直接振り込むことが、回避する方法のひとつだ。
次に気をつけなければならないのは、贈与の約束の内容である。例えば、あらかじめ何年かにわたって一定額を贈与する契約、例えば「毎年110万円を10年間贈与する」という契約を結んだ場合、贈与税の計算上、10年間110万円贈与したということではなく、1年間に1,100万円贈与したものとして贈与税を計算しなければならない。その場合、贈与税は0円ではなく、207万円(直系尊属から20歳以上の子または孫の場合)または271万円(それ以外の場合)となる。
毎年一定額を贈与した場合、あらかじめ何年かにわたり一定額を贈与する契約を結んだものと、税務署に思われないようにすることが必要だ。そのためにも、毎年贈与のたびに契約を書面で締結すれば、税務署にはそのような税務上不利な契約を結んだものとは考えられなくなる。他にも、贈与したとしても、相続が発生したときから3年以内に贈与したものは遺産に含まれ、贈与で減らしたつもりが結果的に思うようにならなかったこともある。そして、この方法はこれから先に述べる相続時精算課税を適用した場合には使えない。
2. 相続時精算課税
これは、今贈与を行ってある程度の税金を前払いしておき、相続時に贈与したものをすでに相続したものとみなして、相続税の計算を行う制度である。
60歳以上の両親または祖父母から、20歳以上の子または孫に財産を贈与する際にかかる税金を、贈与のあった年の贈与税ではなく、相続時にこの制度のもとで贈与された資産を譲渡した時点の価格で相続資産に含め、計算する制度である。
この制度は、将来相続があった場合でも贈与のあったときの価格で相続税の計算が行われることから、主に将来値上がりが見込まれる土地や株式に対する相続時ではなく、今すぐに譲渡したい場合において使われる。
贈与時に支払う税金は、資産の価格がトータルで2,500万円に到達するまでは無税、それを超えた分については20%の贈与税が課される。この贈与税は相続時において清算されるため、実際に負担する税金の額は相続税の分となる。
住宅を取得するときの特例
この制度は、贈与側が60歳以上のときに使える制度だが、住宅に限っては60歳未満でも可能となっている。ただし、それには他にも条件がある。
- 受贈者は贈与者の直系卑属(子や孫)の推定相続人または孫であること
- 受贈者はその年の1月1日時点で20歳以上であること
- 令和3年12月31日までに贈与を受けたものであること
- 贈与を受けたときに受贈者は日本に住所があること
- 贈与を受けて取得する家屋は、配偶者や親族などの関係者から買ったものや、建ててもらったものではないこと
- 贈与を受けた年の翌年3月15日までに受け取った財産の全額を充てて住宅用の家屋の新築等をすること
- 贈与を受けた年の翌年の3月31日までにその家屋に住むことまたは同日後遅滞なくその家屋に居住することが確実であると見込まれること
相続時精算課税の注意点は?
この制度を使う場合にも、注意すべき点は2点ある。まず、一度この制度を使った場合、贈与者からの贈与について使用をやめることはできない。つまり、父親からの贈与で一度相続時精算課税を選択した場合、父親からの贈与については相続発生まで相続時精算課税を使わなければならない。
次に、相続時精算課税を使って譲渡された資産は、相続の際に贈与されたときの価格で評価される。資産が贈与の後に値上がりした場合は相続税の節税になるが、逆に値下がりした場合は、支払う相続税は増額される。
3. 住宅を取得するときに有用な制度
贈与する金銭などについて使用する目的が決まっている場合は、現行制度を使うことにより税金が大幅に下がることがある。まず、ここでは住宅を取得する際に有用な制度を挙げる。
直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受け取る
20歳以上の人が自己の居住用の住宅資金を直系尊属から受け取る際に、ある程度まで贈与税を非課税にする制度がある。この制度を受けるためには、以下の条件が必要だ。
- 受贈者は贈与者の直系卑属(子や孫)の推定相続人または孫であること
- 受贈者はその年の1月1日時点で20歳以上であること
- 受贈者の贈与を受けた年の年分の所得税にかかる合計所得金額が2,000万円以下(給与の場合額面が2,220万円以下)であること
- 令和3年12月31日までに贈与を受けたものであること
- 贈与を受けたときに受贈者は日本に住所があること
- 贈与を受けて取得する家屋は配偶者や親族などの関係から買ったものや、建ててもらったものではないこと
- 贈与を受けた年の翌年3月15日までに受け取った財産の全額を充てて住宅用の家屋の新築等をすること
- 贈与を受けた年の翌年の3月31日までにその家屋に住むこと又は同日後遅滞なくその家屋に居住することが確実であると見込まれること
「おしどり贈与」
結婚してから20年以上経過した夫婦間で、居住用不動産やそれを取得するための金銭の贈与があった場合、基礎控除の110万円の他に最高で2,000万円まで控除可能、すなわち2,110万円まで無税にできる制度を「おしどり贈与」という。
この制度は、主に夫婦間で居住用不動産の持分比率で何らかの不都合があったときに、それを是正するために使われるケースが多いといわれている。
この制度を使うための条件は、以下である。
- 結婚してから20年以上経つ夫婦間で行うものであること
- 居住用不動産やそれを取得するための金銭の贈与が行われたこと
- 贈与を受けた年の翌年3月15日までに、贈与により取得した居住用不動産または贈与を受けた金銭で取得した居住用不動産に贈与を受けた者が現実に住んでおり、その後も引き続き住む見込みであること
この制度は、他の贈与を含めて無税になる場合であっても申告が必要であること、この制度は同一の夫婦間で1回しか使えないことが注意点だ。
相続時精算課税の特例
繰り返しになるが、20歳以上の人が住宅取得時に直系尊属から贈与を受ける際には、贈与者の年令に関係なく相続時精算課税が使える。購入した土地が将来上昇する場合は、有用な方法となる。
4. 教育資金の一括贈与時の非課税
通常、扶養義務者(通常は両親など)から教育資金を受け取った場合、贈与税はかからない。ところが、扶養義務者ではない人、例えば両親が扶養している場合の祖父母から教育資金を受け取りたい、また、まとまったお金を受け取りたいという場合は、1,500万円まで教育資金を一括贈与して贈与税を非課税にする方法がある。
教育資金について「直系尊属から30歳未満の直系卑属に信託口座などを通じて贈与する」という条件のもとで、1,500万円まで非課税で贈与できる。贈与者である直系尊属の要件はないが、受贈者の直系卑属には30歳未満であること、前の年の年間所得が1,000万円を超えないことといった条件がある。
また、この制度を使うためには信託口座または教育資金専門の普通預金口座を設ける必要がある。これは、三井住友信託銀行の「教育資金贈与信託 孫への想い」、三菱UFJ信託銀行の「教育資金贈与信託 まごよろこぶ」、三井住友銀行の「普通預金口座 まなぶ想い」などが一例だ。このような信託口座や普通預金口座は、手数料が無料で開設することができる。
次に、贈与の対象となる教育資金の範囲について説明する。教育資金の範囲は幅広く、学校教育法で定められた学校の入学金、授業料のみならず、通学用定期券の代金、給食費や学習塾、スポーツ教室の代金も教育資金に含まれ、1,500万円の範囲内ならば贈与税なしで贈与が受けられる。この制度を利用した場合、受贈者が贈与から3年以内に亡くなったとしても、一定の条件(後述)はあるが相続税の対象とはならないことがある。
教育資金の一括贈与時の注意点は?
この制度を使う際には、いくつかの注意点がある。まず、この制度は受贈者が30歳までしか使うことができない点だ。次に、30歳に達したものの使いきれずに信託口座や預金口座に残った資金、教育資金以外に使う目的で信託口座や預金口座から引き出した資金は贈与税の対象となり、贈与税を支払うことになることがある。
また、信託口座や預金口座に預けた金銭を教育資金の支払いのために引き出す場合は、領収書が必要となるため、注意しなければならない。すなわち、ほとんどの場合は一旦立て替えて領収書を銀行に持って行き、払い戻してもらう作業が必要になる(ただし、立て替え不要の信託口座もある)。受贈者が23歳を超えて、なおかつ学校等に属していない状態で贈与者が亡くなった場合、信託口座や預金口座に残っている資金は相続税の対象となり、受贈者は相続税を支払わなければならない場合がある。
他にも、この制度を使わなくとも、毎年非課税枠内で贈与を行うことでも対応が可能な場合がある。この場合は使途に成約はなく、信託銀行や銀行を利用せずに同じことができる。そのため、このような贈与を行う際は、どのように資金を送ればいいのか資金計画を立てることが肝心だ。
5. 直系尊属から結婚・子育て資金の一括贈与を受ける
教育資金と同様の制度は結婚、子育て資金の一括贈与についてもある。
贈与者である直系尊属が、受贈者である20歳以上50歳未満の直系卑属に結婚や子育てのための資金を専用の信託口座又は預金口座を通じて1,000万円以下の贈与した場合(結婚に関する分は300万円まで)、かかる贈与に関して贈与税は非課税になる。贈与者である直系尊属について制約はないが、受贈者である直系卑属については、贈与を受けた前年の合計所得が1,000万円を超える場合、この制度は利用できない。
この制度を利用するためには、専用の信託口座または預金口座などが必要だ。例を挙げれば、三井住友信託銀行の「つなぐ想い」、みずほ信託銀行・みずほ銀行の「希望の贈りもの」、三井住友銀行の「はぐくむ想い」などがある。なお、取り扱っている信託銀行、銀行については内閣府が公表しているので、そちらを参考していただきたい。
この制度の対象となる資金の用途は、結婚と子育てに関するものである。具体的にいえば、下表のとおりだ。詳細は、内閣府のホームページに記載されている。
対象となるもの | 対象とならないもの | |
---|---|---|
結婚 | 結婚式の会場代、衣装代、引き出物代など 新居の家賃、敷金礼金 引っ越しの費用 |
いわゆる婚活の費用 結婚指輪の代金 家具家電の購入代金 |
出産・子育て | 不妊治療の費用 分娩費、入院費 子どもの治療費 子どもの入園料・保育料 |
結婚・子育て資金の一括贈与の注意点は?
この制度を使う際の注意点は、以下のとおりである。
まず、教育資金の一括贈与の場合と同様に受贈者が50歳に達した場合、使われることなく信託口座または預金口座に残った残額はその時点で贈与があったこととなり、贈与税が課される。次に、贈与者が死亡した場合、使われることなく信託口座または預金口座に残った残額は相続財産となり、受贈者はそれに対応する相続税を支払わなければならない。
また、信託口座や預金口座から資金を引き出す際には領収書が必要となり、場合によっては賃貸借契約書など追加の資料も求められることもある。
6. 非上場株式の納税猶予
会社のオーナー経営者が子などの跡継ぎに対して株式を譲渡する場合、条件さえ満たせば、贈与税の納税猶予が受けられる。ひいては、相続税の納税猶予、相続税の免除が受けられることもある。
これは、60歳以上の者から20歳以上の直系卑属の推定相続人等のうち1名が、一定以上の非上場株式を受けて会社を経営する場合、贈与者が亡くなるまで、受贈者は贈与税の納税の猶予を受けられ、贈与者が亡くなったときに相続税の対象となり、贈与税は免除となる制度である。なお、一定の場合には相続税の納税が猶予され、受贈者が亡くなった場合、相続税の一部または全部が免除されることとなっている(以下、この制度を一般措置と呼ぶ)。
なお、令和9年12月31日までの限定であるが、受贈者は直系卑属でなくてもよく、なおかつ人数は3人まで可能となっている(以下、この制度を特例措置と呼ぶ)。
非上場株式の納税猶予の注意点は?
この制度を利用するにあたって特に注意すべき点は、以下のとおりである。1つ目は、計画策定など早めの準備が必要な点だ。特例措置を取る場合、事前に事業承継のための計画を策定して、令和5年3月31日までに本店のある都道府県知事に提出することが必要なためである。
2つ目は、贈与や相続の前後で納税猶予が取り消しとなる点である。取り消しとなる主な要因としては、まず、いずれの制度を取る場合にしても、途中で株式を譲渡するなどした場合、納税猶予は解除となり、贈与税または相続税を支払わなければならないことだ。取り消し要因となる他のものとしては、承継後5年間は平均で8割の雇用を維持する雇用要件がある。一般措置においては、これが達成できなかった場合に納税猶予が解除となり、贈与税または相続税を支払わなければならない。特例措置においては緩和されているものの、報告書を都道府県知事に提出し、その確認を受けなければならない。贈与前後で認定取り消しとなる要件はこれら以外にも多くあるので、会社運営のためには注意しなければならない。
3つ目としては、事後の報告や届出も必要となる点が挙げられる。当初の5年間は納税猶予要件を満たしていることについて年に1回報告しなければならず、その後も3年に1回税務署への届出が必要となる。
節税方法は多岐に渡る
相続税は一般に高くなるが、それを緩和する方法は多くある。これらの方法を活用して、来るべき相続に備えていただきたい。
文・中川崇(税理士)
(提供:THE OWNER)