不動産投資のリスクを、実際に現場で起きている問題から学ぶ!
不動産投資のトラブルは、ミクロで見るとさまざまな事情や状況で多岐にわたりますが、法的な結論はシンプルで、いくつかのポイントを抑えておけば、トラブル回避は充分に可能です。そこで、私たち弁護士が実際に相談を受けた案件から、よくあるトラブルをご紹介。なぜ問題が生じたのか、そしてどのように解決したのかをわかりやすく解説します。
オーダー通りに設備投資したのに契約ドタキャン…投資分は請求できる?
熊本県在住、今野さん、49歳、女性
父の遺産を引き継ぎ、福岡県内にテナント物件を所有しています。先日、現在のテナント(雑貨店)が退去することになったので、新たなテナントを探していました。
そんな折、歯科医院から部屋を借りたいとの打診を受けました。私は、歯科医院なら信用もできるし、良いと思いました。すると歯科医院から、「できるだけ早く借りたい」「歯科医院としての営業には、現状の電力設備では足りず、追加の設備が必要だ」と言われました。私は歯科医院に借りてほしかったので、歯科医院に対しすぐ必要な設備をそろえる工事をすると伝えると、歯科医院から「ありがとうございます」と言われたので、早速工事を行いました。しかし、次回で契約締結というところで、歯科医院から唐突に「やはり条件が合わないので、今回の話はなかったことにしてほしい」との連絡がありました。
ドタキャンは許せませんし、何よりも、オーダーに応えて多額の設備投資をしています。事前の設備投資相当額だけでも歯科医院に請求できないでしょうか。
よくあるトラブル ㉓「契約締結上の過失って?」
これで解決!
仮に契約を締結していた場合には、その契約に基づいて賃料請求や損害賠償請求をすることになります。しかし今回のケースは、契約を締結するに至っていません。そのため、まだ契約を締結していない段階(契約締結の準備段階)であれば、契約に基づいて、契約違反による損害賠償請求はできません。
しかし、契約がないから何も請求できないのかというと、必ずしもそういうわけではありません。実際、同様のケースで、昭和59年9月18日の最高裁判所の判決は「取引を開始し契約準備段階に入ったものは、一般市民間における関係とは異なり、信義則の支配する緊密な関係に立つのであるから、のちに契約が締結されたか否かを問わず、相互に相手方の人格、財産を害しない信義則上の義務を負うものというべきで、これに違反して相手方に損害を及ぼしたときは、契約締結に至らない場合でも契約責任としての損害賠償義務を認めるのが相当である」と判断を示しました。つまり、契約前であっても、相手方に損害を与えないようにする「信義則上の義務」がある場合もあり、その義務に違反すると損害賠償責任を負うときがあるということです。
では、どういう場合に「信義則上の義務」が発生するのか。この点については、平成19年2月27日の最高裁判所の判決は、過度な期待を与えた場合に信義則上の義務が発生するとしました。今回のケースでは、歯科医院が「早く借りたい」と急かし、工事を要求し、貸主さんから工事を実施すると伝えられたことに対しても「ありがとうございます」と答えている以上、歯科医院が過度な期待を抱かせたと言えるでしょうし、貸主さんが期待したことに無理からぬ理由があると言えると思います。
以上を踏まえ、借主であっても貸主であっても、契約に至る前でも、契約に至らなかったときに相手方に無駄になってしまうような出費をさせないような慎重な対応を心掛ける必要があります。他方、契約に至る前でも、理不尽な相手方の対応により不測の損害を受けた場合には、あきらめずに弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。