(本記事は、谷本真由美氏の著書『世界のニュースを日本人は何も知らない』ワニブックスの中から一部を抜粋・編集しています)

なぜ富裕層は豊かであり続けるのか

富裕層,人的ネットワーク
(画像=Panchenko Vladimir/Shutterstock.com)

ネットの発達でどこでも仕事ができるようになったにもかかわらず、世界のテクノロジー集団は一定の都市に集中しているのが興味深いところです。

工場のような物理的な生産場所が必要ないのに、どこでも仕事ができる知識産業の人々はなぜか特定の都市に集まっており、その集中度はむしろ年々高まっているのです。

たとえばイギリスであればロンドン以外にも、ケンブリッジやオックスフォード、バーミンガム、ニューカッスルといった都市にも若干のテクノロジー企業はありますが、大規模な集団を形成するまでには至っていません。

ドイツではベルリン、フランスではパリというように、その他の欧州の国では首都に集まっている傾向が強いです。またアメリカであればシリコンバレーやニューヨークシティ、ワシントンD.C.、オースティン、シアトルといった都市に点在していますが、これは20年前とあまり変わっていません。カナダではトロントやオタワ、モントリオール、バンクーバーが該当しますが、やはり大きな変化はないといえます。

なぜ人々が物理的に特定の都市に集まるのかは、経済地理学でも研究が行われていますが、やはり「富の集積に有利だから」というのが最大の理由といえるでしょう。

アメリカで南北戦争後に富裕層がどのように富を復活させたかという研究の概要を読むと、現代のテクノロジー企業が特定の都市に集中する理由を理解できると思います。

南北戦争後、政府により富を没収された奴隷主の白人富裕層は、比較的短期間で再度富を得ることに成功しましたが、そのキーになっていたのが人的ネットワークでした。

彼らがふたたび豊かになるために採用した手段とは、ほかの富裕層家庭との結婚や、もともと持っていた人的ネットワークやノウハウを活かしたビジネスの展開です。富の源泉は、このような人的ネットワークや知識を有効活用できるコミュニティに所属することだったのです。つまり富を生み出す力は知識や人とのつながりであって、それらへのアクセスを有利にする場に人は集まる、ということです。

ネットの発達で場所を選ばず仕事ができるようになっても、やはり有利な情報を得るには人に会う必要がありますし、協力相手を探すにも人とコミュニケーションを取ることが重要になります。また飲み会などインフォーマルな場での人付き合いがビジネスのアイデアを活発化させることもあるでしょう。

テクノロジー企業が集中する土地は同業者が集まるカフェや諸々のイベントが開かれ、公式な場だけでなく非公式な場で大勢の人と知り合いになれる機会があります。これが学生街のような開放的な雰囲気のエリアだと仕事の階層や肩書きは関係なく、フランクな人間関係を構築するメリットがあります。

スーツではなくジーンズにTシャツ姿で「ぼく、こんなことをやりたいんだよね」と芝生に座りながら話してみる。そんな感じでビジネスの話が始まります。これがオフィス街だらけの都市だとそうはいきません。

これは、中世のイタリアが欧州における発明や創造の中心地だったのとまったく同じです。都市国家が個人の経済的自由や表現の自由を保障したために、クリエイティブな人々が欧州中から集まってきたのです。芸術や発明は都市を豊かにし、さらに優秀な人々を呼び寄せ、さまざまな相互作用が生まれました。表現の自由の保障は、当時の検閲から逃れたい人々も引きつけ、創作を豊かにしたのです。

富を生み出すには、さまざまな人が交流しアイデアが交換されること、市場が円滑に作用すること、そして知識の自由な発達を促す表現の自由を保障することが重要です。

一方で、これは資源の再配分を行い、より平等な社会をつくることに対する大きな示唆でもあります。富が生み出される地域の居住者や労働者が富裕層だけになってしまうと、階層は固定してしまいます。貧困層や中流層は、富裕層が得られる教育や知識、人的ネットワークと隔絶され、アクセスできなくなるからです。

富裕層はそれらを独占したいと思うかも知れませんが、富が偏在すると中流以下はいっそう貧しくなり社会は殺伐とする。また富裕層が生み出す商品やサービスを買える人が減り、社会全体が貧しくなってしまう。さらに中流以下の層にも才能がある人はおり、階層が固定するとそういう人々が能力を発揮する機会が失われ社会的損失となります。

そういうわけで、さまざまな階層が学校や居住地で混ざり合うような施策は重要です。貧困層の子どもが大学に進学できる奨学金の提供や、公営住宅をつくってさまざまな階層が混ざり合う都市計画は、富裕層のためでもあるのです。

世界のニュースを日本人は何も知らない
谷本真由美
著述家。元国連専門機関職員。1975年、神奈川県生まれ。シラキュース大学大学院にて国際関係論および情報管理学修士を取得。ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経て、現在はロンドン在住。日本、イギリス、アメリカ、イタリアなど世界各国での就労経験がある。ツイッター上では、「May_Roma」(めいろま)として舌鋒鋭いツイートで好評を博する。

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