(本記事は、谷本真由美氏の著書『世界のニュースを日本人は何も知らない』ワニブックスの中から一部を抜粋・編集しています)
マッキンゼーの〝黒いビジネス〟
日本の書店には多くのビジネス書が並んでいますが、人気図書のなかには、アメリカの超有名戦略コンサルティングファームであるマッキンゼー・アンド・カンパニー社(以下「マッキンゼー」)の出身者による著書が少なくありません。マッキンゼー出身者は、勉強熱心なサラリーマンや〝意識高い系〟の若者たちから絶大な支持を得ており、さながらビジネス界のアイドルのような扱いです。
たしかに同社は、93年にもわたって世界の名だたる企業と肩を並べ、トップクラスの頭脳を持った2万7000人もの従業員を世界中の拠点に抱えたアメリカを代表する企業のひとつです。おそらく、クリーンで近代的、そしてアメリカの自由を体現しているかのようなイメージを持つ人も多いのではないでしょうか。
ところがマッキンゼーなど英語圏の大手戦略コンサルティングファームは、そのようなイメージとはかなり違う面を持っているのも事実で、同社が民間企業だけではなく各国の政府をも顧客としていることはあまり知られていません。北米や欧州では、世界各国でビジネスを展開する多国籍企業だけでなく、中央政府も重要顧客に含まれています。
最近話題になっているのは、同社が先進国の政府だけでなく新興国を対象としたプロジェクトを展開していることです。クライアントの国々は中国やサウジアラビア、ウクライナなど権威主義国家であり、なかには最も腐敗した政府の関係者も含まれています。
ニューヨーク・タイムズの報道によって世界中の注目が集まったのは、マッキンゼーのコンサルタントたちが中国政府の接待を受けていたことです。シルクロードの中心地のひとつであるカシュガルの砂漠で、ラクダに乗ってはしゃぐコンサルタントたちの写真がInstagramに堂々と掲載されていました。
それはまるでお気軽なパッケージツアーに参加しているような、あるいは卒業記念にバックパックを背負って中国を旅している大学生を思わせる写真で、ほかにはキャンプファイヤーのような焚き火を囲んでいる写真もありました。侃侃諤諤と戦略会議をやるようなビジネスマンのイメージは皆無です。
ところが、このたった5キロメートルほど先では、中国のイスラム教徒であるウイグル人の思想改造を目的とした強制収容所が存在しており、西側のメディアによれば、およそ100万人がこのような収容所で拘束されているという。その写真が撮影された直前に、中国政府は国連に人権侵害と非難され、釈放を要求されていたのです。
実は、アメリカ政府は中国とマッキンゼーの関係を以前から問題視しています。ニューヨーク・タイムズがマッキンゼーのコンサルタント40名以上にインタビューしたところ、同社は中国の国有企業100社のうち22社に対してサービスを提供したことがあり、そのなかには中国政府の重要な戦略に関わるプロジェクトも含まれていたそうです。
またマッキンゼーは、日本にとっても軍事的に大変な問題となっている南シナ海を対象とする銀行とのプロジェクトにも関わっています。さらにマッキンゼーの顧客にはサウジアラビアも含まれていますが、その直接の顧客はムハンマド皇太子です。同社は2011年から600にも及ぶプロジェクトを提供していますが、なかにはTwitter上でのサウジアラビアに対するネガティブな評判を調査するといったものも含まれています。
このようなビジネスをしておきながら、マッキンゼーはニューヨークタイムズの報道に対し「自社は世界中の顧客に対してサービスを提供しており、われわれの目的は地政学的な状況を変えるナビゲートであって、政治には関わっていない」という見解を発表しています。とはいえ実際に携わっているプロジェクトにはきわめて政治的な案件も含まれているので、そういい切るのはかなり厳しい気がします。
ウクライナの元大統領であるヴィクトル・ヤヌコーヴィチ氏は、国際刑事警察機構(ICPO)により公金横領などの容疑で国際指名手配されていますが、マッキンゼーはヤヌコーヴィチ氏の西側でのイメージづくりのプロジェクトにも関わっているのです。
彼らのこのような二枚舌ともいえる仕事のやり方は、アメリカではメディアからだけではなく世論においても厳しい目を向けられています。経済誌のフォーブスには「マッキンゼーはグローバルリーダーの地位を失った」とまで書かれているのです。
ドラゴンボールの悟空のような髪型をした意識高い系の日本の若者や、エクセルのマクロと格闘しながらFAXで注文票を送り続ける日本のサラリーマンたちは、マッキンゼーのこのような事実を知ってもなお、同社の出身者の書籍を枕元に置いて、毎日拝むように読み続けるのでしょうか。