(本記事は、谷本真由美氏の著書『世界のニュースを日本人は何も知らない』ワニブックスの中から一部を抜粋・編集しています)

世界の富裕層は複数の国籍を入手する

国籍
(画像=Chintung Lee/Shutterstock.com)

人が生きていくうえで最も大事なことのひとつは「自分の身を守ること」でしょう。日本人には想像が難しいと思いますが、自分の身を守ることがきわめて難しいという状況にある国や地域は多数存在します。

その理由に、住んでいる国の政治情勢の不安定さや治安の悪さなどがあげられます。日本人にとっては当たり前である安定した政治情勢は、世界的にみると決して当たり前とはいえず、むしろめずらしいほうなのです。アメリカやカナダ、欧州の西側諸国、そして日本くらいといえるでしょう。ごく簡単に分けるならばG7やG20に入る国以外は、国自体がいつどうなるかわからないという状況です。

つまり世界の大半は非常に不安定な状況のなかで生きているのです。そのような国に住んでいる人々、特に富裕層の人たちは、常に自分の国を脱出できる手段を準備しています。その方法のひとつが、他国のパスポート、つまり国籍を入手することです。

政情不安定である国は同時に経済的に貧しいことが多いので、海外で活躍する人を完全に手放してしまわないよう二重国籍を認めているケースが少なくありません。日本を含め二重国籍を認めていない国は、どちらかといえば世界を俯瞰すると少数派です。

先進国のなかでも特に植民地を持っていた欧州諸国は、その多くが二重国籍を認めています。国境を越えて複数の国に住んだり仕事をしたりする人が増えている昨今、国民に二重国籍を認めたほうが自国にとって有利になることが多いのです。

そのような状況ですから、富裕層が複数の国籍を所有していることは決してめずらしくありません。

では、どうやって自国以外の国籍を入手するのでしょうか。

結婚によってその国の永住権を取得した後に国籍を入手するという方法、あるいは両親のうちどちらかが他国出身であるケースが、ほかの国の国籍を獲得するごく一般的な経緯となるでしょう。しかし、そのどちらにも当てはまらない富裕層にとって最も手っ取り早い手段があります。それは「国籍を買う」という方法です。

経済的な基盤が脆く産業が弱い国は、自国の国籍を富裕層に売ることで国の収入を得ていることがめずらしくありません。そういった国々の多くは旧英国植民地です。旧植民地ですからパスポートの効力が旧共産圏や新興国に比べると強いのです。

現在10ヵ国がお金さえ払えば国籍を付与する仕組みが構築されています。

カリブ海のタックスヘイブンだと一千万円ほどで入手できますが、富裕層には税控除が充実している地中海の小国マルタが人気です。イタリアのすぐ南でなにかと便利なうえに、治安も良く気候も温暖。欧州各国との間には飛行機が頻繁に飛んでいるので気軽に行き来でき、日本でいえば本州から淡路島に出かけるような感覚です。マルタ国外で得た収入には非課税で、マルタ国内に収入を移動する場合は一律15%が課税されます。

国籍を付与する10ヵ国で意外なのがオーストリアで、28億円払うと即時取得できてしまいます。政府のプライバシー法に従いオーストリア国籍を取得したことはどこにも公開されないし、自分の母国にも通知されません。オーストリアは富裕層向けのサービスが充実しており、新興国の富裕層が利用する銀行もあります。

同じく欧州のキプロスの国籍は2億4000万円で買えます。キプロスは領土紛争を抱えているので、外国人富裕層を囲い込むことで少しでも自国の立場を有利にしたいのです。またトルコは1億円以上の不動産を購入するか、3億6000万円をトルコの銀行口座に3年間預金しておけば入手可能です。

カリブ海にあるセントルシアは国籍を取得するのに訪問する必要もないし、居住する必要すらありません。

しかし、厳密には法律で二重国籍が認められていない日本では、海外の富裕層のように外国の国籍を入手しようとする人はかなり稀でしょう。

そもそも国の政情も治安も安定していて、かつ189ヵ国(2019年7月現在)もの国にビザ不要で渡航できる日本国籍を捨ててまで、ほかの国籍に変えるメリットは大きくないはずです。ちなみにイギリスのコンサルティング会社「ヘンリー&パートナーズ」が発表している、ビザ不要で渡航できる国や地域の数で「パスポートの自由度」をはかるランキングでは、2018年と2019年の2年連続で日本のパスポートが堂々の第1位。つまり日本のパスポートは世界最強ということです。

日本は近隣の東アジアの国々と比べても政治や経済が驚くほど安定しています。

たとえば政府が転覆した末に、銀行に預けてあった国のお金をすべて奪取してしまう事態など日本ではあり得ません。軍事クーデターが起こる可能性もかなり低いし、隣国に攻め込まれるということも現在のところ考えにくいでしょう。このような安定した状況にある国というのは、欧州の西側諸国とアメリカ、そして日本ぐらいのもので、世界的にみるとかなり希少です。

日本とすぐ近くの中国でさえ、多くの人が迫害され犠牲となった文化大革命が終結したのはたった40年ほど前ですし、韓国では常に北朝鮮の脅威にさらされているため海外へ移住する人が後を絶ちません。インドネシアではときどき暴動が発生するし、マレーシアは賃金水準の低さや経済格差が大きな問題となっています。これらの国ではまた、人種的少数派である中国系やインド系の人が差別されたり家や店舗を襲われる被害に見舞われたりし、ほかの国への移住を余儀なくされた人が大勢います。

外国の国籍を取得する必要性に迫られることのない日本は、実に恵まれた国だということをぜひ認識していただきたいものです。

世界のニュースを日本人は何も知らない
谷本真由美
著述家。元国連専門機関職員。1975年、神奈川県生まれ。シラキュース大学大学院にて国際関係論および情報管理学修士を取得。ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経て、現在はロンドン在住。日本、イギリス、アメリカ、イタリアなど世界各国での就労経験がある。ツイッター上では、「May_Roma」(めいろま)として舌鋒鋭いツイートで好評を博する。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます