(本記事は、寺門和夫氏の著書『宇宙開発の未来年表』イースト・プレスの中から一部を抜粋・編集しています)

スペースX社は月旅行を目指す

月旅行
(画像=vector-map/Shutterstock.com)

月に行く旅行もビジネスになりつつある。イーロン・マスクがひきいるスペースX社の計画で、ZOZOの前社長前澤友作が申し込んだことで話題になった。この場合の月飛行は、月の裏側をまわって帰ってくる軌道をとる。自由帰還軌道といわれるもので、打ち上げ後の軌道修正でこの軌道に入れば、そのまま地球に戻ってくることができる。月を周回したり、月面に降りたりするわけではない。

マスクはこの飛行のために巨大なロケットを開発していると以前から述べていた。「BFR(ビッグ・ファルコン・ロケット)」などとよばれていたロケットである。この巨大月ロケットがどのようなものか、よくわかっていなかったが、最近、その全容が明らかになってきた。

それによると、乗客が乗る宇宙船は「スターシップ」とよばれ、直径9m、全長は50mもあり、100人が搭乗可能。スターシップには6基のラプター・エンジンがついている。ラプター・エンジンはスペースXが開発中の新型エンジンで、メタンと液体酸素を推進剤にしている。スターシップを宇宙に運ぶロケットは「スーパー・ヘヴィー」とよばれ、直径9m、全長68m、37基のラプター・エンジンが使われるという。上段のスターシップと下段のスーパー・ヘヴィーが結合すると、全長が120m近い巨大なロケットとなる。

スペースX社はスターシップのデモ機「スターシップ・ホッパー」の飛行試験を終えている。現在はスターシップのプロトタイプとなるMk1とMk2を製作中で、2020年にはこれらの飛行試験を行う予定。スターシップは2021年には商業飛行を開始し、2023年に月飛行を行う予定とのことである。マスクはこのスターシップを火星への飛行にも用いるとしている。

低軌道は民間にまかせるというアメリカの政策

こうした活発な民間企業の動きの背景にあるのは、宇宙ビジネスを活性化させようとするアメリカの政策である。スペースシャトルの時代を経た今、地球を周回する低軌道での活動は民間企業にまかせようというのが基本的なスタンスである。トランプ大統領とペンス副大統領は大統領選挙中から、宇宙ビジネスの振興を強調していた。トランプ政権発足後も、「プライベート・セクターとの協力関係」は宇宙政策の大きな柱となっている。

こうした政策は、もともとジョージ・ブッシュ大統領の時代(2001〜2009年)にはじまっている。2003年にスペースシャトル「コロンビア」が地球帰還時に空中分解し、乗員7名の命が失われる事故があった。スペースシャトルはその後、2年5ヵ月、運行を停止した。NASAはそれまでに次世代スペースシャトルの開発を2度試みたが、いずれも失敗に終わった。

そこでブッシュ大統領は、当時建設途上であった国際宇宙ステーションの完成とともにスペースシャトルを退役させ、以後はアメリカの民間企業が開発した宇宙船でクルーを運ぶという方針を打ち出したのである。スペースシャトルの最終便は2011年の「STS(Space Transportation System)‐135」で、以後、アメリカは国際宇宙ステーションへのクルー輸送をロシアのソユーズ宇宙船に頼ることになった。

こうした中、NASAは2つの計画をスタートさせた。1つ目は、国際宇宙ステーションへの物資補給を民間の宇宙船で行うための計画COTS(Commercial Orbital Transportation Services)で、2006年に開始された。この計画ではスペースX社の宇宙船「クルー・ドラゴン」とオービタル・サイエンシズ社(当時。現ノースロップ・グラマン・イノベーション・システムズ社)の宇宙船「シグナス」が選定された。ドラゴンは2012年から、シグナスは2013年から国際宇宙ステーションへの補給サービスを行っている。

2つ目は民間の有人宇宙船による国際宇宙ステーションへのクルー輸送を実現するための計画CCP(Commercial Crew Program)である。CCPはスペースシャトルが退役する前年の2010年にスタートした。CCPの下、2012年にボーイング社のCST‐100、スペースX社のクルー・ドラゴン(ドラゴンv2)、シエラ・ネヴァダ社のドリーム・チェイサーの3つが選定された。しかし、2014年に行われた最終選定で残ったのは、CST‐100とクルー・ドラゴンで、ドリーム・チェイサーは最後の関門を突破することができなかった。

CST‐100(現在は「スターライナー」と命名されている)とクルー・ドラゴンは2020年には国際宇宙ステーションへのクルー輸送を開始することになっている。アメリカの宇宙飛行士がアメリカの国土から、アメリカの宇宙船で宇宙に向かう時代が再びはじまるわけである。

NASAがこれらの計画で用いた手法は、開発の各段階で企業と契約を結び、企業が宇宙船を開発する能力を段階的に高めていくという手法である。NASAは資金を提供するが、企業側も資金を投入し、双方が協力しながら開発を進めていく。スペースX社が短期間に巨大宇宙企業となった要因の1つは、このようなNASAの共同開発プログラムにある。新しい宇宙船を自己資金と自己技術だけで開発するのは、かなりリスクが高い。新たな宇宙産業を育成するというNASAの手法が成功した事例といえる。

CCPで選から漏れたシエラ・ネバダ社のドリーム・チェイサーの開発は、その後も続けられた。NASAは2019年から2024年までの国際宇宙ステーションへの物資補給を行うCRS‐2(Commercial Resupply Services 2 )で、ドラゴン宇宙船のスペースX社、シグナス宇宙船のオービタルATK社(当時。前オービタル・サイエンシズ社。現ノースロップ・グラマン・イノベーション・システムズ社)に加え、シエラ・ネヴァダ社とも契約を結んだ。

これにより、無人型のドリーム・チェイサーが少なくとも6回の補給サービスを行うことになったのである。シエラ・ネヴァダ社は有人型のドリーム・チェイサーの開発も継続している。同社によると、無人型と有人型では機体システムの85%は共通とのことで、国際宇宙ステーションへの補給サービスは、有人型ドリーム・チェイサーの実現にとって大きなステップになると思われる。

スターライナーやクルー・ドラゴンが飛行を開始すれば、それらはNASAのミッション以外にも利用されることになる。近い将来、アメリカには2種類の宇宙船が、さらにしばらくすればドリーム・チェイサーも加わり、3種類の商業宇宙船が地上と低軌道を往復する時代になるわけだ。宇宙へのアクセスは格段に容易になる。サブオービタルの宇宙旅行はあっという間に終わり、より本格的な宇宙観光の時代がはじまることになるだろう。観光以外の分野でも、宇宙の商業化が加速度的に進むことになる。

NASAは低軌道の活動を民間にまかせ、国家がなすべき事業として月や火星の探査に活動をシフトさせつつある。低軌道で今後開拓すべき事業は非常に多い。したがって、今、低軌道上には大きなビジネスチャンスが到来しているのである。アメリカの既存の宇宙企業や新たに宇宙に参入してきた企業は、この機会を逃すまいと動き出している。宇宙という巨大マーケットで勝利するのは誰か?宇宙を舞台にした壮大なビジネス戦争がはじまっているのである。

宇宙開発の未来年表
寺門和夫(てらかど・かずお)
一般財団法人日本宇宙フォーラム宇宙政策調査研究センター フェロー。科学ジャーナリストとしても活動するほか、小松大学客員教授もつとめている。科学雑誌『ニュートン』の編集責任者を創刊以来長年にわたってつとめ、NASAやロシアの宇宙施設をたびたび訪問してきた。30年間以上、世界の宇宙開発の取材を続けている。現在は主に宇宙ビジネス、月・惑星探査、宇宙安全保障などを調査研究している。著書に『ファイナル・フロンティア 有人宇宙開拓全史』(青土社)、『中国、「宇宙強国」への野望』『まるわかり太陽系ガイドブック』(ウェッジ)、『宇宙から見た雨』(毎日新聞社)などがある。

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