(本記事は、寺門和夫氏の著書『宇宙開発の未来年表』イースト・プレスの中から一部を抜粋・編集しています)

ロケット開発の2つの潮流

ロケット
(画像=Oleg_Yakovlev/Shutterstock.com)

世界のロケット開発には、現在、2つの大きな潮流がある。

1つは、新型の大型ロケットの開発である。この背景には、衛星の大型化や月・惑星探査機の打ち上げ、コンステレーション衛星の同時多数打ち上げなどの需要がある。後述するように、ここ数年のうちに各国からそのような大型ロケットが次々と姿を現す状況になっている。

もう1つの流れは、主に宇宙ベンチャー企業が取り組んでいる小型ロケットの開発である。こちらの背景には超小型衛星や小型衛星の打ち上げ需要が急増しており、そのための商業打ち上げサービスにビジネス・チャンスがあると考えられているからである。

●日本:H-ⅡA、H-ⅡBから新型ロケット、H3へ

JAXAは現在、次世代ロケットH3を開発中である。H3は現在運用しているH‐ⅡAおよびH‐ⅡBの後継機である。

H‐ⅡAは低軌道に10t、静止軌道に4tの衛星を投入できる(ブースター2本のH2A202の場合)。H‐ⅡBはH‐ⅡAの増強型で第1段にLE‐7Aエンジンを2基束ねた日本初のクラスターロケットである。国際宇宙ステーションへ補給物資を運ぶ「こうのとり」の打ち上げは、このロケットがになっている。高度約400㎞の国際宇宙ステーションの軌道に16.5tの打ち上げ能力をもつ。

H3は日本が自立的に宇宙にアクセスできることを保証する基幹ロケットである。同時に、世界の衛星打ち上げ市場への参入も目指し、経済性や打ち上げの柔軟性が考慮されている。

H3は全長約63m、直径5・2m。第1段には新開発のLE‐9エンジンが採用される。第2段のLE‐5B‐3エンジンは、現在H‐ⅡAとH‐ⅡBの第2段に用いているLE‐5B‐2エンジンの改良型である。LE‐9およびLE‐5B‐3エンジンはどちらも液体酸素と液体水素を推進剤としている。固体ロケット・ブースターのSRB‐3には、H‐ⅡAロケットとH‐ⅡBロケットで使われているSRB‐Aの技術が活用されている。

H3は第1段エンジン2基または3基、固体ロケット・ブースターが0本、2本、4本のバリエーションがある。この組み合わせにより、さまざまなサイズや軌道の衛星の打ち上げに対応する。打ち上げ能力はH3‐30S(第1段ロケット3基、固体ロケット・ブースター0本)の場合、高度500㎞の太陽同期軌道に4t以上、H3‐24L(第2段エンジン2基、固体ロケット・ブースター4本)の場合、静止トランスファー軌道(人工衛星を静止軌道に投入するための軌道)に6・5tである。

日本はアルテミス計画で補給機HTV‐Xによるゲートウェイへの物資補給を担当することになっている。H3はHTV‐Xの打ち上げにも用いられる。JAXAはH3の2回の打ち上げでHTV‐Xを月への軌道に乗せることを考えているが、三菱重工は1回の打ち上げで可能な「H3ヘヴィー」を開発する可能性もある。

H3は2020年度後半に、試験機1号機の打ち上げを予定している。この時期には、H3のライバルともいえる新しい大型ロケットが各国で登場してくる予定である。

●ヨーロッパ:アリアン5からアリアン6へ

衛星打ち上げ市場で圧倒的なシェアをもつアリアンスペース社は、現在運用しているアリアン5からアリアン6へ移行する準備を進めている。

ESAが開発中のアリアン6は2段式で、全長約60m、直径5・4m。第1段には液体酸素と液体水素を推進剤とするヴァルカン2・1エンジンが使われる。第2段には液体酸素と液体水素を推進剤とする再着火型のヴィンチ・エンジンが使われる。固体ロケット・ブースターは全長13・5mのP120C。このP120Cは、小型衛星打ち上げ用のヴェガ・ロケットの増強型(ヴェガCロケット)の第1段にも使われる予定である。

アリアン6にはこの固体ロケット・ブースターを2本用いる62型と、4本用いる64型がある。アリアン62は低軌道に10t、静止トランスファー軌道に5tを打ち上げ可能。アリアン64は低軌道に20t、静止トランスファー軌道に10・5tを打ち上げる能力をもつ。

アリアン6の初号機はアリアン62で、打ち上げは2020年後半とされている。フランス領ギアナのギアナ宇宙センターから、ワンウェブ社の衛星30機を打ち上げることになっている。

●アメリカ:アトラス、デルタからヴァルカンへ

アメリカの衛星打ち上げの歴史をみると、ロッキード・マーチン社のアトラス・シリーズとボーイング社のデルタ・シリーズが大きな役割を果たしてきたことがわかる。ロッキード・マーチン社とボーイング社は、衛星打ち上げに関して2006年にULA(ユナイテッド・ローンチ・アライアンス)社をつくり、衛星打ち上げサービスを行っている。

現在、ULAがアトラスⅤ(5型)ロケットとデルタⅣロケットの後継機として開発しているのがヴァルカン・ロケットである。ヴァルカン・ロケットの初期のタイプは、第2段にエアロジェット社のRL‐10エンジンを用いるセントール上段が用いられ、ヴァルカン・セントール・ロケットとなる。RL‐10は液体酸素と液体水素を推進剤とするエンジンで、アトラスⅤやデルタⅣの上段にも使われてきた。

第1段のエンジンにはブルー・オリジン社が開発しているBE‐4が採用される。BE‐4は液体酸素と液体メタンを利用するエンジンで、再使用が可能。第1段には2基のBE‐4が使われる。固体ロケット・ブースターは6本である。ヴァルカン・セントールは低軌道に40tを打ち上げ可能で、初打ち上げは2020年中ごろの予定だったが、2021年になる模様である。アメリカの重量級ロケットとしては、すでにスペースX社の「ファルコン・ヘヴィー」が登場している。

ファルコン・ヘヴィーの第1段は、ファルコン9の第1段をセンターコアとし、さらに同じ第1段を2本、左右にブースターとして束ねている。ファルコン9の第1段には、液体酸素とケロシンを推進剤とするマーリン1Dエンジンが9基使われているので、ファルコン・ヘヴィーは合計27基のエンジンに点火して発射台を離れることになる。ファルコン・ヘヴィーの全長は70m。打ち上げ能力は静止トランスファー軌道に8tとされている。

ファルコン・ヘヴィーは2018年1月に試験打ち上げに成功した。この時のペイロード(積載物)は、テスラ社のスポーツカー、テスラ・ロードスターであった。スペースX社のCEOイーロン・マスクは、テスラのCEOでもある。2019年4月11日には初の商業打ち上げを行った。ペイロードはサウジアラビアの静止衛星「アラブサット6A」で、衛星の重量は約6t。この打ち上げでは、センターコアおよび2基のブースターの回収に成功した。

2019年6月25日には通算3回目の打ち上げを実施。アメリカ空軍の24機の小型衛星を異なる軌道に投入した。このために、第2段のマーリン1D‐Vacエンジンは、高度860㎞〜1万2000㎞で、合計4回のエンジン燃焼停止・再着火を行った。この打ち上げでは2基のブースターは回収に成功したが、センターコアは回収することができなかった。フェアリング(ロケット先端のカバー)は片方の回収に成功している。

ファルコン9でもブースター、センターコア、フェアリングの回収と再利用が行われており、再使用ロケットの分野では、スペースX社は他社より一歩先んじている。

ブルー・オリジン社は重量級ロケット、ニュー・グレンの開発を進めている。前述したがグレンの名は、アメリカ初の有人地球周回飛行を行ったジョン・グレン宇宙飛行士にちなんだものである。

ニュー・グレンは2段式と3段式のタイプがある。直径は7mで、全長は2段式が約82m、3段式は約94mである。第1段にはBE‐4エンジンが7基用いられる。第2段には液体酸素と液体水素を推進剤とするBE‐3Uエンジンが2基用いられる。第3段はBE‐3Uエンジンが1基である。ニュー・グレンの2段式の打ち上げ能力は、低軌道に45t、静止トランスファー軌道に13tとされている。

ブルー・オリジン社は2021年にニュー・グレンの初打ち上げを目指している。ノースロップ・グラマン社は国防省の衛星打ち上げ用に「オメガ・ロケット」を開発中で、中量級タイプは2021年、重量級は2024年に初打ち上げの予定である。

●ロシア:プロトンからアンガラへ

ロシアはアンガラ・ロケットの開発を進めている。アンガラ・ロケットはURM(ユニヴァーサル・ロケット・モジュール)という共通モジュールを組み合わせて、小型衛星の打ち上げから重量級ペイロードの打ち上げまでを行う複数のタイプのロケットを実現させる構想である。現在ソユーズ宇宙船の打ち上げなどに使われているソユーズ・ロケット、中量級打ち上げロケットの「ゼニット」、そして重量級のプロトン・ロケットを将来代替するロケット、という位置付けである。

1段目のURM‐1は液体酸素とケロシンを推進剤とするRD‐191エンジンを1基用いる。2段目のURM‐2には液体酸素とケロシンを推進剤とするRD‐0124Aエンジンを1基用いる。これらと上段の組み合わせによって、いくつものアンガラ・ロケットが構想されているが、開発は遅れている模様で、現在のところ、実際に打ち上げが行われたのはアンガラ1・2とアンガラA5のみである。

アンガラ1.2は2014年に初号機が打ち上げられた。アンガラ1.2の第1段にはURM‐1が1基用いられている。打ち上げ能力は低軌道に3.7t。アンガラA5も2014年に初打ち上げが行われた。第1段のURM‐1に4基のURM‐1がブースターとして束ねられている。アンガラA5の打ち上げ能力は低軌道に24.5tとされている。

現在ロシアでは、ソユーズ宇宙船の後継機となる新しい有人宇宙船「フィデラーツィア」を開発している。フィデラーツィアはアンガラA5の有人打ち上げバージョンであるアンガラA5Pで打ち上げられることになっている。現在、極東にボストーチヌイ宇宙基地が建設されており、ここにアンガラ5シリーズの発射台が建設中である。

ロシアではソユーズ5ロケットの開発も進められている。ソユーズ5は低軌道に15.5t、静止トランスファー軌道に5tの打ち上げ能力をもつ。第1段に使われるのはRD‐171MVエンジンで、これは現在ゼニット2およびゼニット3に使われているRD‐171Mの派生型である。RD‐171MVは液体酸素とケロシンを推進剤にしている。第2段には2基のRD‐0124MSエンジンが使われる。

現在のソユーズ・ロケットは開発者セルゲイ・コロリョフが1957年に人工衛星スプートニク1号を打ち上げたロケットにまで系譜をさかのぼることのできる、いわばロシアのレジェンドとなっているロケットである。しかし、ソユーズ5はこの流れを汲むロケットではなく、むしろゼニット・ロケットから生まれたロケットということができる。2022年に初打ち上げを目指している。

ソユーズ5は、第1段2本をブースターとして組み合わせる増強型も構想されている。この重量級ソユーズ5は、アンガラA5ロケットと同等の打ち上げ能力をもつことになる。アンガラ・ロケットの開発が遅れていることから、ソユーズ5とアンガラの重量級は何らかの形で合流するのではないかという見方もある。

また、フィデラーツィアの打ち上げもソユーズ5になる可能性がある。ソユーズ5の打ち上げ場所は、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地のバイテレク射場となる。そのため、ロシアの有人宇宙船の発射場はバイコヌールからロシア領内のボストーチヌイに移るはずだったものが、ふたたびバイコヌール宇宙基地になる可能性も出てきている。

さらにロシアでは、月ミッションに向けた巨大ロケット「エニセイ」の開発にも着手しているという。エニセイは月軌道に27tを打ち上げることのできる能力をもち、2028年に初打ち上げを目指している。エニセイの第2段にはソユーズ5の第1段が使われる可能性もある。

●中国:長征5号

静止トランスファー軌道に13tのペイロードを投入できる中国の長征5号は、2016年11月に初打ち上げに成功したが、2017年7月の2回目の打ち上げは失敗し、現在運用が停止している。第1段エンジンのターボポンプの故障が原因とみられ、ターボポンプの大幅な設計変更が必要となったようだ。「リターン・トゥ・フライト」となる3回目の打ち上げは2020年となる模様。

長征5号の第1段には液体酸素と液体水素を推進剤とするYF‐77エンジンが2基使われ、YF‐100エンジン2基からなるブースターが4本ついている。第2段は再着火可能なYF‐75Dエンジン2基を用いている。YF‐75Dも液体酸素と液体水素を推進剤とするエンジンである。

中国が計画している独自の宇宙ステーションの打ち上げには、長征5号の第1段とブースター4本からなる長征5号Bが使われる。長征5号Bは低軌道に23tを打ち上げる能力をもっている。長征5号の打ち上げ再開が成功すれば、長征5号Bも2020年に初打ち上げが行われる見通しである。

なお、中国では月ミッション用の巨大ロケット長征9号も開発中である。

宇宙開発の未来年表
寺門和夫(てらかど・かずお)
一般財団法人日本宇宙フォーラム宇宙政策調査研究センター フェロー。科学ジャーナリストとしても活動するほか、小松大学客員教授もつとめている。科学雑誌『ニュートン』の編集責任者を創刊以来長年にわたってつとめ、NASAやロシアの宇宙施設をたびたび訪問してきた。30年間以上、世界の宇宙開発の取材を続けている。現在は主に宇宙ビジネス、月・惑星探査、宇宙安全保障などを調査研究している。著書に『ファイナル・フロンティア 有人宇宙開拓全史』(青土社)、『中国、「宇宙強国」への野望』『まるわかり太陽系ガイドブック』(ウェッジ)、『宇宙から見た雨』(毎日新聞社)などがある。

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