(本記事は、寺門和夫氏の著書『宇宙開発の未来年表』イースト・プレスの中から一部を抜粋・編集しています)

高機能の大型衛星から低軌道小型衛星群への転換

衛星
(画像=Andrey Armyagov/Shutterstock.com)

人工衛星の世界も、今、様変わりを遂げようとしている。そのキーワードは「コンステレーション」である。コンステレーションとは星座の意味だが、この場合は、軌道上に展開された多数の小型衛星群のことをいう。これまでの衛星サービスは大型で多機能の衛星がになってきたが、これからはコンステレーションによる衛星サービスが主流になると予想されている。

人工衛星の軌道を高度で分けると、静止軌道(GEO)、地球周回中軌道(MEO)、地球周回低軌道(LEO)の3つに分類される。

われわれにとってなじみの深い気象衛星や通信衛星は、赤道上空、高度3万6000㎞の静止軌道上にある。この軌道に投入された衛星の公転周期は地球の自転周期と同じになるため、地上から見ると、衛星は赤道上空に静止して見える。そのため静止軌道とよばれている。気象衛星「ひまわり」の画像を見れば明らかなように、この軌道からは地球の同じ範囲を常時カメラに収めることができる。

そのため、その範囲の雲の動きや熱帯で発生した台風の移動などをリアルタイムで観測することが可能になる。現在稼働中の「ひまわり8号」は画像による観測性能も向上し、日本列島付近の雲や水蒸気の分布を詳しく観測でき、紅葉の様子や中国からの黄砂なども見ることができる。

全地球を覆う通信ネットワークの形成に、静止軌道上の通信衛星は大きな役割をはたしている。テレビ映像の「衛星中継」も、静止軌道上の通信衛星によるものである。現在、静止軌道上には多数の通信衛星がある。最近の通信衛星は多数のマルチビーム送信が可能で、かつ大容量での衛星通信を行う「ハイスループット」の時代に入りつつある。

静止軌道の下、高度2000㎞あたりまでが中軌道である。われわれがカーナビなどで利用しているアメリカのGPS(グローバル・ポジショニング・システム)は、高度約2万㎞の軌道をまわる衛星群で構成されている。また、赤道を中心に中緯度地域への通信サービスを行うO3bの衛星群は約8000㎞の高度をまわっている。

中軌道の下が低軌道である。低軌道のうち900〜1000㎞あたりは地球観測衛星がよく利用する。地球観測衛星は南北両極の上空を通る太陽同期準回帰軌道に投入される。両極上空を通る軌道を極軌道という。衛星が周回している間に、地球が自転するので、極軌道をとると、数日間で地球の全表面を観測することができるのである。

太陽同期軌道は、観測時の地表面と太陽光の角度がいつも同じになる軌道のことで、地表に当たる太陽光線の角度が常に一定なので同一条件下の観測が可能。準回帰軌道とは、衛星がある日数後に再び同じ場所の上空に戻ってくる軌道のことをいう。この2つを組み合わせた軌道を太陽同期準回帰軌道という。

衛星電話のイリジウム社の衛星群は高度780㎞の軌道をとっている。イリジウム社は2018年に66機の衛星をすべて新規に入れ替え、「イリジウムNEXT」としてサービスを行っている。

国際宇宙ステーションの高度は約400㎞なので、低軌道のかなり低いところをまわっていることになる。このくらいの高度になると、わずかに空気が存在する。衛星は抵抗を受け、高度が次第に下がってしまう。そのため、衛星の軌道としてはあまり使われない。国際宇宙ステーションは定期的に高度を上げる操作を行っている。

それはワンウェブ社からはじまった

コンステレーションという考え方は以前からあったもので、GPS衛星もイリジウム衛星もコンステレーションを形成している。しかし現在、数十機という規模をはるかにこえたコンステレーションが低軌道に出現しつつあるのだ。

この大きなうねりのさきがけとなったのが、2015年1月に発表されたワンウェブ社の低軌道小型衛星コンステレーション計画であった。ワンウェブ社の計画は、高度1200㎞の20の軌道面に648機の小型衛星を打ち上げ、全地球を覆うインターネット網を構築するというものであった。

ワンウェブ社の創業者グレッグ・ワイラーは、2007年にO3bネットワークス社を設立し、12機の衛星で低緯度地域にインターネット通信サービスを提供する事業を立ち上げた人物である。その後、O3bはグーグル傘下に入った(現在はルクセンブルクのSES社が所有している)が、ワイラーは2014年にグーグルを離れ、ワンウェブ社の前身であるワールドビュー・サテライツ社で現在の事業をスタートさせた。多数の小型衛星で地球を覆うインターネット網をつくるという構想は、彼がグーグル時代に考えていたものであった。

ワンウェブ社の計画では2017年には衛星の打ち上げをはじめ、2019〜20年にはサービスを開始することになっていた。実際に最初の衛星6機が打ち上げられたのは2019年2月のことであったが、スケジュールはそれほど遅れていない。2020年にサービスを一部開始し、2021年に全世界をカバーするサービスを開始する。なお、同社のコンステレーションは最終的には約2000機になるとされている。

さらにワンウェブ社の構想は、一企業の構想に巨大企業が投資し、宇宙ビジネスのメインストリームの企業がパートナーとして参加していることでも大きな話題となった。ワンウェブ社に投資した主な企業は、ヴァージン・ギャラクティック社で宇宙旅行事業を進めるヴァージン・グループ、チップメーカーのクアルコム、コカ・コーラ、メキシコの通信サービス会社トータルプレイ、インド最大の通信事業を展開するバーティ・エンタープライズ社などであった。

後に日本のソフトバンクも多額の出資をしている。また、ヨーロッパを代表する宇宙企業エアバス・ディフェンス・アンド・スペース社、静止軌道での衛星通信サービスを行っているインテルサット社、地上インフラを提供するヒューズ・ネットワークシステム社、衛星打ち上げサービスを行っているアリアンスペース社などがパートナーとなっている。

ワンウェブ社はスペア分もふくめ、合計900機の小型衛星を製造することにしている。衛星の重量は約150㎏。この衛星の開発・製造を請け負っているのが、エアバス・ディフェンス・アンド・スペース社で、最初の衛星10機は同社のツールーズの工場で製造したが、ワンウェブ社はエアバス社と共同で2017年にはケネディ宇宙センター近くに工場を完成させ、1週間に15機以上のペースで衛星製造を開始している。

工場の誘致には、フロリダでの宇宙産業の振興を推進しているスペース・フロリダ社が協力している。ワンウェブ社の工場近くにはブルー・オリジン社のロケット工場、ロッキード・マーチン社のオライオン宇宙船の組立工場、ボーイング社のスターライナー宇宙船の組立工場、シエラ・ネヴァダ社の宇宙船ドリーム・チェイサーの組立工場などがある。

衛星の打ち上げはアリアンスペース社が担当する。打ち上げにはソユーズ・ロケットが使われる。発射場はギアナ、バイコヌール、プレセツク。また、アリアンスペース社が現在開発中の「アリアン6」も使われるほか、ヴァージン・アトランティック社の空中発射システム「ローンチャーワン」も使われる可能性がある。衛星の運用を行うのはインテルサット社である。

同社は静止軌道に大型の通信衛星を打ち上げて事業を展開しているが、ワンウェブ社の事業にも参加することになった。同社が保有している地上の施設も使われる。インテルサット社の狙いの1つは、北極域での通信サービスにある。地球温暖化の影響で北極海の氷は減少しており、夏季には大西洋と太平洋を結ぶ北極海航路が開けている。

北極海での資源開発も盛んになると予想され、この地域での通信需要は急増するとみられる。インテルサット社としては、静止軌道上の通信衛星が苦手な北極・南極圏を含む全球をカバーするサービスが可能となり、同社の事業に広がりをもたせることになる。

小型衛星による低軌道のコンステレーションによって、極地域も含め世界中のどの地域でも、小さなアンテナがあればインターネットを利用することができる。地球上にはいまだにインターネットを利用できない人々が多数いるが、こうしたデジタル・デバイド(情報格差)を解消することができる。

さらに、安価にサービスを提供できる、信号の遅延時間が数十ミリ秒しかない(静止衛星では0・3秒程度)、衛星全損のリスクがないなどの特長がある。コンステレーションによる通信サービスは、かつてマイクロソフト社のビル・ゲイツも考えていたといわれる。しばらく前には、こうした構想を実現する技術基盤は不十分だったが、技術の急激な発展でそれが可能になったわけである。

スペースX社のイーロン・マスクも2016年にコンステレーションの構想を発表した。実は、ワンウェブ社の創設者ワイラーはグーグルに在籍していた頃、この構想をマスクに相談したことがあった。しかし、2人が一緒に事業を立ち上げることはなかった。

ワンウェブ社やマスクのコンステレーション構想が外部に向けて明らかになる直前の2014年11月には、スペースX社を含む“半ダース”ほどの企業が、コンステレーション計画のための周波数をITU(国際電気通信連合)に申請するという出来事があり、「衛星インターネットのゴールドラッシュ」といわれた。小型衛星のコンステレーションが世界の衛星通信事業を変革していくという大きな潮流は、実はこの頃からはじまっていたわけである。

宇宙開発の未来年表
寺門和夫(てらかど・かずお)
一般財団法人日本宇宙フォーラム宇宙政策調査研究センター フェロー。科学ジャーナリストとしても活動するほか、小松大学客員教授もつとめている。科学雑誌『ニュートン』の編集責任者を創刊以来長年にわたってつとめ、NASAやロシアの宇宙施設をたびたび訪問してきた。30年間以上、世界の宇宙開発の取材を続けている。現在は主に宇宙ビジネス、月・惑星探査、宇宙安全保障などを調査研究している。著書に『ファイナル・フロンティア 有人宇宙開拓全史』(青土社)、『中国、「宇宙強国」への野望』『まるわかり太陽系ガイドブック』(ウェッジ)、『宇宙から見た雨』(毎日新聞社)などがある。

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