(本記事は、寺門和夫氏の著書『宇宙開発の未来年表』イースト・プレスの中から一部を抜粋・編集しています)

中国の衛星破壊実験で状況が一転

宇宙空間
(画像=IM_photo/Shutterstock.com)

宇宙空間は安全保障の面でも重要な領域になっている。

宇宙空間における安全保障問題が特に大きく取り上げられるようになったきっかけは、2007年に中国が行ったASAT(衛星破壊)実験であった。

同年1月11日、中国は西昌衛星発射センターからSC‐19ミサイルを発射した。SC‐19の弾頭は、高度856㎞の極軌道をまわっていた運用終了後の同国の気象衛星「風雲1号C」に衝突。風雲1号Cは一瞬にして完全に破壊された。これによって直径10㎝以上のスぺースデブリ(宇宙ゴミ)が3000個も発生した。

実は中国はそれ以前にも2005年と2006年にASAT実験を行ったが失敗していた。2007年の実験は成功したが、多量のスペースデブリが発生したため、国際的に大きな批判を浴びることになった。しかし、中国はそれ以降もASAT実験をやめなかった。2010年と2013年にもSC‐19によるASAT実験を行ったが、このときは宇宙空間にデブリが発生しない弾道軌道のターゲットを破壊するという方法をとった。

2013年にはDN‐2ミサイルによる実験を行った。この実験では、ミサイルの弾頭は高度約2万㎞まで達した後、そのまま落下した。アメリカのGPS衛星破壊を想定した実験と考えられている。2015年から2017年にかけて3回行った新型ミサイルDN‐3による実験は、静止軌道の衛星破壊を想定したものと見られている。

アメリカとロシアも東西冷戦時代に衛星破壊手段を開発している。しかし、ソ連崩壊後、それを使うような状況は考えられず、アメリカ、ロシアとも以後の技術開発をほとんど行わないでいた。しかし中国のASAT実験は、同国が現代の戦争において相手方の衛星を破壊することが非常に有効であると考えており、有事発生の際にはその手段を用いる意思があることを世界に示したものであった。

こうして、相手国の衛星破壊手段から自国の衛星をどうやって守るかが、宇宙安全保障の大きな課題として浮かび上がってきたのである。

中国は何を考えているか

なぜ、中国はASAT実験を行ったのであろうか。

現在の軍事活動では、C4ISR(指揮・統制・通信・コンピューター・情報・監視・偵察)のほとんどを宇宙空間、すなわち人工衛星に依存している。1991年にはじまった湾岸戦争におけるアメリカ軍の「砂漠の嵐作戦」を分析した中国の人民解放軍は、次のような結論を下した。「インテリジェンス活動の70〜80%、通信の80%は宇宙に依存していた。今後は情報の戦争となる」。人民解放軍のこの認識は2003年のイラク戦争でさらに強まった。

人民解放軍はアメリカとの戦争に勝つには「制信息権」(制情報権)が必須であり、そのためには「制天権」(制宇宙権)が必要と考えるようになった。以後、近代化を進める人民解放軍の中で、宇宙空間を軍事活動の場としてとらえる指向が急速に強まっていったのである。

人民解放軍は現在起こりうる戦争を、アメリカとの大規模な戦争ではなく、局地戦と想定し、「情報化条件下局部戦争」とよんでいる。「情報化条件下」とは、局地戦の展開において、宇宙空間とサイバー空間での作戦が不可欠という意味である。

2015年12月に行われた人民解放軍の大規模再編では、「陸軍」、「海軍」、「空軍」、「戦略ロケット軍」と同じランクで、宇宙空間とサイバー空間を担当する「戦略支援部隊」が創設された。戦略支援部隊の任務は、軍事衛星ネットワークを運用し、偵察、早期警戒、通信、ナビゲーションなどの領域で人民解放軍全体の作戦を支援することにある。さらに衛星破壊手段の開発や相手国の攻撃から自国の衛星システムを防御する手段の開発もその任務に含まれている。もちろん、サイバー攻撃も戦略支援部隊の任務である。戦略支援部隊は人民解放軍の中でも最近、その存在感を増している。

アメリカはこうした中国の行動に重大な警戒心を抱いており、アメリカ国防情報局(DIA)が2019年に発表した報告書『中国の軍事力』においても、「中国人民解放軍は宇宙での軍事活動能力を強化し続けている」と述べている。

衛星破壊の手段

中国が2007年に行ったASAT実験は、キネティック弾頭を用いたものである。弾頭は爆発物ではなく、堅い物体であればよい。衝突した時の運動(キネティック)エネルギーで衛星を破壊する。キネティック弾頭は衝突すれば確実に衛星を破壊できるが、多量のスペースデブリが発生するため、実際には使用が困難である。発生したスペースデブリが自国の衛星に衝突する可能性もあるからだ。さらに、ミサイルを発射した直後から、相手側の早期警戒衛星がその軌跡をとらえてしまうため、どこからミサイルを発射したかが即座にわかってしまう。

今後の衛星破壊は、こうしたハードキル手段からソフトキル手段になっていくとみられる。

では、どのようなソフトキル手段があるのだろうか。

まず、高出力レーザーの照射である。強力なレーザーを目標の衛星に当てて、衛星の心臓部や光学センサーを破壊してしまう方法である。レーザーを長時間照射していると、衛星の照射された箇所が熱をもち、やがて軌道を外れるような動きを生ずることも考えられる。

中国はすでに2005年に、アメリカの衛星に向けてレーザーを照射したことがある。この照射を行ったとされる技術者自身が、のちに中国の雑誌で語っているのである。中国のレーザーによる衛星攻撃技術は大きな進歩をとげており、最近の報道によれば、中国は2020年に低軌道の衛星を攻撃可能なレーザー兵器施設を配備予定とのことである。

このほか、高エネルギーの粒子ビームや強力なマイクロ波ビームを照射する方法もある。

これらのダイレクト・エネルギー兵器とよばれる手段では、攻撃された衛星の機能停止ないし機能の一時的停止が、機器自体の不具合によるものか攻撃によるものかを判断することが難しく、結果として、攻撃を探知することが困難になる。さらに、攻撃は光速あるいはそれに近いスピードで瞬間的に行われるため、どの場所から攻撃されたかを知ることも困難である。

通信を妨害するジャミングや偽の信号を送りこむ「スプーフィング」などの方法もある。

さらにサイバー空間を利用して攻撃する方法もある。すでにNASAやNOAAの衛星が中国からのサイバー攻撃で一時的にハッキングされたとみられる事象が報告されている。

最近注目されているのは、コ・オービタル(共通軌道)衛星による攻撃である。これは軌道上に軌道変更可能な衛星を打ち上げておき、必要な際に軌道を変更して相手側の衛星に接近し、攻撃するという方法である。攻撃には、衛星自体を衝突させて破壊する方法や、近距離からレーザーや電磁波を照射する方法、ロボットアームで破壊ないし捕獲する方法などいくつも考えられている。中国は、すでにその実験と思われる小型衛星の軌道変更などを行っている。

宇宙開発の未来年表
寺門和夫(てらかど・かずお)
一般財団法人日本宇宙フォーラム宇宙政策調査研究センター フェロー。科学ジャーナリストとしても活動するほか、小松大学客員教授もつとめている。科学雑誌『ニュートン』の編集責任者を創刊以来長年にわたってつとめ、NASAやロシアの宇宙施設をたびたび訪問してきた。30年間以上、世界の宇宙開発の取材を続けている。現在は主に宇宙ビジネス、月・惑星探査、宇宙安全保障などを調査研究している。著書に『ファイナル・フロンティア 有人宇宙開拓全史』(青土社)、『中国、「宇宙強国」への野望』『まるわかり太陽系ガイドブック』(ウェッジ)、『宇宙から見た雨』(毎日新聞社)などがある。

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