(本記事は、西井 敏恭氏の著書『サブスクリプションで売上の壁を超える方法』翔泳社の中から一部を抜粋・編集しています)
「買う」から「利用する」への変化
「買う」時代のマーケティング
サブスクリプション・マーケティングの1つ目のポイントは、「買う」から「利用する」への変化を顧客の行動から理解することです。
顧客は、「買いたい」のではなく、「使いたい」気持ちにお金を払っている。 これはよく語られるフレーズですが、案外、よくわからないという方も多いのではないでしょうか。
ここでは音楽業界を例に挙げ、「CDを買って音楽を聴く」から「サブスクリプションを利用して音楽を聴く」への顧客体験の変化と、それに伴うマーケティングの変化をお話しします。
音楽を聴くためにCDやレコードが必要だった時代、音楽レーベルのゴールはプロモーションによって生活者に「CDがほしい」と思ってもらい、CDショップでCDを買ってもらうことでした。
みんなテレビを見ていたので、楽曲がテレビCMとタイアップしたり、ドラマの主題歌に採用されたり、アーティストが音楽番組に出演したりすることも、大きなプロモーションになっていましたよね。
生活者の耳に楽曲が自然と入る環境を生み出し、「CDがほしい」気持ちをどれだけ高められるかが、マーケティングでした。
毎週発表されるCD売上枚数ランキングの上位に入れば、生活者にますます注目されるようになり、売上がさらに伸びます。
情報をできるだけ多く提供し、いかに生活者の間で話題になるかが、競合との差別化だったのです。
つまり、プロモーションで需要をつくり、CDを大量に卸して、CDショップでCDを売ることがマーケティングでした。
しかし、音楽を聴く方法が多様化してきました。ライブやコンサートに足を運ぶことを除くと、以前はCDの購入か、レンタルだけしか選べませんでしたが、新たにデジタル配信という選択肢が登場します。
デジタル配信は、ダウンロードによる購入と、ストリーミング配信の2つに分かれます。ダウンロード購入は、デジタルの音楽再生プレイヤーやスマートフォンに、楽曲のデータを取り込む方法です。
シングル1曲あたり250円ほどで販売されていて、形や方法は異なりますが、利便性を除けばCDを買うこととあまり変わりはありません。
ですから、ダウンロードを促すためのマーケティングも、やはり従来のマーケティング手法が中心だったように思います。
「利用する」時代のマーケティング
ストリーミングが中心の音楽配信サービスは、使い続けてもらうことで収益を得るモデルです。
スポティファイやアップル・ミュージック(Apple Music)に代表される音楽のサブスクリプションは、プラットフォームとして機能しています。CD全盛期時代でいうところのCDショップだと考えると、わかりやすいかと思います。
音楽サブスクリプションのマーケティングは、顧客がアプリをインストールしたところをスタート地点と考えます。3日ぐらい使ってもらって使い心地が悪いと、あっという間に使われなくなってしまいますから、顧客がサービスを使い続けたくなるマーケティングを実施しないと、収益が得られません。
音楽配信サービスの料金は月額980円ぐらいが相場です。利用が3か月継続すれば、アルバム1枚分の価格と同じ売上になり、さらに利用が続くと、アルバム数枚の購入を超える売上となります。
そこで多くのサービスが初月無料のキャンペーンを行い、2か月目以降の有料利用へつなげようと、顧客にとって魅力的な体験を次々と提案しているのが現状です。
たとえばグーグル・プレイミュージック(Google Play Music)のホーム画面では、サービスの利用者が今いる付近でツアー中のアーティストの楽曲リストを表示しています。また、毎週販売される新曲もレコメンドしてくれます。これらは、顧客の位置情報やサービスの利用履歴といったデータをもとにつくられていると思われます。
サブスクリプションが商流を変える
音楽のサブスクリプションはマーケティングのみならず、音楽業界の商流も変えています。
売上が低迷した音楽業界は一時期、なんとかしてCDを買ってもらおうとしていました。でも顧客の目的は、CDを買うことではなく音楽を聴くこと。
CDは売れなくなりましたが、スマートフォンの普及によってデジタル配信が一般化し、音楽を聴く機会はむしろ以前よりも増えていると思います。
好きな曲を好きなときに、好きなだけ聴けるサブスクリプションの音楽配信サービスが受け入れられたのは、自然な流れなのでしょう。CDを買っていた世代にとっても、お店に行かなくても、スマートフォンで聴きたい曲を1曲から聴けることは新しい体験です。
ダウンロード配信も同じじゃないかと思われるかもしれませんが、たとえばスマートフォンの機種変更をしたときは、音楽データを移行する必要があります。ちょっと、めんどくさいですよね。
サブスクリプションならば、新しくアプリをインストールし、ログインし直せば問題ありません。また、家族で利用することを目的とし、複数アカウントを発行するプランを用意しているサービスもあります。
私たちが、サブスクリプションで音楽を聴くことが当たり前になると、提供側はこれまで得られなかったデータが得られるようになります。CD全盛期の頃、どのCDが何百万枚売れたかは話題になっても、誰がCDを買ったのかまではわかりませんでした。
アルバムの何の曲が繰り返し聴かれたのか、またどこで飽きられてしまったのかも気にされていなかったのではないでしょうか。
でもサブスクリプションでは、どの曲が何回聴かれて、どの曲がスキップされたのかがデータからすべてわかります。流行のアーティストや曲調の傾向を、よりつかみやすくなったかもしれません。
さらに、これまでの楽曲のプロモーションは新曲が中心でしたが、音楽配信のサブスクリプションは過去の曲を聴くきっかけにもなります。ある日突然、過去の曲がヒットしたときも、しっかり収益につなげられるのです。
CDは生産した枚数分しか売れませんでしたし、よほどのニーズがない限り、再生産も難しかったと思います。
それに比べて音楽のサブスクリプションは、CDの物理的な課題も解消していますので、顧客にとっても音楽レーベルにとっても、音楽を聴く・聴いてもらうことのすそ野を広げています。また、サブスクリプションで聴いて気に入り、ダウンロード購入をするという流れも生まれています。
音楽レーベルも、音楽を聴き続けたくなる気持ちづくりへのマーケティングに変わりはじめているようです。プラットフォーム側で新人アーティストを取り上げ、ファンの基盤をつくるといった取り組みも行われています。結果的に音楽業界では、CDが売れないにもかかわらず大きな利益をあげている企業が続々と出ているのです。
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