(本記事は、西井 敏恭氏の著書『サブスクリプションで売上の壁を超える方法』翔泳社の中から一部を抜粋・編集しています)

サブスクリプション
(画像=PIXTA)

顧客に暮らしを提案できているか

サブスクリプションは暮らしを提案する

まずは1つ目のチェックポイントです。

顧客がつねに商品やサービスを使い続けたいと思う状態をつくることは、いい換えると、商品・サービスを顧客の暮らしにフィットさせることになります。すると顧客の暮らしは、サブスクリプションがあるときとないときとで大きく変わります。

逆に企業の立場から考えると、サブスクリプションは「新しい暮らしの提案」だといえます。新しい暮らしでは、これまでの行動や生活の中での顧客体験が変わります。

サブスクリプションで売上の壁を超える方法
(画像=サブスクリプションで売上の壁を超える方法)

たとえば自動車メーカーは車を介して、移動するということを提供してきましたが、サブスクリプションで車を乗り換えたり、好きなときに好きな車に乗れたりするようになると、車は移動手段から暮らしをつくっていくサービスになります。

ひいては、行動範囲が広がったことによる活動的な暮らしや、ドライブを通して家族の時間を大切にするといった暮らしを提案することになるのです。

もう一例として、美容室は髪を切ってもらう場所ですが、シャンプー、ブロー、ヘアセットだけに特化したサブスクリプションが登場しています。アプリで提携サロンの空き状況を見て、好きな時間に予約を入れる仕組みです。

美容室は平日よりも土日が混むのに、料金は変わりませんよね。顧客も、ヘアセットだけお願いしたいけど、結婚式でもないのに頼むのは気が引ける……という気持ちがある。そういった互いの隠れた困りごとを、アプリでつないでいるんです。

「大事な仕事の前はプロにヘアセットをしてもらいます。すると、自信がつき、商談の成功率が上がるんです」という顧客の声もあるそうです。ヘアセットから仕事がうまくいく暮らしを選んでいるんですね。

もちろんそれを必要としない人もいますから、サブスクリプションを利用することは、暮らしを選択していることともいえます。

暮らしの提案は伝わりづらい

しかしながら、サブスクリプションが提案する暮らしは、すぐに顧客が実感するものではありません。

たとえば、スタイリストによるコーディネート付のファッションサブスクリプションでも、最初は「洋服代が安くなりそうだから使い始めた。だから、人にわざわざ服を選んでもらわなくてもいいんだけど……」という反応があるでしょう。

それでも使い続けていくうちに、「コーディネートを参考にしていたらセンスが上がった」とか「自分で選ばない服を着られて楽しい」といった成功を体験していくのです。

私は、スポティファイの「音楽を発見する」というコピーが好きです。実際に使い続けていると、他の音楽配信サービスと違って、レコメンドされる楽曲の感じがとても自分にフィットしているんですね。

「若い頃はいろんな音楽を聴いて楽しんでいたのに、今は昔の曲ばかりを繰り返し聴いている。ちょっと悲しいな……」と思っているところに、スポティファイは新しい音楽との出会いを運んでくれます。

でも「音楽を発見する」の言葉どおりに、私ははじめから音楽を発見したいと思って使い始めたわけではないんです。レコメンドが心地よくて、使い続けていくうちに音楽を発見する暮らしがステキだと感じるようになっていた。

おそらく他の音楽配信サービスも、それぞれに提案する暮らしがあって、顧客は選択をしているのでしょう。

このようにサブスクリプションが提案する暮らしは、顧客が商品・サービスを利用して成功を体験することで初めて、気づいてもらえるものです。

ですからサブスクリプションは、初めて商品・サービスを利用してもらうとき、つまり「利用の入口」のハードルを低くし、早い段階で成功を体験してもらう設計が必要です。

サブスクリプションの「初月無料」は、無料期間中に商品・サービスを気に入ってもらおうという打ち手なんですね。

入口設計のポイントは、顧客が「この商品・サービスはいいな」と実感できるかどうかです。既存顧客の行動データやアンケートの中に、もっとも支持される機能や体験が見つかるはずです。それを利用の入口設計に盛り込み、メールによるフォローやサービス内のチュートリアルに組み込んでいきましょう。

つみたて,nisa,商品,おすすめ
(画像=crazystocker/Shutterstock.com)

その暮らしを選ばない人もいる

サブスクリプションは暮らしを提案しますが、中には「提案した暮らしを選ばない人」もいます。ここまで、顧客の声を聞いて商品・サービス改善を繰り返していきましょう、とお話ししてきました。

ですが、自社が提案する暮らしにフィットしない顧客の声は、参考程度に留めておきましょう

たとえば、ハイブランドな鞄のサブスクリプションが、月額5万円だとします。ビジネスのシーンに合わせて鞄をもち替えることができ、「商談がうまくいく」「仕事のモチベーションが上がる」といった顧客の成功があります。

この価格帯だからこそ細部までこだわって選びぬかれた鞄を提案でき、顧客はその暮らしを選択しています。

そこに、「月額の利用料を安くしてほしい」という声があったらどうでしょうか。この声を聞くことで、ハイブランドな鞄の品揃えの質が落ちてしまう可能性があります。

そうすると、本来の顧客も嬉しくないですし、このサービスが提案する暮らしとは異なりますよね。

もちろん、適切な価格帯にする必要はありますが、自社が実現したい顧客の成功や暮らしからブレてはいけないのです。

顧客に退会をお願いしてもいい

住まいのサブスクリプションを展開するアドレス(ADDress)は、月額4万円から同社が管理する物件に住み放題のCo-Living(住居と仕事場を兼ねたスペースのこと)サービスを展開しています。全国各地に点在する物件には、1回の利用で最大7日間住むことができます。

クローズドのベータ版サービスの頃から、問合せを2000件以上集め、テストモニターによる利用を経て、正式にサービスを開始しました。

アドレスの顧客の成功は、地方で暮らすように滞在する体験を通して、新しい働き方の実現や全国の同じ価値観をもつ人たちと知り合い、人生が充実することです。

ですから、物件を管理するコミュニティマネージャーの家守りとよばれる人や、地域の人たちとの交流を望まない顧客に対しては、同社が目指す暮らしを丁寧に伝えるそうです。

それでも、お互いが目指す成功が異なる場合には、返金して退会をお願いすることもあります

顧客の声をもとに商品・サービス改善を重ね、顧客の暮らしにフィットさせ、愛着をもってもらうサイクルを回していくなかで、スタートした頃と比べて提供する内容が変化することも十分ありえます。しかし、提供するコアバリューを見失ってはなりません。

サブスクリプションで売上の壁を超える方法
西井 敏恭
1975年5月福井県生まれ。WEBの面白さに惹かれて2003年頃からEC企業にてマーケティングに取り組む傍ら、旅行を続けて訪問した国は140か国以上。世界一周したデジタルマーケティングのプロとして、ad:techをはじめ全国での講演、メディア掲載なども多数。
株式会社シンクロでは代表として、主に大手企業のデジタルマーケティングや、スタートアップ企業のサブスクリプションなどをサポート。マーケティングの教育事業「Co-Learning(コラーニング)」なども展開。オイシックス・ラ・大地では執行役員としてサブスクリプションモデルのEC戦略を担当。2019年より、ロボットベンチャーGROOVE X株式会社のCMOも兼務。主な著書に『デジタルマーケティングで売上の壁を超える方法』(翔泳社)がある。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます