中村 太郎
中村 太郎(なかむら・たろう)
税理士・税理士事務所所長。中村太郎税理士事務所所長・税理士。1974年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。税理士、行政書士、経営支援アドバイザー、経営革新等支援機関。税理士として300社を超える企業の経営支援に携わった経験を持つ。税務のみならず、節税コンサルティングや融資・補助金などの資金調達も得意としている。中小企業の独立・起業相談や、税務・財務・経理・融資・補助金等についての堅実・迅速なサポートに定評がある。

経営セーフティ共済は中小企業の倒産防止と節税に役立つ制度だが、加入後には注意点もある。今回は、経営セーフティ共済への加入を考えている中小企業の経営者に向けて、制度の概要や制度のメリット、注意点を解説する。

なお、今回の内容は中小機構の「経営セーフティ共済 制度のしおり(平成30年9月)」を参考としている。経営セーフティ共済に関するサービスを利用する際は、中小機構のホームページなどから必ず最新の情報を確認していただきたい。

参照:「中小機構経営セーフティ共済」

経営セーフティ共済とは?

経営セーフティ共済
(画像=PIXTA)

経営セーフティ共済とは、取引先の倒産による共倒れを防ぐことを目的とした、中小機構による共済制度だ。「中小企業倒産防止共済」ともいう。この共済制度は、共倒れを防ぐという本来の機能に加えて、掛け金によって節税ができるというメリットも併せ持つ。節税対策のひとつとして、すでに加入しているという経営者も多いのではないだろうか。

しかし、加入していても実際にどのような場面で役立つ制度なのか、少々把握しづらい部分もある。まずは、経営セーフティ共済の本来の制度内容について確認してみよう。

経営セーフティ共済とは共倒れを防止する共済制度

中小企業の資金繰りの中心にあるのは、取引先から支払われる売上金である。多くの企業では、月末などに請求書を取引先に送付して一定の期日までに代金を振り込んでもらい、回収された売上代金を自社の取引先への支払いや従業員への給与などにあてることで、資金繰りを行っているだろう。どの企業も、この回収と支払いのサイクルを繰り返しながら、会社や従業員の生活を守っている。

しかし、その売上金が突然回収できなくなったとしたらどうだろうか。自分の身に置き換えてみると、考えるだけで背筋が寒くなってしまう。しかし、これはすべての経営者が向き合わなければならないリスクでもあるのだ。

中小企業庁が公開する会社の倒産件数を見ると、平成31年中の企業の倒産件数は8,383件。そのうち中小企業は8,378件で、ほぼすべての倒産件数を占める。倒産原因における断トツの1位は「販売不振」とだが、その傍らで件数は少ないものの「連鎖倒産」も毎月発生している。連鎖倒産の定義が明らかでないため推測になるが、おそらく発注企業が倒産した影響によって、その受注企業も共倒れしてしまうケースを含んでいるだろう。経営セーフティ共済とは、このような事態を想定して受注企業の共倒れを防ぐ制度なのだ。

共済金の貸付について

経営セーフティ共済には、取引先が倒産した場合に受けられる共済金貸付の制度がある。これは、売上代金が回収できなくなった加入企業の当座の資金繰りを助けるためのものだ。貸付金の上限額は、それまで払い込んだ掛け金の総額の10倍、または回収できなくなった売掛債権や前渡金返還請求権の合計額のいずれか少ないほうの金額となり、50万円から8,000万円の範囲内であれば5万円単位で設定できる。貸付は無担保、無保証、無利息だ。

次の事例で、貸付金の上限を考えてみよう。

【事例】
経営セーフティ共済に加入するA社は、共済掛金を毎月5万円ずつ5年間支払っている。ある日、取引先の倒産によって売掛金1,000万円が回収できなくなった。

<共済金の貸付の上限額>
共済掛金の総額:300万円(月5万円×12カ月×5年)
回収できない売掛金:1,000万円
300万円×10>1,000万円 ∴1,000万円

A社の貸付金の上限額は1,000万円になることから、A社は50万円~1,000万円の範囲内で、セーフティ共済から借り入れを行うことが可能だ。なお、貸付金の上限が計算上50万円未満になったとしても、回収できない売掛債権などの額がA社における月間の総取引額の20%に達していれば、貸付の対象になる場合がある。

また、倒産先がA社の主要な取引先であれば、1,000万円に対する加算額を計上できることもある。主要な取引先かどうかは、取引期間が1年以上あること、倒産の前6カ月間の取引依存度が20%以上であることなどから判断される。もし主要な取引先と判断された場合、回収不能となった売掛債権などの金額に次の金額が加算される。

<加算額の計算式>
倒産した取引先事業者との月間取引額(倒産前6カ月の平均)×倒産した取引先事業者との取引依存度/20(※)
(※)取引依存度/20が2を超えるときは「2」とする

つまり、取引先との平均取引額の最大2カ月分を加算できる可能性がある。ここまでは経営セーフティ共済の共済金貸付について解説したが、これとは別に倒産などの理由がなくとも利用できる一般の貸付制度(利息あり)もあるので見ていこう。

「取引先の倒産」は何を指す?

経営セーフティ共済の共済金貸付を検討するとき、重要なのは「取引先の倒産」がどの状態を指すかということだ。これは単なる経営不振で支払いが遅れているというだけではだめで、次のいずれかの事態が生じていなければならない。

・法的整理
・取引停止処分
・私的整理
・災害による不渡り
・特定非常災害による支払不能

具体的には、以下の日が倒産日となる。
・法的整理
破産手続き、再生手続き、更生手続き、特別清算について、その申し立てがなされた日

・取引停止処分
手形交換所または「でんさいネット」に参加する金融機関による取引停止処分の日

・私的整理
弁護士などから支払いを停止する旨の通知が行われた日

・災害による不渡り
甚大な災害によって手形が「災害による不渡り」となる、でんさいが「災害による支払不能」となるなど(倒産日:手形等の手形交換日、呈示日またはでんさいの支払期日)

・特定非常災害による支払い不能
特定非常災害によって代表者が死亡した場合で、弁護士などから支払いを停止する旨の通知が行われた日

経営セーフティ共済の加入資格は?

経営セーフティ共済に加入できるのは、事業を1年以上行っている中小企業者である。中小企業者とは、「資本金の額または出資の総額」「常時使用する従業員数」のいずれか一方が、次の条件に該当する事業者をいう。

業種↓いずれかを満たす↓
資本金の額または出資の総額常時使用する従業員数
製造業、建設業、運輸業その他の業種3億円以下300人以下
卸売業1億円以下100人以下
サービス業5,000万円以下100人以下
小売業5,000万円以下50人以下
ゴム製品製造業3億円以下900人以下
ソフトウエア業または情報処理サービス業3億円以下300人以下
旅館業5,000万円以下200人以下

また、企業組合や協業組合といった、一定の組合も加入することができる。

加入の申込先

加入申し込みの窓口は、中小機構の委託を受けた団体(商工会や商工会議所等)や、融資取引のある一定の金融機関となる。融資取引がある金融機関がない場合は、預金取引が1年以上ある金融機関でもよい。加入申込先については、中小機構のホームページで確認できる。

中小機構「経営セーフティ共済 加入窓口」

経営セーフティ共済の3つのメリット

それでは、経営セーフティ共済に加入することで会社にどのようなメリットがあるか見ていこう。

メリット1:2種類の貸付が受けられる

経営セーフティ共済から受けられる貸付金は2種類ある。1つは冒頭で紹介した取引先の倒産によって受けられる「共済貸付金」、もう1つは取引先の倒産に関係なく受けられる「一時貸付金」だ。いざというときの資金調達先が確保できているのは、非常に心強い。

【一時貸付金とは】
共済金の貸付に比べてあまり知られていないのが、一時貸付金である。一時貸付金には取引先の倒産といった要件はなく、お金が必要になったときに申し込むことが可能だ。

貸付の限度額は、経営セーフティ共済を解約したと仮定したときに支払われる解約手当金の額の95%となる。解約手当金の額は本来その解約事由によって異なるが、一時貸付金の上限額の計算は「機構解約」という解約事由で計算される。一時貸付金は担保や保証人は不要だが、利息の支払いが必要だ。平成30年4月1日時点では、年0.9%で設定されている。

<一時貸付金の貸付限度額>
平成30年9月の「経営セーフティ共済の制度のしおり」によると、一時貸付金の貸付限度額は、次のように設定されている。

掛け金総額解約手当金の額一時貸付金の限度額
800万円の場合800万円解約手当金の額の95%
800万円未満の場合掛け金納付月数解約手当金の額
1カ月~11カ月0円
12カ月~23カ月掛け金総額×75%
24カ月~29カ月掛け金総額×80%
30カ月~35カ月掛け金総額×85%
36カ月~39カ月掛け金総額×90%
40カ月以上掛け金総額×95%

参考:中小機構 経営セーフティ共済制度のしおり

一時貸付金の貸付限度額は、まず自社の掛け金総額が800万円に到達しているかどうかで分かれる。800万円に到達していれば限度額は760万円(800万円×95%)で、800万円に満たない場合は掛け金納付月数に応じた解約手当金の確認が必要だ。仮に掛け金を毎月10万円ずつ、25カ月支払っている会社の場合、190万円(10万円×25カ月×80%×95%)が限度額となる。

メリット2:掛け金は全額損金算入で節税になる

経営セーフティ共済の2つ目のメリットは、掛け金が全額損金に算入されることだ。毎月20万円ずつ支払っている会社の場合、年間240万円が会社の経費となる。掛け金を前納することで若干掛け金が安くなるが、その場合の損金算入額は、前納の期間が1年以内であるものは支払った日の属する事業年度の損金に算入され、1年を超える部分は期間の経過に応じて損金に取り崩すことになる。

掛け金は月額5,000円~20万円の範囲内で、5,000円単位で設定し、途中で変更も可能だ。なお、掛け金は総額800万円に到達するまで払い込むことができる。

メリット3:解約すれば解約手当金が受け取れる

共済を解約したとき、掛け金の納付月数が12カ月以上あれば、それまで支払った掛け金総額に応じた解約手当金が支給される。経営セーフティ共済の解約事由は、任意解約、みなし解約、機構解約の3種類に区分され、解約手当金として支給される割合が異なる。

<経営セーフティ共済の解約事由>
・任意解約
契約者の任意による解約。

・みなし解約
契約者の死亡、会社の解散や事業譲渡などによる解約。

・機構解約
中小機構からのペナルティ的な解約。掛け金を12カ月以上滞納したときや、不正な貸付を受けようとした場合などに適用される。

解約手当金は、掛け金総額に解約事由と掛け金納付月数から決まる所定の割合をかけて計算される。解約手当金が最も高くなりやすいのは、みなし解約だ。解約手当金の支給率は85%~100%で、掛け金納付月数が36カ月以上(3年)以上あれば、掛け金総額の100%を解約手当金として受け取ることができる。

任意解約は納付月数が40カ月以上で100%となり、支給率は80%~100%だ。最も低いのは機構解約で支給率は75%~95%となり、100%にはならない。

経営セーフティ共済の5つの注意点

経営セーフティ共済のメリットは

・いざというときの貸付が2種類も用意されている
・掛け金によって節税できる
・解約手当金が受け取れて掛け捨てにならない

といった、いいことづくしの制度に見える。ただ、都合のよい話ばかりではなく、それぞれに注意点も存在する。

注意点1:共済金貸付は貸付額の10%を失う

共済金貸付は無利子のため一見損がないように見えるかもしれないが、共済金貸付を利用すると10%の掛け金総額を失う。取引先が倒産したと聞けば慌てるのは当然だが、共済金貸付をすぐに手配する前に、本当にその貸付がなければ乗り切れないか一度よく考えよう。

もし掛け金の総額から得られる解約手当金が100%と仮定した場合、その10%を失うということは、8,000万円を800万円の利息を払って借りたことと同等になってしまう。「それでも会社の危機を乗り切れるなら安い」「他に手段がない」と判断できるときにしか、貸付金を請求するべきではない。

なお、貸付を受けた後で返済を1度も滞納することなく、予定よりも12カ月以上早く完済することができた場合は、早期償還手当の支給対象になる。早期償還手当の額は、あくまで目安だが貸付金額の約0.1%~約4%に設定されている。完済が早ければ早いほど、金額が高くなる仕組みだ。これを考慮すれば、貸付を受けるかどうかをもう少し緩やかに判断できるかもしれない。

注意点2:加入後6カ月未満の倒産は対象外

加入後6カ月未満に生じた倒産は、共済金の貸付の対象外である。「最近、〇〇さんの会社の支払いが遅れて不安だなあ……」と感じて加入しても、6カ月未満に相手が倒産した場合は共済金の貸付の対象にならない。

注意点3:12カ月未満の解約は解約手当金なし

掛け金の納付月数が12カ月未満で解約した場合、解約手当金は0円となる。これは解約事由が任意解約やみなし解約、機構解約のどれであっても同じだ。掛け金の滞納などで中小機構側から解約される場合もあるため、解約手当金で損をしないよう、ゆとりのある掛け金設定を行うことが大切といえる。

注意点4:「夜逃げ」は対象外

「取引先の倒産」とは前述のとおり

・法的整理
・取引停止処分
・私的整理
・災害による不渡り
・特定非常災害による支払不能

といった事態が取引先に生じることをいう。これらの状態に該当しない、例えば単に連絡がつかない状態や、いわゆる夜逃げの状態では、共済金の貸付は行われない。

注意点5:解約手当金は全額益金算入に

経営セーフティ共済の解約手当金は、全額益金に算入される。掛け金の節税効果に注目しすぎて、つい見落としがちなのがこのルールだ。例えば、掛け金を毎月5万円ずつ5年間支払った場合、トータルで300万円を損金に算入することになる。しかし、その後、任意解約によって100%の解約手当金300万円を受け取った場合、その300万円が今度は会社の益金となって、受け取った事業年度の課税対象になってしまうのだ。

300万円を経費にしたはずが、300万円の収入を得てしまったことで損益のトータルはいつの間にか同じになっている。つまり、損金に算入される掛け金と解約手当金の関係は、本来、税金が課されるはずだったタイミングを、将来に先送りしているというものだ。このことから、経営セーフティ共済を節税対策として有効活用するには、益金を受け取るタイミングを考えることが重要になってくる。大きな支出のあるときと解約のタイミングを合わせるなどが、出口戦略としては好ましい。

なお、法人の所得にかかる税率は、所得の高い部分ほどやや割高となる。この仕組みから、掛け金を納めたときに減少した税額と、受け取ったときに増加した税額がまったく同じになるわけではない。

経営セーフティ共済は心強い制度だが注意点に留意

経営セーフティ共済は、いざというときの資金繰りを支えてくれる心強い制度であるが、その利用には注意点も多い。また、節税対策になるとされる話の本質は、課税時期の先送りであるため、解約したときの課税対策が重要だ。会社によって取れる対策はさまざまなので、税理士などに相談しながら納得のいく受け取り方を検討していただきたい。(提供:THE OWNER

文・中村太郎(税理士・税理士事務所所長)