シンカー: 新型コロナウイルスの急拡散とそれを封じ込めるための策、資本市場の不調や原油価格崩落は、景気見通しの急速な悪化をもたらしている。3月24日にG7の財務大臣・中央銀行総裁は「信認及び経済成長を回復し、雇用、ビジネス及び金融システムの強靭性を守るために必要な全てのことを行う」と決意を表明した。新型コロナウィルス問題などによるグローバル経済への損傷が日々拡大して底割れの危機にある中で、各国の政策当局は本当に「必要な全てのことを行っている」のか試させれることになる。これ以上の政策余地はないというくらいに圧倒しなければ、国民とマーケットの心理の悪化をすぐに止めることはできないだろう。政策当局の、苦しんでいる国民に対する共感の有無がまさに問われている。政策当局の共感がないと国民が思えば、生活の底割れの危機をあまり感じない比較的安全なところにいるであろう政策当局のエリートが経済政策を左右することに対して、国民の信頼は完全に失墜してしまうだろう。行きつく先は、これまでも欧米で問題になってきたポピュリズムの更なる拡大による政治不安の深刻化だろう。財政再建を盾に、このような危機的状況にあるにもかかわらず将来の社会保障への得体のしれない不安の解消を重視して財政政策を出し惜しんでも、結局のところポピュリズムの拡大によって政府支出増加と減税の動きとなるだろうから、財政再建の目的は達せない。収入が途絶え、明日の家賃の支払いへの不安を感じている人も多くいるだろうから、貯蓄に回ろうが問題ではなく、大規模な現金給付などで生活を支え、国民には生存権が保障されている安心感を与える必要があろう。消費刺激の効果があるかどうか(現金か商品券か)の議論している余裕はもうなく、明日の生活がどうなるのかという不安を国民は抱き始めてしまっている。

日本では、新たな経済対策単独で(前回の経済対策と組み合わせず)、リーマンショック前後の4つの経済対策の規模の合計を上回る「異次元の」財政拡大をする必要があるだろう。東京オリンピックが延期され、今年は更なる景気下押し圧力が生まれるから尚更だ。リーマンショック前後では、4つの経済対策合計で、事業規模132兆円、財政措置26.2兆円であった。規模を膨らませるアイディアが枯渇しているのであれば、消費税と所得税を含む大規模な減税と給付の組み合わせを恒久化させることで対処すべきだろう。1月に国会を通過している経済対策(13.2兆円の財政措置)と新たな経済対策と合わせて、リーマンショック後の最後の最も大きい経済対策(2019年4月)を上回ると政策当局が胸を張っても、国民はまた財政政策を出し惜しんでいて中途半端だ(必要な全てのことを行っていない)と感じることになるだろう。生活の底割れの危機をあまり感じない比較的安全なところにいるであろう政策当局と、明日の生活への不安と底割れの危機をまさに感じている国民との溝を埋めるのは政治家の責務だろう。日本経済は底割れの危機にあるが、異次元の財政拡大で、国民とマーケットの不安を緩和し、需要の更なる減退を食い止めれば、新型コロナウィルスの問題が終息に向かう中で、デフレ完全脱却への元のパスに戻ることはまだ十分に可能だ。ただ元のパスに戻るまでの時間はかなり限られてしまっているようで、異次元の財政拡大で国民の不安を緩和するとともにその時間を買う必要がある。

安心実現のための総合対策(2008年8月29日):11.5兆円(1.8兆円)
生活対策(2008年10月30日):26.9兆円(5.0兆円)
生活防衛のための緊急対策(2008年12月19日):37兆円(4.0兆円)
経済危機対策(2009年4月10日):56.8兆円(15.4兆円)

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

グローバル・レポートの要約

●世界経済(3/23): 世界経済見通し Update: ダブル・ブラックスワン

新型コロナウイルス(COVID-19)の急拡散とそれを封じ込めるための策、資本市場の不調や原油価格崩落は、(当然ながら)景気見通しの急速な悪化を意味する。弊社はその結果、世界経済の2020年成長率予測を従来予測から0.6PP下方修正、2.4%とした。これは、世界の経済成長率が少なくとも1-2四半期は、グローバル・リセッションとみなされる(2%を下回る)水準になることを意味している。GDPの大幅な落ち込みは、一部の国では(中国、韓国)2020年第1四半期(Q1)に、また別の国では(米国、ドイツ、フランス、英国、イタリア、スペイン)Q2に発生するだろう。だが弊社は、世界レベルでみると(多少は曲線風のボトムになるが)V字型回復が実現すると見込んでいる。とはいえ、次の冬にもウイルス禍が再来するならば、W字型サイクル(二番底をつける展開)となるリスクも排除できない。

●米国経済(3/25): Q2のGDPは大幅マイナス、 リセッション確実に

米国経済は、3月中頃の突然で急速な、また広範に及ぶショックに苦しんでいる。新型コロナウイルス(COVID-19)封じ込め策として、多くの企業が閉鎖、数々の商業イベントもキャンセルとなり、学校も全土で一時閉鎖された。米国GDP成長率は、(第2四半期には)四半期ベースで戦後最大のマイナスになると見込まれる。

●ドイツ経済(3/24): 7,500億ユーロの財政パッケージ…出来ることは全て行う

コロナウイルス禍が経済活動を抑制して休止に追い込み、金融市場も混乱するというなかで、リセッション持続や恐慌を回避するために政策当局は何ができるのか、という疑問が生じる。ドイツは本日(23日)、大規模な財政政策パッケージを打ち出した。金額は7,500億ユーロ(GDPの20%前後)に達する可能性がある。この金額は、世界金融危機の時期に膨れ上がった公的債務の額と同じである。この大部分は融資保証とブリッジ・ファイナンスの提供だが、政府債務は今年、来年と少なくとも10%増加すると弊社は見込んでいる。追加(の財政政策)が必要になるかどうかは、ロックダウン(都市封鎖)の効果や経済活動がどれだけ速く回復する可能性があるかを示す、経済指標しだいになるだろう。追加が必要になれば、ECBが動く余地は限定的と弊社はみている(主に、資産買入れの拡大、住宅ローンへの低コストの流動性供給になる見込み)。しかしドイツは、政府債務がGDP比で40%も拡大しても、(それでようやく)ユーロ圏平均に到達するだけである。ユーロ圏では、協調した動きがより効果的になるとみられる。またドイツから、ユーロボンドの限定的な発行を認める意欲が強まったと示されるならば(今の所、まだ可能性は低いが)、大きな転換点になるだろう。ドイツが何らかの形で譲歩すれば、不安定な国々も、構造改革の進展、銀行同盟におけるリスク軽減、通常時に準備金積み増しを保証する財政ルール確立に向けて取組むとみられる。ドイツは共通債発行には乗り気で無いようだが(むしろその代わりに、ESMによる(最低限の条件での)イタリア向けクレジットライン拡大を支持する意向を本日示した)。だが今回のイベント(新型コロナウイルス拡散)の速さを考えると、ドイツ政府や全ての関係者は、ユーロ圏の将来の方向性に関する決断を速く下すことが必要になるかも知れない。

●欧州経済(3/13): ECB理事会:「(金融政策が)唯一の選択」という物語を押しのける

ECBは本日(12日)、利下げは含まないが魅力的な対策パッケージを打ち出した。(貸出における)二重金利システムや、監督上の多数の寛容な策を導入して、弊社見込みを上回った。だが金融市場(株式市場、ユーロ)は、財政政策を含む対策全体が十分ではない可能性があるという懸念から下落した。一方で債券市場は、「債券利回りスプレッドを縮小させることはECBの責務では無い」というコメントをネガティブに受取った。弊社は、市場は本日のECBの動きを、最終的にはより積極的に読取る(高く評価する)と考えているが、いずれにしてもラガルド総裁が明確に述べた「あらゆる政策分野で行動を起こすなら、新型コロナウイルス・ショックは一時的なものになる」には同意する。弊社はまた、財政政策が大幅に拡大することを疑っていない(EUレベルで効率的に協調して実施される兆しが何点か出ているが)。このために、またECBの策を銀行が完全に利用可能とするために、各国政府の信用保証、または問題資産に対するその他の支援が必要になっている。現在は、財政当局に注目が完全に移っている。少なくとも、財政や国の支援に関して、(財政当局が)現行ルールを(規定に沿ってではあるが)柔軟に解釈することが広く支持されている。

●アセット・アロケーション(3/24): 市場暴落の中でのファンドフローがミューチュアルファンドに対するFRBの直接支援を誘発

流動性が唯一の合言葉に:コロナウイルス/ロックダウン(封鎖)と原油価格急落の「二重苦」は、一貫して最も楽観的だった市場関係者さえも出口に走らせ、マネーマーケットファンドへの力強い資金流入につながっている(下左図)。市場におけるいくつかの流動性問題の兆候に対応し、FRBは3月19日に米国のマネーマーケット・ミューチュアルファンドを支援すると発表した。それらのファンドは最もリスクに晒されているわけではないが、この措置は、ポートフォリオの安定的な屋台骨となってきた米債券ファンドからの資金流出を阻止するのに寄与し(英語レポートの4ページ参照)、徐々に希少になりつつある、多少の利益確定によって現金を調達する機会を提供する可能性がある。史上最も急激なファンドフロー反転の一つ:本稿に掲載している3月11日までのデータは、市場暴落の中間段階でのフロー状況を表しているが、株式ファンド(3ページ)とクレジットファンド(5ページ)が近年で最も急激なフロー反転の一つに見舞われていることは既に明らかである。クレジットファンドは全面的に叩き売られ、米国と欧州、またはハイイールドと投資適格の間でほぼ無差別に資金が流出しているようである。一方、米国では欧州よりも遅れてコロナウイルスが広がっているため、このデータに基づくと、欧州のファンドに比べると米国株ファンドからの資金流出は今までのところ予想外に「軽微」にとどまっている。新興市場ファンドの中で中国が安定性の指針に: 新興市場債券および株式全体への資金流入が大きく落ち込んでいるのに比べると、中国のコロナウイルスとの闘いがピークにあった頃でさえ同国のファンドフローへの影響はより小さかった(6ページ)。当然、中国はそれらのグローバル新興市場ファンドの一部でもある。中国ファンドの相対的な安定性を説明する要因には以下が含まれる:(1)コロナウイルスの衛生的封じ込め政策が効果的と評価されたこと、(2)中国は原油の純輸入国として原油価格急落から恩恵を受けること、(3)中国のドメスティックな株主構造。

●債券市場(3/22):不安要因

米連邦準備制度理事会(FRB)が政策金利をゼロに引き下げ、量的金融緩和を再開し、いくつかの流動性プログラムを復活させた後、欧州中央銀行(ECB)はその週に発表した対策パッケージに7500億ユーロ相当の「パンデミック緊急購入プログラム(PEPP)」を追加した。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるダメージを抑制するため、各国政府も中央銀行と協調して「手段を選ばずできることは何でも」している。巨額の財政プログラムは財政悪化につながる公算が大きい。しかし、最近の米国債やドイツ国債の売りは、需給悪化への警戒感というよりも、有事の際に現金化を急ごうとする動きだと考えられる。当面は、景気の急激な落ち込み、低インフレ、そして超金融緩和政策が低利回りを保証する。

●債券市場(3/15):市場崩壊

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が各地に蔓延し、経済見通しが世界的リセッションに近づいているため、リスク資産価格の急落に歯止めがかからない。欧州中央銀行(ECB)は的を絞った対策を打ち出したが、市場に安心感を与えるには至らなかった。次は米連邦準備制度理事会(FRB)が今週17~18日の連邦公開市場委員会(FOMC)で再び行動を起こす番だ。中央銀行は完全武装で流動性不足に対処しているが、高まるソルベンシー・リスクの認識を抑制することは、今や各国政府の手にゆだねられている。欧州では協調的な財政対応への期待が高まりつつある。しかし、大規模な協調策がまとまるには、より多くの時間が必要であり、さらなる経済的ダメージを強いられるのではないかと懸念している。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司