(本記事は、亀田達也氏の監修『眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学』日本文芸社の中から一部を抜粋・編集しています)

渋谷のハロウィンはなぜ暴徒化した?

パニック
(画像=Maridav/Shutterstock.com)

●群衆には「一体感」「無責任性」「無名性」の3つの特徴がある

いまやすっかり日本にも定着した感のあるハロウィン。子どもたちが仮装してお菓子をねだる様子は微笑えましくもありますが、一方で渋谷の繁華街では集まった群衆の一部が路上で軽トラックを横転させるなど、半ば暴徒化する騒動も起きました。

この渋谷で暴れた人たちのように、普段ひとりのときは絶対にやらないようなことでも、それが群衆になると周囲に影響されてやってしまうということがあります。これが「群衆心理」です。

群衆心理の特徴としては、「一体感」「無責任性」「無名性」の3つを挙げることができます。スポーツやイベントなど、ある共通する目的のために集まった群衆には、一体感が生まれやすくなります。渋谷の例でいえば、集まった人々にはハロウィンという共通の目的がありました。

たとえ、ひとりで来ていてもハロウィンという共通項があることで、周囲の人との一体感が生まれやすいわけです。この一体感は気分の高揚を招きます。感情が高ぶれば、それだけ冷静な判断力や抑制力は低下するでしょう。そこにアルコールも加われば、なおさら歯止めが効かない状態になりやすいわけです。

また、群衆は組織の集団と違って、一人ひとりが役割や義務に縛られることがありません。そのため、なにをしても構わないという無責任性も生じやすくなります。

さらに、周囲の人に自分が何者であるかを知られていない無名性によって罪悪感も薄まることから、その場の勢いやノリでモラルに反する行動をとりやすくなってしまうのです。

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(画像=『眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学』より)

パニックはどんなときに起きるのか?

●特定の条件下だとパニックが起きやすい

群衆は大きな事故や災害などの緊急事態に直面すると、理性を失いパニックを起こしてしまうと私たちは考えがちです。しかし、これまでに起こった災害や事故をみると、必ずしも群衆がパニックを起こすわけではないことがわかっています。

では、どのような状況だとパニックが引き起こされやすいのでしょうか。生命や財産に対して切迫した危機が迫っている状況で、危機からの脱出ルートが限られている、あるいは閉ざされようとしている場合にパニックが起こりやすいと考えられています。

こうしたパニックの心理については、次のような実験があります。短時間のうちに複数の被験者が部屋から脱出しなければなりませんが、部屋には出口がひとつしかなく、ひとりずつしか通れません。被験者の手元には「脱出」「譲歩」と書かれたふたつのボタンがあり、脱出のために次のようなルールが設定されます。

・脱出ボタンを100回押せば、その人は脱出できる。
・ただし、他の人も同時に脱出ボタンを押していた場合はどちらもカウントされない。
・このとき譲歩ボタンを押せば相手がカウントされる。

この条件に加え、さらに「脱出に失敗した場合、強い電気ショックが流れる」という恐怖条件も付けます。こうしてパニックが起こりやすい状況を意図的につくりだすと、参加者たちは時間とともに譲歩ボタンよりも脱出ボタンを押す回数が増加。互いが自分だけは助かろうと脱出ボタンを押し合った結果、全員が脱出に失敗してしまう事態となったのです。

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(画像=『眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学』より)

緊急事態でも人が避難しないのはなぜ?

●他人が行動しないと緊急事態と気づかない

近年、日本では集中豪雨などによる被害が相次いでいます。こうした災害時には気象庁が避難勧告を出して警戒を呼びかけますが、それでも逃げ遅れて被害に遭う人も少なくありません。

災害時に人が避難しないのは、そもそも「いま起きていることが緊急事態であると認識していない」ことが大きな要因であると考えられます。たとえば、避難勧告が出されたとき、近所の人が避難していると「危険なのかな」と感じて自分も避難しようと考えますが、誰も避難していないと「大丈夫だろう」と考えて、自分も避難をしないというわけです。

このように他の人が行動しないことで、自分の不安や疑念を抑えて、たぶんたいした事態ではないだろうと捉えることを「多元的無知」といいます。

この多元的無知については、次のような研究もあります。インタビューの名目で2〜3人の学生を部屋に集め、アンケートに記入してもらいます。ほどなく、通気口から室内に煙が流れ込んできますが、実は学生のうち本当の実験参加者はひとりだけで、残りはサクラです。サクラの学生は煙が室内に充満しても、とくに気にした様子もなく、平然とアンケートを記入し続けます。この状況のとき、参加者は煙のことを研究者に報告するでしょうか?学生が参加者ひとり(自分だけ)の場合、55%の人が2分以内に煙のことを研究者に報告しましたが、サクラひとりまたはふたりと一緒にいた場合だと2分以内に報告したのはわずか12%でした。煙が充満するという異常事態にも関わらず、他人が行動しないことで、たいした事態ではないと考えたのです。

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(画像=『眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学』より)
眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学
亀田達也(かめだ・たつや)
1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科修士課程、イリノイ大学大学院心理学研究科博士課程修了、Ph.D(心理学)。現在は東京大学大学院人文社会系研究科社会心理学研究室教授。著書に『モラルの起源──実験社会科学からの問い』(岩波書店)、『合議の知を求めて──グループの意思決定』(共立出版)、共編著に『複雑さに挑む社会心理学──適応エージェントとしての人間』(有斐閣)、『「社会の決まり」はどのように決まるか』(フロンティア実験社会科学6、勁草書房)、『文化と実践──心の本質的社会性を問う』(新曜社)、『社会のなかの共存』(岩波講座 コミュニケーションの認知科学 第4巻、岩波書店)などがある。

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