(本記事は、亀田達也氏の監修『眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学』日本文芸社の中から一部を抜粋・編集しています)

組織の誤った意思決定はどのように起きる?

意思決定
(画像=T.Dallas/Shutterstock.com)

●「過信」「軽視」「遮断」の3つの兆候がある組織は要注意!

個人だと正しい判断ができるのに、集団で協議すると間違った判断を下してしまうことがあります。これは「集団的浅慮」(グループシンク)と呼ばれ、アメリカの心理学者ジャニスによって提唱されました。

ジャニスは、アメリカ政府をひとつの集団とみなし、彼らによる過去の失敗の歴史(真珠湾攻撃、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ピッグス湾事件、ウォーターゲート事件など)を調査。さまざまな記録から大統領とそのアドバイザーたちが、どのような経緯で誤った政策決定に至ったのかを分析し、集団的浅慮の兆候などを系統化しました。

ジャニスによると、集団的浅慮はメンバーの結束力が強く、反対意見の出にくい閉鎖的な集団に発生しやすいといいます。また、集団的浅慮が起きる兆候として、自分たちは大丈夫という無根拠な過信、外部からの忠告の軽視、自分たちにとって不都合な情報や反対意見の遮断といったことを挙げ、これらを改善しなかった場合には意思決定のプロセスにおいて、「他の案を充分に検討しない」「その案が抱えるリスクやコストが検討されない」「非常事態での対応策を考えない」といった問題が起きるとしています。

ジャニスは過去にアメリカ政府が行った政策における意思決定のプロセスを分析しましたが、彼の指摘は民間企業にも通じています。たとえば、工場などで以前からその危険性や問題が指摘されていたにも関わらず、組織がこれを軽視した結果、重大な事故を引き起こしてしまったというのも、集団的浅慮の代表的な一例といえるでしょう。

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(画像=『眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学』より)

誤った判断を覆すためには?

●間違っているとわかっても引き返せない心理

集団極化や集団的浅慮など、集団での意思決定には、さまざまな問題が発生する可能性があることはここまで説明してきました。では、集団で決定したことが、あとになって間違っていたと判明した場合、これをすぐに撤回することができるでしょうか?

その答えはNOです。なぜなら、一度決めた決定事項は、たとえその結論が間違っていても覆くつがえせなくなる「心理的拘泥現象」が起こるからです。

心理的拘泥現象とは、これまでにかかった労力を無駄にしたくないという気持ちや、自分たちの判断が間違っていたと認めることへの抵抗から、決定した事柄を覆すことができない心理状態のことです。

たとえば、会議の結果、うまくいけば大きな収益が見込めるプロジェクトに対し、毎月1千万円ずつ合計1億円投資することにしたとします。ところが、プロジェクト開始から半年経過しても思っていたほど収益が出ません。ここで投資を止めるという選択肢もありますが、そうするとこれまで投資した6千万円をドブに捨てることになってしまいます。しかも、この投資には社長が一番強く賛成していたため、中止することは社長の顔に泥を塗ることにもなりかねません。そんなわけで投資は続行され、見事に1億円を失うハメになるのです。これは心理的拘泥現象の典型的な例といえますが、誤った集団決定を行わない方法として「悪魔の擁護者」というものがあります。これは、決められたメンバーのひとりが、役割としてあえて反対意見を述べるというもので、そうすることで他の人も遠慮なく意見を言えるようになり、より慎重な決定ができるわけです。

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(画像=『眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学』より)

集団での意思決定は真に優れたものになるか?

●正解者がいても間違った答えを出してしまうのはなぜか

私たちはひとりがすべてを決定する独裁よりも、グループで話し合いを行う民主的な決定のほうが好ましいと考えています。一般的に集団は個人よりも優れた判断ができると思われがちですが、実は必ずしも集団は個人に勝勝まさまるとは限りません。

たとえば、5人グループに課題を解いてもらう実験では、グループの中に正解者が1人でもいれば、集団による協議の答えも必ず正解にたどりつけそうですが、実際は正解者が1人の場合は27%、2人の場合は8%、3人の場合は4%の確率で間違った答えを導き出し、4人いて初めてグループとしても100%の正解率にたどりつきました。

このように正解者がいるにも関わらず、グループとして間違った回答を出してしまうのはなぜでしょうか。その理由としては「プロセス・ロス」の問題が指摘されています。プロセス・ロスとは、集団による話し合いの過程において、メンバーが本来持っている素質が十分に生かされず損失が生じることを指します。

たとえば、グループでの話し合いでは、いいアイデアを思いついても、それをよいタイミングで発言できないといったことがしばしば起きます。これによって思考が停止しやすくなり、せっかくのアイデアも生かされにくくなるわけです。

また、「他の人に任せておけばいいか」といった手抜きも起きやすくなります。こうした問題が存在することで、本来その集団が持つ能力が十分に生かされず、「正解者がいるのに間違った答えを出してしまう」といったことが起こるのです。

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(画像=『眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学』より)
眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学
亀田達也(かめだ・たつや)
1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科修士課程、イリノイ大学大学院心理学研究科博士課程修了、Ph.D(心理学)。現在は東京大学大学院人文社会系研究科社会心理学研究室教授。著書に『モラルの起源──実験社会科学からの問い』(岩波書店)、『合議の知を求めて──グループの意思決定』(共立出版)、共編著に『複雑さに挑む社会心理学──適応エージェントとしての人間』(有斐閣)、『「社会の決まり」はどのように決まるか』(フロンティア実験社会科学6、勁草書房)、『文化と実践──心の本質的社会性を問う』(新曜社)、『社会のなかの共存』(岩波講座 コミュニケーションの認知科学 第4巻、岩波書店)などがある。

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