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メガバンクを相手に、企業年金事業というグローバルマーケットで15年もの間、月刊シェア争いで勝率約9割という驚異的な成績を続けてきた三井住友信託銀行の元副社長、大塚明夫氏。連戦連勝を支えてきた、大塚氏の「小が大を制する」事業戦略とは? その中でリーダーに求められるものは何か? 大塚氏の著書「逆境のリーダー」から解説する。
金融業界で、メガバンクグループを相手に小さな組織を率いて「勝率9割」を続けてきたリーダーがいる。三井住友信託銀行の元副社長、大塚明生氏だ。
その社名からよく誤解されるそうだが、三井住友信託銀行は、国内で唯一の独立系信託銀行。系列のメガバンクの傘下に入っていないため、競合のメガバンクグループと比べて資本力や従業員数では圧倒的に不利となる。
にもかかわらず、大塚氏が率いるチームは、「企業年金事業」というグローバルマーケットにおいて15年もの間、月間シェア争いで180戦160勝。実に、約9割の驚異的な勝率を上げてきたのだ。
その連戦連勝を支えてきたのが、リーダーである大塚氏の「小が大を制す」事業戦略だ。そのポイントと、リーダーに求められることは何かを、「3つのキーワード」に沿って見ていこう。
トレンドメイク―勝ちたいのなら、トレンドは自分でつくる
1つ目のキーワードは「トレンドメイク」だ。
小が大を制するには、業界で一般的となっているモデルを後追いするのではなく、他がやっていない「新たなトレンド」をつくる必要がある。
大塚氏が編み出したのは「コンサルティング&オープンプラットフォーム型マルチプロダクト戦略」だ。少し長い名称だが、「コンサルティング」と「オープンプラットフォーム」に分けて説明しよう。
まず、それまでの企業年金事業のマーケットでは、単純なプロダクト営業で勝敗が決まっていた。売り込み合戦なら人数に劣る自社に勝ち目はない。そこで大塚氏は「全体のポートフォリオはどうあるべきか」というところから積極的にお客様の課題を聞き出し、最適なプランを提案する営業スタイルを導入。体力勝負を避けるために「コンサルティング」の概念を持ち込んだのだ。
しかし、最適なポートフォリオを提案するためには、自前の商品だけではラインナップが不足してしまう。そこで、海外の運用商品を採り入れ、ラインナップを充実させる「オープンプラットフォーム」戦略を取った。当初は「他社の商品を扱うなんて、運用会社としてのプライドはないのか」などと冷ややかな反応をされたというが、今日では業界の常識になっている。
小規模の組織では、「量」の戦いでは勝ち目がない。そこで、お客様の課題を解決する「コンサルティング」と、充実した商品ラインナップを提供する「オープンプラットフォーム」という新機軸を打ち出し、「クオリティ」の勝負に持ち込んだ。トレンドを自ら創造し、自分の土俵で戦えるようにルールを変えたのだ。
コアコンピタンス―競合が真似できない圧倒的な強みを持つ
2つ目のキーワードは「コアコンピタンス」だ。
小さい組織は、自らの立ち位置を正確に見据え、強みであるコアコンピタンスを見極めることが重要となる。どんなによく練られた戦略でも、自社のコアコンピタンスとずれていれば、いずれ無理が出て、持続して戦うことはできなくなるからだ。
大塚氏は、自社の強みを「顧客ニーズを正確に把握するコンサルティング機能」と定義し、戦略の軸に位置づけた。
「オープンプラットフォーム」を実現するための、海外の有力運用会社との交渉でも、「日本の顧客ニーズをよく知るのは当社。御社の商品はこう紹介すべき」と主張。日々の営業で磨き上げたコンサルティング力があったからこそ、難しい交渉をまとめ上げ、名だたるグローバル企業の信頼を勝ち取ることができたという。
全方位の戦いでは、どうしても大きい組織に分がある。小さい組織は強みを見極め、強化し、戦略の中で有効に活用していくことがポイントとなるのだ。
ターゲット―マーケットに影響力を持つターゲットを見定める
3つ目のキーワードは「ターゲット」だ。
企業年金の実施先=顧客は、全国で5万社あまり。そのうちのわずか1%に当たる500社で、全体残高の50%を占めるという構造になっている。
大塚氏は、この上位500社の「トップ層」を細分化し、自社の親密先を「T1」、競合他社の親密先を「T2」と定義。さらに、トップ層以外の、99%の「ミドル層」も同様に「M1」「M2」と区分した。
さて、最初の攻略先として、あなたなら4つのターゲットのうちどれを選ぶだろうか?
三井住友信託銀行が設定したターゲット区分
当社と親密 | 競合他社と親密 | |
トップ層 500社/全体残高50% | T1 | T2 |
ミドル層 45,000社/全体残高50% | M1 | M2 |
大塚氏の選択は「T2」である。
なぜか。「T1」は親密先なので、何かあればまず自社に相談してもらえる関係が築けている。競合他社の独壇場だった「T2」で成果が出せれば、業界内でのインパクトは大きく、その評判が必ずミドル層まで波及する。その「シャワー効果」を狙ったのだ。
大塚氏は、まだ取引額の少ない「T2」層の攻略のため、営業部隊に精鋭中の精鋭を配置。T2層にフォーカスして事業戦略を展開していった。それが狙いどおりとなり、「勝率9割」の成果につながったのだ。
限られたマンパワーでも、そのマーケットに対して影響力のあるターゲットを見定め、絞り込むことで、効果的なインパクトを与え、マーケットの「空気」を変えることができる。これが、「小が大を制する」ターゲット戦略のポイントだ
逆境のリーダーに求められること
「トレンドメイク」「コアコンピタンス」「ターゲット」の3つのキーワードに沿って、「小が大を制す」事業戦略をつくるポイントをみてきた。最後に、旗振り役であるリーダーに求められることを2点紹介しよう。
ひとつは、自社の資源に目を向け、その中で何をやるべきか考える「自己直視」の姿勢だ。自社のリソースを過大に見積もらず、かといって過小評価もせず、冷静に直視しながらコアコンピタンスを見定めるのは、ほかでもないリーダーの役割だ。
もうひとつは、環境の変化を嗅ぎ分ける「嗅覚」。現場の従業員は、どうしても目の前の仕事に追われてしまいがち。自社や外部の環境を冷静に俯瞰し、状況が変化する「潮目」をつかむのもリーダーには求められる。新しいトレンドはそこから生まれるのだ。(提供:THE OWNER)
文・堀尾大吾