(本記事は、川田利明氏の著書『開業から3年以内に8割が潰れるラーメン屋を失敗を重ねながら10年も続けてきたプロレスラーが伝える「してはいけない」逆説ビジネス学』ワニブックスの中から一部を抜粋・編集しています)
オープンしてから1年後……あそこがリアルな「辞め時」だった
商売を続けていく以上、そのマイナス(投資)が毎年、減っていって、どこかの時点でプラスに転じないと成功とは言えない。そうでないのなら、どこかで見限って、店を畳む……。いや、畳まざるを得なくなる。
オープンから1年が経った頃、俺は絶句した。
開店資金を少しでも回収できているどころか、赤字はさらに広がっていたからだ。「もう儲けに転じることなんて、絶対にないだろう」と息をのんだ。
店を畳むとしたら、あのタイミングだったんだろうね。俺は意地になって続けることを選択しちゃったけど、これから商売を始める人は、傷口が浅いうちに撤退したほうがいい。これだけは口を酸っぱくして言っておきたい。
もし、大手企業やそれなりの中小企業に勤めていて、早期退職をすれば退職金が2000万円出ますよ、という人がいたとしよう。
この本を読んでいたら「そうか、川田は開店資金に1000万円を遣ったのか。俺はその倍の予算があるわけだから、失敗することはないな」と思ってしまうかもしれないけれど、俺に言わせれば「2000万円?全然、足りないよ!」となる。
ちゃんと計算をして、開店にかけるお金を1000万円にしておいて、残りの1000万円をプールしておいたとする。それでも、すぐにその残りのお金に手をつけることになるだろうし、そこからはびっくりするようなペースでお金は減っていく。
逆に言えば、早い段階でギブアップをすれば、多少のお金を残して、別の道を進めるんじゃないかな。
そういえば、固定費について詳しく触れていなかった。ウチの店の場合、家賃と光熱費、そして駐車場代も入れて、だいたい月に50万から60万円は消えていく。
いや、もっとだな。店にかけている保険料(火災など)もあるし、年払いをしている冷蔵庫などの保守料も月割で考えたら、なんにもしなくても、80万円くらいの金が飛んでいってしまうことになる。まったくお客さんが来なくても、こればっかりは払わないわけにはいかないから頭も財布も痛い。
これがこまかいローキックのように効いてくる。
今振り返ると、オープン当初はお客さんもたくさん来てくれていた。フロアにバイトをたくさん雇っていたけれど、それでもお客さんに「全然、人が足りていないじゃないですか」と指摘されるぐらい、特に週末はにぎわっていた。
これは有名人の店の特権だ。あのプロレスラーの川田利明が店を出した、というニュースは話題になったし、プロレスファンを中心に「じゃあ、いっぺん行ってみようか」となる。ある意味で餞別みたいなものかな。
おかげさまでいいスタートダッシュが切れたと思う。それこそ、後楽園ホールでプロレスを見たあとに総武線で新宿に出て、そこから小田急線に乗り換えて成城学園前駅で降り、わざわざタクシーに乗って店まで来てくれた。普通の飲食店だったら、そんな面倒な手順を踏んでまで来てくれないからね。
この時点ではどんな味なのかもわからないわけで、純粋に「あの川田の店に行く」ということが目的になっているわけだ。
だからこそ、俺は毎日、店に出ることにこだわった。
厨房は俺ひとりで回しているから、俺がいなかったら、そもそも店を開けることもできないんだけど、たとえばテレビのプロレス中継で解説をすることになったら、そのことを告知した上で「その日は店休日にさせていただきます」と事前にアナウンスする。お客さんの目的を考えたら、それが最低限の礼儀なんじゃないか、と思っているから、そこは10年目を迎えた今でも徹底している。
とにかく店は繁盛していた。
バイトもたくさんいた。
でも、赤字は拡大する一方だった。
これが経営の難しさというか、飲食店ならではの厳しさなんだ。
ファンの人の存在はもちろんありがたかったけど、遠方のファンの人では通える回数に限界があるからね。
アクセスが悪い場所なので、たとえ都内在住の人でも、近所の人以外がリピーターになってくれる可能性はかなり小さい。だって、乗り換えのために新宿まで出たら、そこにはどんな種類の飲食店があるんだし、そこで食事を済ませるよね、普通は。
「旨い麺を出せば客は来る!」そんな考え方が赤字を膨らませた
「川田さん、ラーメンの原価率はどのぐらいなんですか?」
開店から少し経った頃、そんなことを聞かれて、ハッとしたことがある。
まったく考えていなかった、といったらウソになるけれども、細かく計算するだけの余裕がなかった。いや、細かく計算してしまうと、これじゃ何百杯売っても、たいした利益にならないよ、とわかってしまうのが怖かったのかもしれない。
ちゃんと原価率を計算して、ラーメン1杯につき、どれだけの利益が出るのかを知っておくのは「経営者」として当たり前のこと。一般的に、ラーメン屋を回していくには一日50~80杯が最低ノルマというのは今でこそ知っているけれど、そこで「料理人」としての理想と、初心者ゆえの無知ぶりが出てしまった。
「原価率なんて、細かいことはあとで考えればいい。とにかく、今は美味しい料理を出すこと。そうすれば必ず、お客さんは集まってくる!」
この自己陶酔、飲食店で失敗してしまう人の典型例です。
もちろん大前提として、美味しい料理を提供するのは大切なことではあるけれども、それが集客にすぐ結びつくほど、飲食の世界は簡単ではない。
今、日本には約3万軒ものラーメン屋が存在する。
数を聞いてもピンと来ないかもしれないけれども、町でよく見かける牛丼チェーンと比較してみよう。牛丼の大手3社の店舗数をすべて足してもたった4100店ぐらいだというから、いかにラーメン屋の数が多いかがわかるだろう。あれだけ目につく看板の、7倍以上もあるんだから。
当然、どの店も「旨いラーメンを食わせる」という部分で本気になって取り組んでいるわけで、旨いのは当たり前だし、それは最低条件。そこにプラスアルファがなければ、お客さんはやってきてくれないし、人気店になんてなれない。
ただ、そうじゃない発想も必要なのだろう。ある大手ラーメンチェーン店の社長がテレビに出ているのを見たんだけど、その社長の言葉に俺は絶句してしまった。
「旨いものを作る必要なんてない!」
飲食店を経営する社長が、こんなことを言ってもいいのか?と耳を疑ったが、その後の説明を聞いて、なるほどな、と納得した。
結局のところ「これはすごく旨い!」という食べ物は、その味の余韻が強く残ってしまうので、「明日もまた食べよう」とはならない。ちょっと間を空けて、週に一回、月に一回でいいや、という気分になってしまうわけだ。
高級な料理であれば、それでも店の経営は成り立つけれど、ラーメン屋で常連さんが月イチでしか来てくれなくなったら、もはや死活問題である。
だからラーメンのように比較的安価な外食に関しては、「ものすごく旨い、というわけでもないけれど、まずくもない」ぐらいがちょうどいい、とその社長は持論を語っていた。そのレベルの商品をリーズナブルな価格帯かつ安定した味で提供すれば、お客さんは「今日もここでいいか」と、毎日のように来てくれるようになる。
もちろんいい意味での「今日もここでいいか」だ。ファミリーでシェアして食べる。サラリーマンが駅近のお店にランチとして通う。飲み会の締めとしてもう一杯のビールと食べなれたラーメンをすする。気軽に足を運べるのは大事なんだよね。
これは決して理想論ではなく、実際に全国にチェーン展開をして、大成功を収めている会社の社長が語っている「現実」である。
「目から鱗」とはこういうこというんだな。もちろん原価も徹底して管理しているだろうから、その話には後頭部にラリアットを喰らったかのような衝撃を受けたよ。
原価率も深く考えずに、とにかく美味しいものを︱︱と味を追求し続けてきた俺にとっては、ちょっとしたカルチャーショックだったが、その社長が続けて口にした「成功のための条件」には完全にノックアウトされた。
・家賃は高くても駅近 ・狭くてもいいから駅前に店を出す ・外から店全体が見渡せる入りやすい店にする
俺の店は家賃も高いし、駅から遠い。しかも半地下の構造なので外からは店の中がまったく見えなくなっている。すべてが真逆だ。まさに「してはいけない」ことをやっていると太鼓判を押されてしまったようなものだ。
もはや店の場所を変えることはできない。結局のところ、美味しいものを提供しつつ、お客さんが飽きずに何度もお店に通い続けてくれるような工夫を自分なりにしていくしか俺にはないのだが、やっぱり「俺だけの一杯」にこだわってしまった。そうこうしているうちにも赤字はどんどん膨れ上がっていった。
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