(本記事は、勝田吉彰氏の著書『「途上国」進出の処方箋-医療、メンタルヘルス・感染症対策』経団連出版の中から一部を抜粋・編集しています)
注目されることで変わる医療事情
発展途上国が「最後のフロンティア」と注目を集め、外からの投資を集めながら経済発展の離陸をしてゆくとき、現地の医療はどう変化していくのでしょうか。経済発展がはじまる前、一般的に「貧しい国」と認識される段階では、富裕層や外国人が入院できる施設はきわめて限られるか、ほぼないのが通常です。このような段階では現地人と同様に、地元の医療機関を受診することが多いものの、なかには病棟の一角に富裕層向けのセクションが設けられていることもあります。たとえば中国の一般病院には特需病棟、あるいは幹部病棟と呼ばれる、共産党幹部や富裕層が入院できる設備があり、外国人はそこにお世話になります。一応、個室になっていますが、スタッフは一般病棟と同じです。
そのようななか、首都には比較的確かな知識をもった医師が何人かクリニックを開業していて、口コミで政府やNGOの関係者などが利用しています。また、アフリカの大部分や、アジアでも首都を離れた場所では、重症になると適切な医療が受けられる場所まで航空機で緊急移送されるパターンが多く、アフリカならばパリかロンドン、アジアならばバンコクやシンガポールがポピュラーです。
現地人向けの医療機関は、受診する立場から見れば往々にして悲惨です。特に問題なのが、手術器具や内視鏡などの医療器具の清潔度(滅菌操作など)と、医療器具のメンテナンスなどソフト面です。資金がなくともODAなどで高価な医療機器が先進国から贈られることも多く、一見立派な病院が建っていたりしますが、その設備を適切に維持するのは至難で、砂漠の微細な砂や激しい寒暖の差、湿気、パーツの入手難、スキル不足等々の理由で、オブジェと化した動かぬCTがスペースを占拠していることもしばしばです。さすがに近年は援助においてSDGs(持続可能な開発目標)が言われるようになり、あまりにひどいケースは減ってきています。
▲乱雑な倉庫に無造作におかれた輸血用血液。発展途上国では輸血によって(B型肝炎、C型肝炎、HIVなど)血液感染する可能性もある(セネガル)
このような状況も、「最後のフロンティア」と報じられ注目が集まるようになると変わってきます。海外勤務者としての収入のある外国人がコンスタントに増えるにつれ、質の高い医療機関への需要と、外国人医療にノウハウをもつ供給側との共生がなり立つようになり、外資系クリニックの進出が相次ぎます。
そのような医療機関のひとつに、世界中にネットワークをもつインターナショナルSOS、ラッフルズメディカルグループなどがあります。あるいは、メディカルツーリズムで治療を受けにくる富裕層を扱うノウハウをもつ病院が近隣国に進出したり現地病院と提携してレベルアップをはかるパターンもあり、たとえばミャンマーのパラミ総合病院内では「サミティベート」(本拠地タイ)、パンライン病院内では「シロアム」(本拠地インドネシア)といったブランドをカウンターで見ることができます(「サミティベート」「シロアム」ともに国外医療機関)。こうした業界は群雄割拠、M&Aも盛んで、いつの間にかブランド名が変わっていることもありますが、それだけ経済的にもアクティブに動いていることがわかります。
地元病院の一部でも外国人セクションを開設して日本人医療職を雇うところが見られたり、英語や日本語の情報誌に広告が掲載されるようになります。
現地の邦人数が1万人台を超えてくると、日本国内の医師派遣業者の募集サイトにも「海外で働いてみませんか?〇〇国のクリニック」といった募集広告が載ったり、筆者のところにもメールで案内が送られてきたりするので、ついに〇〇国もこのレベルに達したかと感慨にふけったりします。最初は科の指定がなかったり、内科だけだったりの募集が、国が発展し、内科、産婦人科、小児科、心療内科、放射線科といった科の指定つきでの募集広告が載るようになれば、現地には2桁を超える数の日本人医師が常駐し、日本と同様に専門医の診療が受けられる状況になっています。
現在、シンガポールでは数十人の日本人医師がおり、専門科を選んで受診できる状況になっていますが、この国のほどよい狭さと日本人密度もあって成立するものともいえます。
なお、これらの富裕層向け病院は経済の論理で動きますから、貧困国と認識されている国に入ってくることはなく、医療が二極化しているのも現実です。
▲ベンチにずらっと並んで点滴を受ける施設も(中国)
一等車の医療と二等車の医療
多くの先進国も含め、日本を一歩出ると、富裕層向けと一般庶民向け医療機関がはっきりと分かれているのがむしろ世界の常識です。この両者間の差が、非常に大きいのが発展途上国です。途上国の一般庶民向け医療機関では、入口を入れば押し合いへし合いの群衆がいたり、正体不明の人物が用もなく寝転んでいたりします。病室にはエアコンもなく、天井のファンが生暖かい空気をかきまわし、開け放たれた窓からは時にマラリアを媒介する蚊が自由に出入りしているというのが、かなり共通した光景です。日本人がその空間で過ごすのは勇気がいります。これに対して富裕層向け医療機関は、おおよそ日本国内の医療機関とほぼ同様に運営されています。
日本の常識と大きく異なるのは、大学病院や公立病院が、概して一般庶民向けの二等車の医療に相当することです。上等な病院を想像して行くと、おそらくは入口を一歩入ったところでその想像が正しくないことに気づくはずです。一等車の医療、すなわち富裕層向け医療は私立病院が担っています。
設備だけではなく、「医師の情熱」も大いに異なります。発展途上国において一定レベル以上の腕の良い医師は、午前中は大学病院や公立病院で、押し寄せる一般庶民を診て200ドルほどの月給をもらい、午後になると富裕層向け医療機関に赴き1日で200ドル程度を稼いだりしています。それぐらい収入が異なりますので、いきおい患者に向き合う情熱、熱心さも違ってくるのです。
したがって、特に途上国で体調不良になったときに重要なのは、「どの医療機関を受診するか」という点になります。最近は日本でもネットで病院の評判を調べてから受診する人が見受けられますが、途上国ではその選択を間違えれば命を左右するといっても大げさではないほど、情報獲得がきわめて重要なのです。
情報収集先としては外務省「世界の医療事情」があげられます。各国の日本大使館に配置されている医務官が収集した現地の情報が公開されており、現地在住者の視点による信頼できる情報があります。
また、海外旅行傷害保険と提携しているアシスタンス会社も頻繁に情報をアップデートしています。保険に加入するともらえる小冊子に掲載されている電話番号は通常、アシスタンス会社につながるようになっていますので、こちらにコンタクトして信頼できる医療機関の情報を得てください。この番号へは大病や事故など非常事態に遭遇した場合にのみかけるものと理解されている方が多いようですが、それはもったいないことで、ぜひ活用してください。
▲富裕層向け医療機関の病室
- 【コラム】きれいな病院の写真からは見えないこと
- 「最後のフロンティア」への投資の流入が進み、外国人や富裕層の数がある程度そろってくると、そうした階層を患者として期待する私立病院ができてきます。ピカピカの外装に高級ホテルかと見まごうばかりのロビー。開業にあたっては外国人向けの情報誌に広告を打ち、日本語情報誌(発刊されていれば)にも当然、豪華な写真が載ります。しかし、中身の充実やノウハウの定着までは時間がかかるので要注意です。それまでなかった場所に、医師、看護師、検査技師、放射線技師、医療通訳、臨床工学技士、リレーションスタッフ、事務職など、多くのポストを埋め込まなければなりません。すなわち、それらのスタッフをどこから調達してくるのかが大きな問題となるのです。
医師は、多くの発展途上国共通の方法が、大学や公的病院の上級医師を非常勤で招き入れるというものです。午前中は本職先で教授や部長の肩書きでゆるりと働き、午後は新設の病院で(その何倍もの給料で)モチベーション高く働くパターンが多いようです。当然、毎日フルタイムで病院にいるわけではなく、コミュニケーションできる時間も限られます。一人で何ヵ所も掛け持ちしているなら、なおさらです。その後、時間を経て病院運営が定着してくるとともに(病院のマネジメントがうまくゆけば)、部下や知人医師などを連れてきて、あるいは定年などで本職先から身を引いて専念するなどにより、スタッフは充実していくことが多いようです。したがって病院が出来立てのうちは、評判などへのアンテナを立てることが必要です。看護スタッフや清掃スタッフの作業手順は病院の清潔度や安全レベルを大いに左右します。その定着ぶりも要観察です。
❖病院のレベルを見る指標、JCI認証
その病院で行なわれている医療の質を判断する手っ取り早い方法に「JCI (Joint Commission International) 認証」を取得しているかどうかがあります。この国際認証を取得していれば世界的に通用する、かなり安心できるレベルにあるのは間違いありません。ただし、取得している医療機関は少なく、日本全国で29ヵ所です。メディカルツーリズムで外国人患者の誘致に熱心なタイは61ヵ所が取得していますが、ミャンマー1ヵ所、カンボジア1ヵ所、ベトナム4ヵ所です。認証外でも優秀な医療機関はありますので、外務省「世界の医療事情」などを参照してください。
❖JCI 認証を取得している病院
https://www.jointcommissioninternational.org/about-jci/jci-accredited-organizations/
古いタイプの留学経験医師の行動パターン
学んだ知識や技術が周囲に伝わらない
欧米先進国の医大や病院では、発展途上国から留学している医師の姿を頻繁に目にします。これだけ多くの医師が学んでいるのだから、途上国にもさまざまなノウハウが移植されて、その国の医療が発展していくことだろうと思いがちですが、実際には、知識技術は周囲に伝わっていくとは限りません。
欧米(旧宗主国)に留学したプライド高き医師は、学んできた技術を周囲に伝えようとせずに「囲い込む」傾向が強く、「自分が学んだ知識は自分のために使うものであって、周囲の医師や看護師に伝えてやる必要はない」と考えます。周囲に知識や技術を伝えたら自分の有利な立場が危うくなる、とまで口にする医師もいました。これは、筆者がアフリカの複数の国で実際に見聞きしたものです。かくして、医師は名門オックスフォード大学留学歴を誇り、その隣で看護師は清潔操作も危うく…という光景ができ上がります。 しかしミャンマーでは、留学帰りの医師が積極的にセミナーや講演で得てきた情報を伝える姿を筆者は目にしています。国により、また人により、さまざまなパターンがあるわけですが、概して、経済発展とともに国が上向きになると、留学の成果も還元し底上げ、レベルアップしてゆこうという動きが出てくるようです。