シンカー:デフレ完全脱却までの中長期的トレンドの半ばだ。信用サイクルと設備投資サイクルが支えとなっている。企業活動活性化と財政拡大によるネットの資金需要の復活を前提条件として、それをマネタイズして働く金融緩和の効果も強くなり、マネーが循環拡大する力のリフレサイクルも強くなるだろう。内需とマネー拡大の力をコンセンサスより強くみている。2020年は、これまでの予想より深刻な新型コロナウィルス問題と東京オリンピック延期で経済活動は大きく下押されるが、政府・日銀の政策などに支えられ、デフレ完全脱却への方向性は維持されるだろう。1月の経済対策の効果がこれから出始める上に、4月に新たな大規模な経済対策も実施されるだろう。オリンピック実施とグローバルな景気回復下の2021・22年にはV字回復し、デフレ完全脱却となろう。外需ではなく、内需拡大が成長を自立的に牽引するだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

成長 - 外需から内需主導の自立的な形に進化しつつある

新型コロナウィルス問題は深刻度を増し、各国成長率予想が更に大きく下方修正された。日本の輸出減少幅が極めて大きくなるため、2020年の実質GDP成長率予想を - 0.5%から - 1.0%へ下方修正した。しかし、数か月でウィルス問題が終息に向かえば、成長率は7 - 9月期以降にはペントアップ需要で強くリバウンドするだろう。1月の経済対策(GDP比2.5%程度の財政措置)の効果が出てくる。堅調な雇用所得環境に支えられ、企業の新商品・新サービスの投入もあり、消費は回復していくだろう。企業の設備投資サイクルは堅調さを取り戻すだろう。財政政策は拡大に転じている。4月に政府は新たな大規模な経済対策(これまでの予想より大きく2%以上)を実施するだろう。原油安も支えだ。グローバル景気回復下、オリンピック開催(0.6%程度の効果)の2021年には、成長率は潜在水準(1%程度)を上回る+2%程度にV字回復し、2022年にデフレ完全脱却となろう。外需ではなく、消費と設備投資が両輪の内需拡大が成長を自立的に牽引するだろう。

図)GDPの内訳

GDPの内訳
(画像=内閣府、SG)

労働 - 強い信用サイクルに支えられ好調

日本経済は輸出・製造業から内需・サービス業中心に変化し、生産・在庫サイクルより信用サイクルの影響を強く受けている。日銀短観中小企業貸出態度DIは、信用サイクルとして、雇用の拡大を牽引するサービス業の動向を表し、失業率に明確に先行する。DIは異次元な金融緩和などでバブル崩壊後の圧倒的な高水準に到達し、信用サイクルは既に天井を打ち破った。新型コロナウィルス問題が下押しリスクだが、政府・日銀は流動性対策を既に大幅に拡充し、経済対策の効果も出る。DIは高水準を維持し、失業率は2%程度に低下を続け、賃金上昇が強くなることを引き続き示すだろう。技術革新は労働生産性向上の力になる。金融緩和の副作用は、金融機関の収益基盤の弱体化によって信用サイクルが崩れなければ、大きくはないと判断できる。

図)日銀短観中小企業貸出態度DIと失業率

日銀短観中小企業貸出態度DIと失業率
(画像=総務省、日銀、SG)

企業 - 設備投資サイクルがようやく上振れた

異常なプラスの企業貯蓄率が示す企業のデレバレッジとリストラが総需要を破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因となってきた。アベノミクスによる内需の回復、労働需給逼迫を含む生産性と収益率の向上の必要性、AI・IoT・ロボティクスを含む技術革新、遅れていた中小企業のIT投資、老朽化の進んだ構造物の建て替え、都市再生、研究開発などにより、企業貯蓄率はマイナスに向けた低下トレンドに入るだろう。設備投資サイクルを示す実質設備投資のGDP比率はバブル崩壊後初めて16%の天井を打ち破り、企業の成長・インフレ期待が上振れ始めた。(現在16%を下回っているのは消費税とウィルス問題による一時的な現象だろう。)企業の新たな商品・サービスの投入が消費を刺激する好循環が始まるだろう。外需の弱さに対して、企業活動の活性化により内需は強く、貯蓄・投資バランスとして、国際経常収支の黒字額を抑制してくだろう。

図)設備投資サイクル

設備投資サイクル
(画像=内閣府、総務省、SG)

潜在成長率:雇用から資本へのバトンタッチ

潜在成長率はアベノミクス前の+0.8%程度から+1.0%程度へ上昇した。政策や円安による短期的回復だけではなく、構造的回復が進行しつつある。労働投入量の寄与度が - 0.1%程度から+0.3%程度へ改善し、アベノミクスの成長戦略の柱である女性・高齢者・若年層の雇用拡大が進行し、少子高齢化による長期低迷からの脱却を示す。深刻な雇用不足感による効率化・省力化の必要性、コスト削減が限界になる中で過去最高水準の売上高経常利益率を維持するために新商品・新サービスの開発で売上を増加させる必要性が企業の投資行動を刺激し、資本投入量の押し上げが更に強くなるだろう。最終的に、投資活動とイノベーションで全要素生産性が大きく押し上げられれば、人口減少でも成長を続けることができるようになる。

図)潜在成長率

潜在成長率
(画像=内閣府、SG)

物価 - 労働需給逼迫と需要超過が押し上げに

目先物価動向が弱いことで、労働需給の逼迫などによる総賃金の拡大による実質賃金の拡大が、消費の回復を強くしていくだろう。労働参加率の上昇の鈍化による労働供給の拡大の鈍化で賃金上昇が加速するだろう。コスト面からみた物価上昇圧力は着実に高まっている。潜在成長率を上回る成長率に戻る中で需要超過が物価をいずれ強く押し上げ始めるだろう。2021年後半にはコア消費者物価指数(生鮮食品を除く)は前年比1%を上回るだろう。2022年前半までには、企業貯蓄率がマイナスの正常な状態に戻り、過剰貯蓄が総需要を破壊しなくなり、政府のデフレ完全脱却宣言となろう。2%の物価目標達成は、実際の物価上昇がインフレ期待を押し上げ、それが更に物価上昇を強くするサイクルが必要となり遅れて2023年頃となろう。

図)物価

物価
(画像=総務省、内閣府、SG)

金融政策 - 現行の金融緩和の枠組みを粘り強く維持

企業活動再活性化と財政拡大でネットの資金需要が復活すれば、それをマネタイズして働く量的金融緩和の効果は、現行の緩和の枠組みの維持だけで強くなる。まずは財政拡大でネットの資金需要が復活しそうだ。年後半のグローバル景気回復シナリオを維持しながら、政府との共同目標の2%の物価上昇率達成を目指し、フォワードガイダンスの下、日銀は粘り強く緩和バイアスを維持するだろう。新型コロナウィルス問題は深刻度を増しているが、日銀は様々な資産の買入れを中心に金融緩和余地はまだあると考えている。金融機関の経営への圧迫となり信用サイクルを下押しかねないマイナス金利政策の深堀りはないだろう。2022年の政府のデフレ完全脱却宣言のタイミングで、長期金利の誘導目標を、景気・マーケットの拡大を阻害しない速度で引き上げ始めるだろう。短期の政策金利をプラスに戻し緩和から脱却するのは、物価目標達成後の2023年となろう。

財政政策 - 引き締めから拡大へ転換し、ポリシーミックスの形に

基礎的財政収支黒字化目標は2025年度へ先送りされ、安倍首相の自民党総裁の任期末の2021年までの制約はない。財政政策は、デフレ完全脱却のための経済活性化策と家計支援、防災対策・インフラ整備を中心に、異次元な拡大へ転じている。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要はまだ消滅していて、マネーの循環拡大する力、総賃金拡大の力としてのリフレサイクルはまだ弱い。財政拡大と、企業活動活性化による企業貯蓄率の低下で、ネットの資金需要が復活し、リフレサイクルが強くなるだろう。ポリシーミックの形がようやく鮮明となろう。1月の経済対策(GDP比2.5%程度の財政措置)の効果がこれから出てくる。新型コロナウィルス問題による内需底割れの防止と、終息後のV字回復促進を目的に、4月に新たな大規模な経済対策(2%以上)を実施するだろう。政策対応が支え、安倍内閣の支持率は高水準を維持し、政治は安定を続けるだろう。安倍首相は求心力を維持するため、ぎりぎりまで続投を明言しないだろう。有力後継候補はおらず続投となるだろう。

図)ネットの資金需要

ネットの資金需要
(画像=内閣府、日銀、SG)

金利と為替 - 内需主導の成長は円安の力

名目GDPと総賃金を縮小から拡大に転じさせたのが、アベノミクスの最大の成果だ。名目GDP成長率が長期金利を持続的に上回るのはバブル期以来である。長期実質金利はマイナスとなっている。拡張する力が抑制する力を上回り、デフレによる縮小均衡から、リフレによる拡大均衡に変化してきた。日銀の金融緩和の枠組みもあり、この拡大均衡の形はデフレ完全脱却まで継続するだろう。実質GDP成長率が内需主導の自律的な形となり、過剰貯蓄の解消などにより国際経常収支の黒字額が縮小していくことで、円安の力が生まれるだろう。ネットの資金需要がまだ弱いことは、財政ファイナンスが困難化して金利が急騰するリスクは極めて小さいことを示す。デフレ完全脱却への動きを織り込みきれていない超長期金利は上昇するだろう。

図)名目GDP成長率と長期金利

名目GDP成長率と長期金利
(画像=内閣府、Bloomberg、SG)

リスク - 内需拡大で支えきれないほどの輸出環境の底割れ

新型コロナウィルス問題が年末まで長引き、海外経済が極めて低調で輸出環境の底割れ状態が続けば、財政拡大と内需回復では支えきれず、深い景気後退のリスクが大きくなる。東京オリンピック延期の混乱もリスクだ。財政政策の拡大が弱く、ネットの資金需要が復活できなければ、日銀への負荷が増し、金融緩和の副作用が大きくなるリスクを高める。一方、異次元の財政拡大と金融緩和のポリシーミックスの予想を上回る効果、そして構造改革の進展などにより、企業がデレバレッジからリレバレッジに早期に転じれば(企業貯蓄率がマイナスに正常化)、デフレ完全脱却が早まるアップサイド・ポテンシャルとなる。

表)日本経済見通し

日本経済見通し
(画像=SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司