シンカー: 新型コロナウィルス問題の前には、負債が拡大した政府とバランスシートが拡大した中央銀行ともに、経済の危機に対して政策余地がないという見方がコンセンサスであった。一方少数派は、財政拡大と金融緩和のポリーミックスによる余地はまだ大きいことを主張し続けていた。その少数派が提起してきた議論が深まっていたことが、経済の危機に直面して、グローバルに政策当局がまだ弾薬が尽きていないと考えることができる下地になっている。少数派の意見を正しくないと封じ込めるのではなく、様々な意見を尊重して、広く深く議論をすることが重要である典型的な例である。財政拡大による巨額の国債発行を目前にしても、金融緩和の効果もあり、国債市場は安定を続けている。もちろんインフレも落ち着いている。財政赤字を必要であれば中央銀行がマネタイズするという形は、従来の「考えられない」が、「考えられる」になっただけではなく、実行されつつある。ついにBOEは一時的ではあるものの、財政ファイナンスに近い政府に対する短期資金融通策を発表し、Fedも一般企業と地方政府に緊急措置として2.3兆ドル資金供給を打ち出すなど、これまでは考えられなかった政策が現実になってきている。凄まじいパンデミックが政策理論の大規模な変化を加速させたことにより、財政赤字の拡大はいつでも悪、それを中央銀行がマネタイズすることはタブーであるという古いイデオロギーが崩れ去っているようだ。FT紙の最近の報道では、前ECB総裁のマリオ・ドラギ氏が、政府が財政赤字を永続的に大幅拡大することを推奨している。ブルームバーグの報道によると、BoEの前副総裁でチーフエコノミストのチャーリー・ビーン氏が、発行市場での中央銀行の国債直接買入れを要求している。わずか数年前には、これらは異端と考えられただろうが、現在はオープンに議論されている。日本では、今回の経済対策で政策当局が単純に全体の規模を誇張しても、国民にとって重要なのは実際の生活維持のためにどれだけ効果があるのかということであり、給付金が一律で大規模なものでなかったや休業補償が十分ではないことで、財政赤字拡大を躊躇して吝嗇に見えてしまう政策態度を国民は感じてしまっているとみられ、国民からの評価は十分に上がらないとだろう。日本は、グローバルに起こっている政策理論の大規模な変化に置いて行かれてしまっているようだ。新型コロナウィルス問題の前には、意見ではなく、ニュース記事であっても、「巨額の負債を抱える日本政府に財政支出拡大の余地はない」という断定的な表現が普通に使われていた。実際には財政拡大余地は巨大であった。異次元の財政拡大に躊躇しているのをみると、まだ古いイデオロギーに囚われている状態で日本の政策運営がなされているように見える。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

グローバル・レポートの要約

●米国経済(4/9): 新型コロナ救済策で、巨額の資金調達が必要となり財政赤字は拡大へ

米国政府の財政赤字は過去最高を更新すると見込まれる。大規模かつ迅速な資金調達が必要で、財務省に課題を突きつけている。有難いことに、FRBは引続き米国債を買い支えている。CARES ACTが議会を通過すれば、米国の財政赤字は2.2兆ドルを超える。家計(個人)への支援:財務省から納税者への直接支払い、失業給付金やその他の所得補償策(栄養補給プログラム=SNAP)などの拡大によって、財政赤字は6,000億ドル以上拡大する。良い材料を挙げると、過去の例ではこうした給付金の大部分が消費されていた。企業への支援:4,500億ドル規模の大企業向け融資プログラムが認証された。これに伴う融資は、損失が発生するまで財政赤字には影響しない可能性がある。中小企業向けには、3,500億ユーロの融資パッケージが最終的には赤字要因となり、資金調達が必要になる。州・地方政府への支援:1,500億ドルが、危機に対応するリソースが限られた地方政府に提供されている。

●欧州経済(4/3): 財政赤字の大幅拡大は、一時的とみられる

景気後退の幅や発表された財政政策の規模を考えると、ユーロ圏では2020年に、財政赤字GDP比は5PPの大幅上昇となり5.8%に達する、政府債務GDP比も10PP上昇して94%になると見込まれる。だがこうしたインパクトの大部分は一時的で、2021年には財政赤字、政府債務のGDP比とも急低下が見込まれる。また弊社は、ユーロ圏政府債務のGDP比が、上述の通り新型コロナウイルス禍の発生前に比べ(結果的には)5PP前後上昇するとみているが、これはさきの世界金融危機時よりも控えめな上昇幅だ。これにより、債務持続性に対する市場の懸念は多少和らぐだろう。ユーロ圏債券市場は、従来見込みよりも遥かに大きな(記録的な)資金調達ニーズを吸収することが必要になろう。だが弊社のみたところ、特にECBの量的緩和(QE)プログラムの存在を考えると、完全な債務危機が今年発生するシナリオはテールリスク(確率は低いが、発生すると巨大な損失をもたらす)だ。長期的には、新型コロナウイルス危機により重債務国が、(ユーロ圏政策当局が何らかの債務共通化を検討しない限り)将来の非対称的なショックに対し、従来よりも遥かに弱くなると見込まれる。

●中国経済(4/6): IOER引下げはプラシーボかバズーカ砲か

中国の政策当局は追加緩和策を発表した。小規模の銀行に的を絞ったRRR(預金準備率)引下げと、超過準備預金金利(IOER)の37BP引下げである。前者は十分に見込まれていたが後者はサプライズで、多少説明を加える。理論上、IOERは銀行間金利の下限(下支えする底)となる。だがこれは、中国ではほとんど拘束力が無い。IOER(本日の引下げ前は0.72%、引下げ後は0.35%)は、10年間にわたって、金融システム内のあらゆるリスクフリー・レートを大幅に下回っている。このため、銀行が資金を超過準備預金とする場合、その理由は「預金のより良い置き場所が見つからない」ではなく、「運営上の目的で必要になった」であることが多い。

●アセット・アロケーション(4/5): 1929 - 45年と2007 - 14年のどちらにより近い?

2020年序盤は新型コロナウイルス(COVID-19)と原油の弱気相場が相まって世界を嵐に巻き込み、世界経済をディープリセッション入りの脅威に晒している。景気サイクルは既に後期段階にあるため、世界経済が予期せぬリスクシナリオを「消化する」ことがより難しくなっており、政策当局に以前よりも集中的な介入を余儀なくさせている。ここ数日間で金融と財政の両面で驚くべきレベルの世界的協調がみられており(弊社エコノミクスチームによる要約)、これは現在の状況が1929?45年と2007?14年のどちらにより近いのか、という疑問を抱かせる。ここでは米国に焦点を当てる。

●債券市場(4/5):鏡の国のアリス

童話「不思議の国のアリス」のように、我々は奇妙な世界に足を踏み入れたようだが、そこに登場するのはマッドハッター(いかれ帽子屋)やチェシャ猫ではなく、未知のウイルスと前例のない金融・財政刺激策である。世界経済への衝撃と異種類の景気後退への不安が広がるなか、中央銀行の資産買い入れを踏まえた弊社の金利予測ならびに財政見通しを提示する。デュレーション・ロングの投資スタンスを維持し、キャリー収益を確保することが望ましい。

●グローバル・ストラテジー(4/8):Global Strategy Weekly: 「氷河期」から「大融解」への転換

新型コロナウイルスの大流行がもたらした経済危機が原因となり、経済政策は急速かつ劇的に変化した。今後も逆戻りしないとみられる。数週間前に筆者は、我々が現在いる移行期について考えを示した。筆者は、今回それを繰返すつもりは無い。健康を脅かす世界的な危機の中で、金融市場の実務家たちは市場が現在置かれている混乱を乗り切ろうと試みてきた。筆者は、自身が今後の行方を知っていると考えている。良いニュースは、現在が筆者の言う「氷河期」の最終段階であることだ。極端な政策対応が長期停滞と氷河期に立ち向かうことで、最終的には金融市場が新しい長期的フェイズに入る。即ち「大融解(THE GREAT MELT)」である。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司