コロナ・ショックに対して、政府は1世帯当たり30万円もの現金給付を計画しているとされる。収入減が大きい世帯と住民税非課税の世帯に絞って、その代わりに手厚い支給額にしようという考え方である。雇用調整助成金により休業者が賃金を6割まで抑えられるとすると、「収入減が大きい世帯」の対象が月収▲5割以上減る世帯になると、休業者は現金給付の対象には入ってこないことになるだろう。

現金
(画像=PIXTA)

米国並みに手厚くする

政府は、現金給付を1世帯当たり30万円とし、その対象は①収入減が大きい世帯、②住民税非課税の世帯に絞ることにしたようだ。これは、まだ報道ベースである。焦点は、収入減の線引きが、月収ベースで▲5割以上というところである。受取りは、給付を希望する人が市町村などの自治体の窓口に自己申告することで行われるようだ。具体的にどのような書類で減収が証明されるのかが見えてこないが、その点は近い将来に例示されることだろう。

この枠組みを聞いて、評価できる点とそうではない点が両方ある。まず、支給対象を制限を加えて絞る代わりに、対象1世帯当たりの金額を大きくすることは評価できる。30万円という驚くべき金額は、米国を真似したことが類推できる。トランプ政権は、夫婦1人ずつ1,200ドル、子供1人500ドルで、1世帯3人2,900ドルの現金給付を予定している。1ドル=108円で計算すると、1世帯31.3万円となる。日本も米国並みに手厚くしようという考え方だろう。2009年の定額給付金が夫婦2人子供1人の世帯で1世帯4.4万円となるから、今回はその約7倍の規模になる計算である。現金給付の最大の弱点として一般的に言われるのは、支給された資金が消費に回らず、貯蓄に流れてしまう点である。今回、収入減が大きい世帯を対象にしようとしていることは、消費に回りやすくする対応とも受け取れる。家計の収入が短期で大きく減少するとき、消費は相対的に減少しにくいとされる。ラチェット効果として知られる消費の傾向である。

つまり、収入減の世帯では、消費性向が上昇する。収入減の世帯に現金給付を行えば、現金から消費に回る金額は多くなる。収入減の世帯を現金給付の対象にすることは、資金が消費に回りやすくする工夫だと評価できる。

対象となる住民税非課税世帯

現金給付の対象を住民税非課税の世帯にすることは妥当であろうか。住民税非課税世帯は、低所得層の範囲を決めるときによく用いられる。2020年4月からの高等教育無償化は、住民税非課税世帯に限定される。年金生活者支援給付金も2019年10月から住民税非課税世帯を対象にして、毎月5,000円(年間6万円)支給されている。国民年金だけで暮らしている年金生活者は、現金給付の対象となりそうだ。住民税非課税の世帯は、夫婦2人で155円以下、夫婦2人と子供1人で205万円以下、夫婦2人と子供2人で255万円以下となる計算である。(所得割の場合)彼らは、貯蓄をするゆとりがないので、仮に30万円をもらうとそれを消費に回す可能性が高いと考えられている。

ただし、現時点でコロナ・ショックで最も困っている人々が、年金生活者だという見方は、異論が出るかもしれない。経済的弱者ではあるとしても、コロナ・ショックによって収入を失っている訳ではない。今一番必要としている人に手厚い給付を渡すという方針から言えば、議論の余地はあるだろう。それに、住民税非課税の世帯の多くは、消費税対策としてすでに減税措置を受けている。

雇用調整助成金との関係

収入減が大きい世帯に対して、申告に基づいて給付されることは具体的にどういった効果を及ぼすだろうか。仮に収入減が月例給与が5割以上カットされるという基準になったとして考えてみよう。

この5割という基準では、雇用調整助成金の支給を受ける企業の従業員は入ってこない。雇用調整助成金は、企業が賃金の6割以上を支払って休業させるときに支援を行う制度である。仮に、収入減の線引きを4割カットにすると、休業者がそこに含まれて一気に現金給付の対象者は広がる。企業も雇用調整助成金を活用して従業員を休業させやすくなる。政府は、休業者を含めないという判断をしたと理解できる。

収入減が5割以上となるのは、解雇や倒産にあった人、フリーランスを含む自営業者を念頭に置いているのだろう。反面、解雇された人が失業保険の給付に今回の30万円の現金給付だけで、しばらくの期間生活できるかは大問題だろう。

予算規模とその効果

観測では、1世帯30万円の現金支給は、1,000万世帯への支給を想定しているとされる。予算規模は、約3兆円となりそうだ。支給される対象者に占める内訳では、やはり高齢者が大宗になるだろう。

現金支給を受けた世帯が、30万円のうちどのくらいの割合を消費支出に回すかは先見的にはわからない。仮に、2009年の定額給付金のときに25%が追加的消費に回ったのと同じくらいという仮定に基づくと、7,500億円の個人消費増になると計算される。

筆者は、現金給付という手法は、必ずしも消費刺激を主眼に置いたのではなく、困窮者のための生活保障だと見ている。コロナ・ショックの打撃が明確ではないとしても、その悪影響は広範囲に亘ると多くの人が心配している。3兆円規模の現金給与を使って、心理的なセーフティネットをつくろうとしている政府の姿勢は評価できると思う。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生