安倍首相は遂に緊急事態宣言を発令した。5月6日までの1か月間は、外出自粛が強化されそうだ。消費者向けの事業では、休業要請が行われるが、心配したほど広い範囲ではない。それでも余剰となる就業者は170万人にも及びそうだ。また、テレワークなど在宅する人数は210万人になると見込まれる。

緊急事態宣言
(画像=PIXTA)

ロックダウンではない自粛要請

安倍首相は、4月6日に記者会見を開き、特措法に基づく緊急事態宣言を発令する方針を示した。期間は、8日に発効して、終了は5月6日を目処とする。1か月間ではあるが、ゴールデンウィークを含む期間であり、観光業には甚大な悪影響が及びそうだ。

対象となる都道府県は、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県だ。ここに愛知県が加われば、47都道府県の経済規模上位8つをカバーしていることになる。実質GDPでみると、日本全国の48.0%になる(2016年度)。経済活動ベースで言えば、日本経済の半分に緊急事態宣言が下されたことになる。

安倍首相は、記者会見の説明の中で「海外のような都市封鎖を行うことはしない」を明言している。この点は、強制力を持った外出禁止ではなく、要請に基づく「不要不急の外出自粛」となっていることを指しているからだろう。不要不急の外出とは、スーパーなどへの食料品の買い物、病院などへの通院を除く外出を指すと考えられる。つまり、衣料品や耐久消費財などの購入、レジャーなどのサービス消費は大幅に抑制されるとみてよい。

休業で生じる余剰人員

東京都の場合、小中高は期間中に原則休校とし、サービス業には広く休業・休館の要請を行っている。その影響はかなり大きなものになりそうだ。

大学、体育館、劇場・映画館、ホテルの集会に使う施設は閉鎖・休業を求められる。小売業では、百貨店、ショッピングモール、ホームセンターが休業の対象だ。サービス業では、ナイトクラブやカラオケ店、バーなどが休業となる。こちらは、小池都知事が感染リスクが高そうなところとして言及した業種である。

これらの学校・小売・サービス業は、経済活動の中でどれだけのウェイトを占めているのだろうか。筆者が、内閣府「国民経済計算の2018年度データから調べると、まず、第3次産業は72.5%である。この中で、対個人サービス業は48.5%を占める(経済産業省「第三次産業活動指数」)その中で該当する業種を累計すると13.6%になる。これらを掛けると、4.8%とそれほど多くはない気がする。

しかし、就業者ベースでみると、旅行業や飲食業、冠婚葬祭業のようにすでに極端に稼働率の落ちている業種を併わせると、7都府県の範囲で170万人もの就業者の余剰が生じていることになる。事業者は、その人数を1か月以上抱えて持ちこたえなくてはいけないのだ。

通勤抑制

今回、筆者が事前に考えていたロックダウン(都市封鎖)のシナリオに比べると、移動が制限される人数は、かなり少なくなりそうだ。その理由を考えると、消費者向け(B to C)の事業は、休業要請が行われるが、企業向け(B to B)の事業や企業内取引はほとんど停止されないことが挙げられる。これは、感染阻止のために社会活動に制約が加わることを、政府が極力避けようとしているからだ。

多くの大企業では、従業員が通勤をせず、自宅などでテレワークをする体制を採っているからだ。筆者のみるところ、就業者の中ですべての仕事をテレワークで完結できる人はそれほど多くはないだろう。しかし、緊急事態宣言の下で、通勤者の人数を大きく削減する必要に迫られて、十分にテレワークで仕事ができない人を含めて、自宅待機のような対応を採らざるを得なくなっている。過去、国土交通省が発行したレポートでは、都心の通勤電車に座る乗客の間隔を1mにするには昼間人口を▲53%、2mにするには▲61%も減らさなくてはいけないとされていた。ソーシャル・ディスタンスを保つために、実質的な通勤制限をせざるを得ないのが実情である。

なお、今回、テレワークなどによって自宅勤務をする就業者数はどのくらいの人数になるだろうか。テレワーク率(19.1%)を、7都府県の大企業の就業者数でかけると、210万人という計算になる。彼らが、通常、通勤途中に行っていた消費活動は大きく削減されるとみられる。

思ったほどの制約ではない

政府が緊急事態宣言を発令したことで、経済活動は冷え込むだろうが、これは感染阻止のため仕方のないことである。問題は、人の移動を抑制しながら、経済活動を維持することがどこまでできるかである。緊急事態宣言は発令されて、それ自体はショッキングだが、運用面においては強制力のある措置は極力抑えられている印象である。特に、企業向けの取引、B to Bの分野では、思ったほどの制約が加えられていない。

むしろ、個人向けのB to Cの分野で、どのくらい所得補償が柔軟に行われて、事業を休業する事業者が現れるかが未知数である。この部分は、経済対策とセットでどうなるのかが決まってくるだろう。政府にしてみれば、B to Cの消費活動が抑制されるほど、感染拡大の阻止が実効性をあげると期待しているだろう。その点に注目していきたい。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生