シンカー:新型コロナウイルスを前にして、各国政府と中央銀行はこれまで以上に積極的な対応をとる必要に迫られている。FRBが先日発表した2.3兆ドル規模の金融政策プログラムでは、民間企業向けの融資をFRB参加のSPVが買い取り、貸倒等の損失が生じた場合は財務省が補完するというように、これまで考えられなかった金融政策と中央銀行の協調が行われるようになってきた。また、リーマンショック時も行われたことではあるが、英国ではBoEが政府に対して直接短期融資を行うことを発表している。金融当局の対応により、国債の増発が発表される中でも市場は安定しており、インフレもコントロールできない状況になっていないことから、以前唱えられていたように財政赤字の拡大は無条件に悪であるというパラダイムは変更に迫られている可能性があるだろう。かつて「非伝統的金融政策」といわれていた量的緩和は今やグローバルに受け入れられるようになったように、コロナウイス危機を通して、財政政策と金融緩和のポリシーミックスが今後のニューノーマルになっていくのかもしれない。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

金融政策見通しの変要

FRBはさらなる緊急利下げで金利誘導目標を0.00 - 0.25%に引き下げるとともに、様々なファシリティを創設することで市場をサポートしてきた。直近では2.3兆ドル規模の金融政策パッケージを打ち出し、「必要なことを何でもする」というスタンスを続けている。大規模な財政政策で国債の増発が見込まれる中でも、FRBが国債の買い手として市場をサポートするだろう。

ECBはすでにPEPPによる大規模な資産買い入れを追加で打ち出してきている。理事会内でのさらなる利下げに対する反発が強いことから、今後の焦点はTLTROか新しいプログラムを通じた中小企業向け融資の状況改善を目指す策となるだろう。ECBは住宅ローンをTLTROの対象に含むことや、株やETFを対象にした資産買い入れプログラムなどを考慮するとみられる。

日銀はコロナウイルスによる下押し圧力の中でも、短観の結果などから信用サイクル、設備投資サイクルもまだ堅調であるとし、新型コロナウィルス問題による景気下押しが一時的であるというスタンスを維持するだろう。今のところ、信用と設備投資サイクルが堅調さが維持されていることから、失業率の更なる低下が賃金・物価上昇率を押し上げていくという、日銀のシナリオも維持できることになる。ただ、両サイクルが腰折れるリスクが高まれば、デフレ完全脱却に向かう日銀の内需拡大シナリオが維持できなくなってしまい、更なる金融緩和が必要となる可能性がある。

PBoCは新型コロナウイルスによる影響に対処するため、2020中に追加でMLF、リバースレポ金利の引き下げを実施するとみられる。ただ、景気が回復の兆しが見え始めると従来の住宅バブルと民間債務の増加を抑制するための政策対応を再開するだろう。

イングランド銀行(BoE)は、コロナ危機への対応として政策金利を0.1%まで引き下げた。経済に対しての深刻な下押し圧力がかかるとみられる中で、BoEは2021年を通して金利を現在の水準に据え置くだろう。

米国(Fed)

FFレート:0.00 - 0.25%(3月15日時点)

予想:FFレートは2021年中は0.00 - 0.25%で据え置かれるだろう

FRBは3月15日に再び緊急利下げを行い、FFレートの誘導目標を0.00 - 0.25%に引き下げた。加えて、コマーシャルペーパー・ファンディング・ファシリティ(CPFF)、プライマリーディーラー・クレジット・ファシリティ(PDCF)、マネーマーケット・ミューチュアルファンド・流動性ファシリティ(MMLF)、ターム物資産担保証券貸出制度(TALF)、プライマリー・マーケット・コーポレート・クレジット・ファシリティ(PMCCF)などを矢継ぎ早に打ち出して、市場のストレスを和らげ、流動性の維持をサポートしてきた。さらに4月9日には2.3兆ドル規模の金融政策プログラムを発表し、あらゆる手段をとることをいとわない姿勢を示している。この2.3兆ドル規模のプログラムには、給与保護プログラム流動性ファシリティ(PPLF)、メインストリート融資プログラム(MSLP)、プライマリーマーケット・コーポレート・クレジット・ファシリティ(PMCCF)、セカンダリーマーケット・コーポレート・クレジット・ファシリティ(SMCCF)、地方債・流動性ファシリティの導入が含まれている。

FRBは、かつてないペースで米国債を買入れてきており、政府が大規模な財政支出を行う中でも国債供給を誰が吸収できるのかという懸念は緩和される。買入ペースは減速する見込みだが、FRBは「出来ることは何でもやる」アプローチを引き続き続けていくようだ。新型コロナウイルスによる経済への下押し圧力は、インフレの低下にもつながるとみられ、FRBはインフレ目標に達するまで現在の金利水準を維持するとみられる。ただ、ZLB(ゼロ金利制約)について、FRBは米国でのマイナス金利適用があまり有効であるとは考えておらず、これ以上利下げを行う可能性は低いだろう。

ユーロ圏(ECB)

金融緩和策・政策金利(3月末時点:預金ファシリティ金利: - 0.50%、リファイナンス金利:+0.00%、限界貸出金利:+0.25%)

予想:ECBはさらなる担保要件の緩和、住宅ローンを対象に含むTLTRO、金利階層化の乗数調整や株、ETFを対象にした買い入れプログラムを考慮するだろう

ECBは3月18日にすでに増額されていたAPP(資産買い入れプログラム)に追加で1200億ユーロの購入枠を設定すると同時に、7500億ユーロに上るPEPP(パンデミック緊急購入プログラム)を開始した。PEPPではキャピタルキーや買い入れ上限についての制限も緩和されており、さらにギリシャ国債も買入の対象となった。さらに、担保要件緩和によりギリシャ国債もECBのオペの対象となるなど、コロナ危機を受けた対応を急いでいる。

ECBは引き続き、信用フローと資金調達を支援する「的を絞った」対策を続けていくとみられる。TLTROのような仕組みか、新しいプログラムを通じた中小企業向け融資の状況改善を目指す策に焦点があてられるだろう。現時点では、中銀預金金利引下げは理事会内の反対もあって難しいとみられるが、ECBの買い入れプログラムを通じて当座預金が増加し続けている現状を踏まえて、金利階層化の乗数調整が行われる可能性がある。さらに可能性としては、TLTROの対象に住宅ローンを含むことや、株式、ETFといった他の資産の買い入れを考慮する必要が出てくるとみられる。

日本(日銀)

誘導目標(3月末時点:長期金利(10年JGB)利回りを0.0%を中心に±0.2pp内で誘導)

予想:フォワードガイダンスの無期限化で辛抱強く現行の緩和政策を実行し、誘導目標引き上げは政府がデフレ完全脱却を宣言するとみられる2022年ごろになるだろう

4月27・28日の日銀金融政策決定会合では、現行の金融政策が据え置かれ、「当面、新型コロナウィルス感染症の影響を注視し、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」とし、緩和的な政策スタンスを維持するだろう。4月の展望レポートでは、新型コロナウィルス問題が日本経済とマーケットに与える影響を多面的に検証することになる。2020年度の実質GDP成長率の日銀の予想は+0.9%から大幅に下方修正されることになるだろう。東京オリンピックが来年に延期された。首都圏、大阪・兵庫・福岡圏が5月6日までを目安に緊急事態宣言下にある。これらの影響を織り込んだ形ので新たな予想がつくられることになる。弊社は新型コロナウィルスによる景気下押しが一時的で終息後にV字回復と予想しているのに対し、マーケットコンセンサスはL字型に長めの景気後退となりデフレ完全脱却の動きが失われると予想しているようだ。日銀は楽観に振れれば追加金融緩和期待を萎ませるし、悲観に振れればマーケット心理を悪化させるため、バランスをとった予想とするだろう。現状は「新型コロナウィルス感染症の拡大などの影響により、このところ弱い動きとなっている」、先行きは、「当面、新型コロナウィルス感染症の拡大などの影響から弱い動きが続くとみられる」という景況判断は維持されるだろう。

コロナウイルスによる下押し圧力の中でも、1 - 3月期の日銀短観で、信用サイクルを示す中小企業貸出態度DIはバブル崩壊後の最高水準である+20前後をなんとか維持し、信用サイクルがまだ堅調であることを示した。2020年度の企業の設備投資計画もしっかりとしたスタートを切り、設備投資サイクルもまだ堅調なことが示されている。短期の業況感に左右されない、AI、IoT、ロボティクス、ビッグデータ、5G関連サービスなどの新たなテクノロジー・産業の革新と変化が支えになっているとみられ、日銀は新型コロナウィルス問題による景気下押しが一時的であるというスタンスを維持するだろう。信用と設備投資サイクルが堅調さを維持できれば、失業率の更なる低下が賃金・物価上昇率を押し上げていくという、日銀のシナリオも維持できることになる。一方、両サイクルが腰折れるリスクが高まれば、デフレ完全脱却に向かう日銀の内需拡大シナリオが維持できなくなってしまう。そうなれば、3月16日の緊急金融政策決定会合で、ETFを中心としたリスク資産買入れの拡大に動いたが、更なる金融緩和が必要となる。

マーケットでは、日銀の更なる金融緩和効果の拡大の余地はないとみる意見が多い一方、日銀はその余地があると引き続き考えているとみられる。資金の借り手である企業と政府の貯蓄率の合計であるネットの資金需要は、総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力、信用サイクルが拡大する力となる。このネットの資金需要を中央銀行が量的金融緩和などで資金供給をしてマネタイズすると、金利上昇が抑制され、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が強くなり、景気を拡大したり、物価を押し上げたりする力にもなると考えられる。日本の場合は企業の貯蓄率はまだプラスであり、財政政策を拡大しないと、ネットの資金需要が復活しない。政府はGDP対比5.5%の新規財政措置を含む経済対策を決定し、GDP対比3.5%程度の追加国債発行による資金調達を実施する。ネットの資金需要が復活し、日銀が、現行緩和政策を変更しなくても、それを維持しているだけで、マネタイズの形は整い、ポリシーミックスとして追加的金融緩和効果は大きくなるだろう。日銀の次の動きは、政府がデフレ完全脱却宣言を行うとみられる2022年に金利誘導目標を引き上げ、2023年に物価が2%目標を達成してからマイナス金利を解除することになるだろう。

マイナス金利政策(3月末時点:当座預金のマイナス金利適用残高(約23兆円)に - 0.1%のマイナス金利を適用)

予想:2%の物価上昇を達成する2023年に解除

日銀はしばらくはこのポリシーミックスの形が効果を発揮するのかを確認するスタンスを維持するだろう。もし次の金融緩和が必要となれば、政府が追加経済対策を実施する可能性が高まることと合わせて、政府短期証券や国債の買入れの大幅な拡大方針を明確にし、ポリシーミックスの形を意識させるような財政ファイナンスに近い形となるだろう。金融機関に更なるダメージを与えて信用サイクルを毀損させるリスクを逆に高めてしまうリスクがあるため、マイナス金利政策の深堀りを日銀が選択することはないだろう。

中国(PBOC)

政策金利(3月末時点:1年物MLF金利:3.15%、預金準備率(RRR):12.50%、7日間リバースレポレート目標:2.2%)

予想:2020年中にMLF金利、リバースレポ金利に対する40-60bpの利下げと、預金準備率の引下げ(50bp)が行われるだろう

PBoCは3日、小規模の銀行全体に的を絞りRRR(預金準備率)を100bp引下げると発表した。今回のRRR引下げは二段階で実施されることになっており、引下げ完了で4,000億元の流動性が市場に放出されるとみられる(4月15日に50bp、5月15日に50bp)。また、PBoCは、銀行の超過準備預金に対する金利(IOER)も0.72%から0.35%に引下げており、PBoCによるとこの策には、銀行が過剰な準備預金をより活用して実体経済への貸出しに向けるように促す意図があるという。ただ、これらの策は依然として既存の策の焼き直しに過ぎず、外部環境が厳しいことから、金融政策の追加緩和が必要だと弊社はみている。PBoCの次の動きは、まず1年物MLF(中期貸出ファシリテイ)金利引下げ、その次に7日物リバースレポ金利引下げになると弊社は考えている。

英国(BOE)

政策金利(3月末時点:0.10%)

予想:2021年中は現在の政策金利水準が据え置かれるだろう

3月25日に実施されたイングランド銀行(BoE)の金融政策委員会(MPC)会合では、政策金利が0.1%、計画する資産買入れ残高上限が6,450億ポンド(購入枠を2,000億ポンド増加)で、ともに据え置かれた。議事録では、「MPCは状況を引続き注視していく。また自身の責務に沿い、正当化されない金融状況タイト化への必要な対応や、経済を支援する準備をしている」とし、「必要ならばMPCは資産買入れをさらに拡大できる」とふれられている。また、BoEは少なくとも100億ポンドの社債を追加で購入する意向をしめしている。これまでBoEはコロナウイルス問題を受けて、中小企業向けのタームファンディングスキーム(TFS)や、銀行の貸し出しを支援するためにカウンターシクリカルバッファーの引き下げ、さらには政府向けの短期融資などに踏み切ってきた。コロナウイルスによる経済への下押し圧力は深刻であり、3Qからはコロナウイルス終息からの反発を見込んでいるが、政策は当面現在の水準で据え置かれるだろう。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司