まとまった資金や従業員を必要としない「1人での会社経営」を選ぶ経営者が増えている。一昔前は企業勤めを経て独立する人が多かったが、現在では大学を卒業してすぐに、もしくは在学中に起業する人も少なくない。
彼らはマイクロアントレプレナー(マイクロ起業家)と呼ばれるが、その目的はビジネスを拡大することだけでなく「好きなことを仕事にして自由に稼ぐという新しいライフスタイルを実現する」ことだ。好きなことだけをして生涯を過ごせれば理想的だが、そのメリット・デメリットは何だろうか?
目次
マイクロアントレプレナーとスモールビジネス
インターネットで「マイクロアントレプレナー」を検索すると、「マイクロ起業家」「フリーランス」「個人事業主」といった言葉が出てくる。1人で事業を始め、継続して経営していくという意味ではどれも正しいだろう。
マイクロアントレプレナーと一般的な起業家の違いは、始めた事業を積極的に拡大しようとするか、当初のビジネス規模を維持したまま経営を続けようとするか、だろう。
マイクロアントレプレナーは今後増えていく?
英国の経営学者でロンドン・ビジネススクールの教授でもあるリンダ・グラットンは、「2025年には世界中で何十億人ものマイクロアントレプレナーが活動しているだろう」と述べている。アメリカのある統計でも、2027年には米国内の労働人口の過半数がフリーランスになると予測している。
医療体制の整った先進国では、1967年生まれの約50%は91歳まで生きると言われており、1987年生まれは97歳、2007年生まれはその50%が103歳まで生きるという。これは「人生100年時代」と言われるものだが、これに追いついていないのが企業の雇用環境だ。多くの企業では未だに定年制を採用しており、60歳で定年、嘱託(非正規雇用)で65歳まで働けるところが多い。
一方日本においては、年金支給の時期と上記の雇用環境がアンマッチの状態になりつつある。政府は公務員の定年を段階的に延長する方針を示しており、今後民間企業でもその動きが出てくるだろうが、雇用される機会が減って年金も支給されないとなれば、個人での起業を考えざるを得ない。
つまり、マイクロアントレプレナーには2種類ある。ライフスタイルの選択として個人で起業するケースと、正規・非正規を問わず雇用されなくなったことでマイクロアントレプレナーになるケースだ。
スモールビジネスとは何か?
マイクロアントレプレナーが起業するビジネスのほとんどが、スモールビジネスだ。これは文字通り小規模のビジネスのことだが、中小企業やベンチャー企業のビジネスを指すこともある。
「小規模」が指すものは資金や売上高、企業の規模などがあるが、スモールビジネスを定義することに意味はない。ここでは、「個人で行える範囲の事業」ということにしておこう。
スモールビジネスのメリット・デメリットとは?
1人で会社を経営するスモールビジネスでは、やはりメリット・デメリットについては意識しておかねばならないだろう。そこで、簡単にメリット・デメリットについてまとめてみた。
スモールビジネスのメリット4つ
・1.自己裁量で好きな業務ができる
1人で会社を経営する最大のメリットは、自分の好きなように仕事ができることだろう。普通の会社員のように、上長から指示されて納得がいかない仕事をする必要はないし、成果を追求されることもない。
・2.人間関係のトラブルが少なくなる
マイクロアントレプレナーとして会社を経営すれば、従業員の離職理由として常に上位にあるような「社内の人間関係トラブル」に直面することがなくなる。
顧客や業務委託契約先の関係者、もしくは業務上協力する他の経営者などと関わることはある。ただ、あくまで社外の人との関わりであり、ある程度は付き合い方をコントロールできるため、日常的な社内の人間関係の悩みは少なくなるだろう。
・3.事業資金を抑えて素早い意思決定ができる
1人起業のメリットは、人間関係だけではない。事業を運営するにあたり、管理費用が最小限で済むことと素早い意志決定ができることもメリットに挙げられる。
開業に関わる費用が少ないことは前述のとおりだが、経営に関わるランニングコストも最小限に抑えられる。普通の企業のように、人員採用にかかる費用などを考える必要もない。また、大企業にありがちなハンコ文化などもなく、「機を見るに敏」をモットーとした企業経営ができる。
・4.仕事へのやりがいを高めやすい
スモールビジネスは、自分で仕事内容はもちろんやり方も選択可能だ。そのため、自分の趣味や得意なことを活用した仕事を選ぶことで、やりがいを高めることができる。また、事業の軌道修正もしやすいため、やりがいを維持しやすいというメリットがある。
スモールビジネスのデメリット3つ
・1.企業としての信用度が低い
最大の問題は、企業としての信用度の低さだ。ミニマムな企業規模とは、ビジネスの相手から見れば資金調達力が低いと見なされる。
不測の事態に直面したとき、相当な資産家でもない限り金融機関からの資金調達が難しいことは想像に難くない。つまり、事業を継続していくことに対し、常に資金調達の不安を抱えることとなる。特に規模の大きい企業との取引では、この信用度の低さが問題になるだろう。
・2.不足の事態に陥ると収入が途絶える
また1人であるということは、自分以外に事業運営をする人間がいないということだ。病気やケガで仕事ができなくなると、事業運営がストップしてしまう。会社員であれば有給休暇を取得したり、業務量を調整してもらったりすることができるが、1人の企業ではそうはいかない。
・3.生産性が落ちやすい
スモールビジネスは比較的自由度が高い仕事が多いため、自己管理が苦手な経営者の場合は、業務の生産性が落ちる可能性がある。仕事の納期管理はもちろん、1日の労働時間を決めるなどして意識的に自己管理を行うことが重要である。
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スモールビジネスに向く業種とは何か?
本記事でいう「スモールビジネス」に向く業種には、どのようなものがあるだろうか?
オンラインショップ
保証金や家賃を準備する必要がある実店舗に比べ、大幅に初期費用を抑えてビジネスを始められるのがオンラインショップ(ECサイト)だ。インターネット上の店舗であれば場所(商圏)の制限がなく、全世界を相手にできると言っても過言ではない。
ただし、参入障壁が低いということは、競争が激しいことを意味する。オンラインショップはスモールビジネスを始める人の多くが参入する分野でもあり、他との差別化を図ったビジネスを展開できるかどうか成否を決めることになるだろう。
アフィリエイト
ブログやYouTubeへの投稿で広告収入を得るのが、ブロガーやユーチューバーと呼ばれるマイクロアントレプレナーだ。別に本業があり、副業として広告収入を得ている人が多いスモールビジネスでもある。自宅にPCと撮影機材さえあれば始めることができ、オンラインショップのように商品の仕入れなどが必要ないため、さらに参入障壁が低いと言えるだろう。
デザイナー、ライター
このスモールビジネスは、昔から起業する人が多い分野だ。デザイナーであればデザイン会社から、ライターであれば出版社などから独立してビジネスを始める人が多い。オンラインショップやアフィリエイトと違い、他社から仕事を請け負う形態が多いため、営業力と人脈が事業継続のカギになる。
コンサルタント、コーチング
さまざまな業界のコンサルタントやコーチがマイクロアントレプレナーとして起業しているが、過去の実績がアピールポイントとなるスモールビジネスと言えるだろう。
例えば、大手外資系コンサルティングファームの出身であるとか、有名企業でのコーチングの実績がなければ、なかなかビジネスとしては成り立たない。ただし実績があり、企業との専属契約などが獲得できれば、かなりの報酬が期待できるスモールビジネスである。
スモールビジネスの選び方4つ
スモールビジネスは自由度が高いため、何をするかもそれぞれの裁量に委ねられる。そのため、ビジネス案を見つけ出せない人もいるだろう。ここでは、スモールビジネスの選び方のヒントとなる考え方を紹介する。
1.自分にとってやりがいがあるものを選ぶ
スモールビジネスは、自分が許容する資金内で機動力高く行動できるのがメリットである。事業のスタートでつまずいたとしても、ある程度事業を継続して修正しながら収支を安定させていかねばならない。そのため、やる気を持続させることも欠かせないため、自分にとってやりがいとなるものに取り組んだ方がいい。
「やりがい」は人それぞれであり、収入の高さや人への貢献を感じられるもの、そもそもやりたいことがあるなど、さまざまなケースがある。自分にとっての「やりがい」をまず明確にして、それを満たすビジネスモデルを考えてみよう。
2.自分のこれまでの経験が活かせるものを選ぶ
スモールビジネスは手軽に始められるものもあるが、知識や経験がないと、競合に比べて大きく出遅れることになる。スモールビジネスとはいえ、資金や時間のムリ・ムダは事業継続性に大きな悪影響を与える。まずは、これまで自分が実社会や自己啓発で蓄積してきた経験を、ある程度応用できるようなビジネスを候補にしてみよう。
営業経験があるなら企業の集客ビジネス、小売経験があるならECビジネスなど、これまでの経験にプラスアルファの要素を加えたビジネスならば、比較的取り組みやすいだろう。
3.自分の趣味分野から選ぶ
自分が普段興味を持って行っている趣味も、これまでの経験により効率よく事業を運営でき、やりがいを満たしやすいだろう。例えば、小売業での就労経験があって登山が趣味なら、登山グッズの販売や登山ブログ運営での広告収入などのビジネスが可能だろう。
4.ニッチな目線で選ぶ
「ニッチ」とは、「隙間」という意味である。ニッチなビジネスとは、限定的ながらもニーズがあって一定の需要が見込めたり、大手がコスト上の理由で参入していなかったりするビジネスで、特定の分野に特化したようなビジネスである。
基本的にはゼロから新しいものを創り出す必要はなく、すでに大手が行っているようなサービスのターゲット顧客を極限まで絞る、高価で複雑なシステムの機能を限定するなど、ニッチなサービスの作り方はさまざまである。
スモールビジネスを成功させるポイント5つ
スモールビジネスは、自分のやりたいことを好きなように行えるというメリットがあるが、継続的に収益をあげて事業を継続させるためには、いくつか注意すべき点がある。ここでは、スモールビジネスを成功させるポイントについて解説する。
1.市場分析によってニーズを掴む
スモールビジネスの選び方を参考に、どんなに素晴らしいビジネスアイデアが浮かんだとしても、ニーズがなければ収益は得られない。そのため、自分のビジネスに関連する市場の規模やニーズについて定期的に分析しなければならない。
市場分析については、自社の立ち位置を分析する「5フォース分析」「4P分析」「3C分析」、市場規模などを分析する「セグメンテーション分析」などのフレームワークがよく使用される。
2.競合とビジネスの差別化をする
マイケル・ポーターによると、マーケティングでは大きく以下の3つの競争戦略が取られるという。以下で簡単に解説する
・(1)コストリーダーシップ戦略
競合他社の製品サービスに比べて、安い価格で自社の製品サービスを提供する戦略のことだ。利益率を上げるためにはコストの削減が必須であり、大手企業がよく選択する戦略である。
・(2)差別化戦略
競合他社にはない特徴や付加価値を製品やサービスに加えて差別化し、他社に対する優位性を確保する戦略だ。単に、他にはない珍しい製品やサービスを提供するのではなく、製品やサービスの価格が高くてもニーズがあって売れることが重要である。
・(3)集中戦略
自社の強みに特化した製品やサービスを提供し、市場において独自の地位を築く戦略だ。特定の顧客や特定の地域、特定の流通チャネルなどに集中して経営資源を投入する。
スモールビジネスには差別化戦略が向いており、市場のニーズをしっかりと把握した上で、製品自体はもちろん、流通チャネルやブランドイメージの差別化、ニッチなターゲットに絞り込むなどの戦略が成功のポイントとなるだろう。
3.適切な集客の仕組みを作る
スモールビジネスに限らず、ビジネスで欠かせないのが集客である。自社の製品サービスがどれだけ利益率が高くても、売れなければ意味がない。そのため、集客については自社での取り組みや外部サービスの利用などで適切に運用しなければならない。
集客で大事なのは、単に人を集めるのではなく成約につなげることである。そのため、例えば60代以上の高齢者がターゲットなのに、高齢者の利用が少ないSNSの利用は的確ではない。また、経営者がターゲットのビジネスなのに、決済権のない一般社員をターゲットとした媒体の利用や飛び込み営業などの売り込みは適切ではないだろう。
自社のビジネスモデルのターゲット顧客をしっかりと見極めて有効な集客手段を選定し、定期的にその効果をチェックすることが重要である。
4.ビジネスモデルは極力シンプルにする
スモールビジネスでも、製品やサービスの導入期・成長期・成熟期・衰退期という「プロダクト・サイクル」は存在する。製品やサービスそれ自体はもちろん、ターゲットとする市場によってはプロダクト・サイクルが短く、想定以上に衰退期が早まることもある。
そのため、成熟期の段階で次のビジネス案の実行に移ったり、事業を売却したりするタイミングも考えておかなければならない。その際には、ビジネスモデルがシンプルなほど軌道修正もしやすく、事業売却や引継ぎなども行いやすい。自らのスモールビジネスを立ち上げる段階で、中断する条件などについても考えおくことが理想的である。
5.利益率の高い仕組みにする
スモールビジネスは、生産力を高めたいと望んでも、そもそも事業に携わる人数が少ない。特に、経営者一人で行うようなビジネスの場合は、外部リソース活用のために外注化を行ったとしても、資金や管理面での限界があるだろう。そのため、スモールビジネスでは利益率が高いビジネスモデルを構築することが不可欠である。
研修講師やコンサルタントのように、時間的な拘束があるサービス業ならば、時間単価を上げるのは必須である。また、動画教材の提供によって実拘束時間を減らしたり、付加価値を提供したりするなどの工夫も有効だ。
スモールビジネスの成功事例
スモールビジネスには、さまざまな成功事例がある。個人ブログやYoutuberなどの成功例もあるが、ここでは、中小企業庁の『世界に挑む日本のスモールビジネス』から、いくつかの企業事例を紹介する。
・海外への生産委託で事業拡大:株式会社Beache
ペット向けのカジュアル衣料の企画・販売を行っている同社は、小型犬向けの商品に特化することで人気が高まり、生産委託先の中国企業との信頼関係を築き、売上の10倍アップを達成した。また、商品に消臭機能を付加した商品開発も行い、市場を拡大した。
・新興国への中古車販売で成長:株式会社ENG
同社は、所得水準が向上しているマレーシアなどの新興国を対象に、自社で販売していたレクサスやハリアー等の高級中古車を販売して収益を伸ばし、2012年には同国の販売シェア20%を達成している。新興国といったターゲッティングや、自社の販売力と中古車取扱実績がうまく結びついた事例である。
これら以外にも、さまざまなスモールビジネス企業の事例が紹介されているが、顧客ターゲットをニッチに絞る差別化戦略や、市場が開拓されていない海外市場に参入する集中戦略が多く取られている。
1人で設立できる会社の形態とは?
本業を持っていて副業を行う人を、一般的にはアントレプレナー(起業家)とは呼ばない。起業するということは、法人として登記し事業を展開することを指すことが多い。では、1人で設立できる会社の形態には、どのようなものがあるだろうか?
株式会社
株式会社は株式を発行して資金を調達し、その資金で経営を行う会社だ。日本で登記数が最も多い法人形態でもある。取締役会を設置しない場合は、取締役1人でも株式会社を設立できる。つまり、自分1人で株式会社を作ることができるのだ。
合名会社
合名会社は社員が出資者となり、「無限責任社員」だけで構成される会社だ。「無限責任社員」とは、会社が倒産した場合に連帯して責任を負う社員のことで、その債務が自分の出資した範囲を超えたとしても弁済しなければならない。2006年に施行された会社法以前は、2名以上の「無限責任社員」が必要だったが、施行後は1人でも設立できるようになった。
合同会社
合同会社は、アメリカのLLC(Limited Liability Company)をモデルにして新設された会社形態だ。2006年の会社法施行以前は、有限会社が設立しやすい会社形態だったが、施行後は合同会社を選ぶアントレプレナーが増えた。
合同会社のメリットは、まず設立時のコストにある。株式会社を設立する場合は、登録免許税や公証人の手数料で最低25万円ほど必要になるが、合同会社は6万円程度で済む。また合名会社や後に説明する合資会社と違い、合同会社は(間接)有限責任社員で構成される。会社が倒産した場合、債権者からの弁済申し立てに対し、自らの出資額を超える責任は負わない。
会社の規模が大きくなっても上場することができない、信用度が低く見られがちといったデメリットはあるが、その設立のしやすさと安全性から、多くのマイクロアントレプレナーが選択する会社形態だ。
合資会社
会社法で定義された4つの会社形態のうち唯一、1人で設立することができないのが合資会社である。合資会社は、有限責任社員と無限責任社員で構成されるため、設立時にそれぞれ1名以上いなければ設立できない。合資会社は決算公告の義務がない、株式会社に比べて設立時の費用が安く、手続きが簡単なことなどがメリットだ。
社員が1人でも社会保険に加入できるか?
たとえ社長1人で構成される会社であっても、健康保険法第3条と厚生年金保険法第9条の定めにより、社会保険への加入が義務付けられている。法人から報酬を受け取っている場合は、「適用事業所に使用される者」つまり「被保険者」となるからだ。
また、厚生年金保険についても「適用事業所に使用される70歳未満の者は、厚生年金被保険者とする」と規定されているので、加入しないという選択はできない。※ただし報酬が0円、もしくは社会保険料を下回るほど低い場合は、国民健康保険と国民年金に加入することになる。
それでも自由に稼ぐ新しいライフスタイルは魅力
起業の先進国はアメリカだが、日本でも終身雇用が当たり前ではなくなりつつあり、起業する人が増えている。特に近年は、政府による働き方改革の推進もあって、その傾向は加速しているようだ。
言うまでもないことだが、自由を得るということは、すべての責任を自ら負う覚悟が必要である。それでも、自由に仕事するライフスタイルには魅力がある。可能性とデメリットをよく考えた上で、1人での企業経営を考えてみたい。
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文・THE OWNER 編集部
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