要旨
● テレワークに関連する補助金・助成制度が政府や各自治体から次々と発表されており、これに伴って様々な需要が発生することが予想される。
● 現在は、専用の端末やカメラ等を購入する必要がなく、保有するパソコンやスマートフォンで通信可能なWeb会議システムがテレワークの主流になっている。直接的なコスト(需要)は、①初期費用、②システム利用料、③使用端末毎のソフト(アプリ)利用料の3点である。
● 財務省「法人企業統計季報」と、4月上旬時点のテレワークの普及率27.9%(パーソル総合研究所)に基づけば、すでにテレワーク導入済み企業の導入初年におけるマクロ的な需要は1.3兆円程度と計算される。すでに推奨・命令している40.7%の勤務先全てで普及すると仮定すれば、テレワーク導入に伴うマクロ的な特需は約1.9兆円程度が見込める計算となる。
● 以上の直接需要額(それぞれ約1.3、1.9兆円)から、関連産業への波及も含めた生産誘発額はそれぞれ約3.0、4.4兆円と計算される。また、付加価値誘発額はそれぞれ約1.2、1.8兆円程度となり、名目GDP比でそれぞれ約0.2、0.3%程度に相当する。
● しかし、テレワーク推進に伴い交通・外食・宿泊や光熱・水道、不動産関連等の需要が奪われれば、マクロ的にはただでさえコロナショックにより大幅な拡大が予想されるデフレギャップのさらなる拡大要因となり、デフレ圧力を増幅しかねない。
● テレワーク導入推進による生産性向上策を推進するには、それ相応の生活保障策やコロナ終息後の需要喚起策もセットで行われることが不可欠。
はじめに
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、必要性が高まっているのが、オフィスに出勤せずに業務を行う「テレワーク」である。人と人との接触が少なくなることから感染拡大の抑制に効果があるとされており、政府や各自治体はテレワークに関連する補助金・助成金制度を続々と発表しているが、これに伴って様々な需要が発生することが予想される。
そもそもテレワークとは、情報通信技術を活用した、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方のことで、「tele = 離れた所」と「work = 働く」をあわせた造語である。そして、テレワークは働く場所によって、自宅利用型テレワーク(在宅勤務)・モバイルワーク・施設利用型テレワーク(サテライトオフィス勤務等)の3つに分けられ、特に新型コロナウイルスの対策としては在宅勤務が推奨されており、国内の企業で取り組みが進んでいる。
そこで本稿では、テレワークの普及が国内経済に対してどの程度の影響を与えているかについて直近のデータを織り込んで試算してみた。
試算前提
テレワークのマクロ的コストを試算するにあたって、発生するであろうと思われる直接的なコスト(需要)として3つの視点から分析してみた。具体的には、①初期費用、②システム利用料、③使用端末毎のソフト(アプリ)利用料、の以上3点である。
(株)ワークスマイルラボが運営するサイト「ワクテレ」に基づけば、テレワークを行う際には「テレビ会議システム」か「Web会議システム」を導入するのが一般的とされている。そして、テレビ会議システムは場所が限られてしまうことや価格面から現在はWeb会議システムの方が主流になっている。
特にWeb会議システムは専用の端末やカメラ等を購入する必要がなく、保有するパソコンやスマートフォンで通信可能なため、比較的安価に導入できることが大きなメリットとされている。そして「ワクテレ」によれば、Web会議システムの一般費用は以下のようになっている。
- 初期費用:10万円
- システム利用料(月額):1万円
- 使用端末毎のソフト(アプリ)利用料(月額):1万円/台
(出所)ワクテレ
そして、例えば従業員10名で使用する場合、導入初年度で①初期費用10万円、②システム利用料1万円×12ヵ月=12万円、③端末利用料1万円×12ヵ月×10名=120万円、となり、合計142万円となるとしている。
現時点までの直接需要は1.3兆円程度か
このため、テレワーク導入のマクロ的な需要をはじき出すには、日本における法人企業の数と平均的な従業員数、テレワークの普及率が必要となってこよう。
まず、日本における法人企業の数と平均的な従業員数は財務省「法人企業統計季報」を用いた。直近2019年10-12月期調査によれば、資本金1000万円以上の法人企業母集団、人員はそれぞれ955,041社、37,328,766人となっている。これに基づけば、法人企業の平均従業員は37,328,766/955,041=39.1人となる。
一方、テレワークの普及率は、4月上旬時点で27.9%(パーソル総合研究所)である。したがって、仮に先に示したテレワークにかかる一般的費用に基づけば、すでにテレワーク導入済み企業の導入初年におけるマクロ的な需要は、初期費用10万円+(システム利用料1万円+端末利用料39.1万円)×12ヵ月×955,041社×普及率27.9%≒1.3兆円と計算される。
なお、パーソル総合研究所27.9%の普及率により正社員だけで約760万人がテレワークをしていると国勢調査に基づき簡易推計しているが、今回の試算に伴いテレワークをしている人数は非正社員も含めて約3733万人×27.3%=1,041万人となるため、ある程度整合性が取れているといえよう。
現時点までの潜在直接需要も含めれば1.9兆円
さらにパーソル研究所の調査では、勤務先からテレワークを命じられている人が13.7%、推奨されている人が30.6%だったことからすれば、仮に推奨・命令を合わせた40.7%の勤務先で普及すると仮定すれば、テレワーク導入に伴うマクロ的な特需は約1.9兆円程度が見込める計算となる。
以上のように算出された直接需要額(それぞれ約1.3、1.9兆円)から、総務省の産業連関表(2015年)を用いて、関連のある産業への間接波及額も含めた生産誘発額を試算(インターネット付随サービスの生産誘発係数を使用)してみると、その額はそれぞれ約3.0、4.4兆円と計算される。また、同様に産業連関表を用いて、部門別の粗付加価額/国内生産額をもとに付加価値誘発額を試算すると、その額はそれぞれ約1.2、1.8兆円程度となる。この額は、名目GDP比ではそれぞれ約0.2、0.3%程度に相当する。
テレワーク導入に逆に削がれる需要もある
しかし、以上の試算については幅を持ってみる必要がある。というのも、今回は規模が不透明なため考慮していないが、上振れ要因として、パソコン、タブレット、VPNルーター等機器の購入・設置・設定・保守・導入運用サポート・リース費が生じることが考えられる。
一方、テレワークで削減されるコストもある。例えば、在宅勤務に伴い通勤費を削減できる。また、在宅勤務により出勤者が減少した場合やモバイルワークを導入してフリーアドレスを導入すれば、オフィス賃料や光熱費が削減できる可能性がある。さらに、育児・介護理由やパートナーの転勤・結婚など引っ越しによる退職を在宅勤務で防げれば、採用・教育費も削減される可能性がある。そのほか、訪問先近辺のシェアオフィスでモバイルワークをしてそのまま帰宅したり、会社に戻らず訪問先から直帰して自宅でその後の仕事を行うと交通費や残業代が削減され、拠点間でウェブ会議を導入すると出張費を削減することもできる。
しかし、これらはいずれも交通・外食・宿泊関連産業の需要や雇用者報酬などを削ぐ可能性がある。つまり、テレワーク推進に伴い関連分野に限れば一定の需要拡大効果は見込めるものの、交通・外食・宿泊や光熱・水道、不動産関連等の需要が奪われれば、ミクロ的な企業経営の視点では生産性向上につながるかもしれないが、マクロ的にはただでさえコロナショックにより大幅な拡大が予想されるデフレギャップのさらなる拡大要因となり、デフレ圧力を増幅しかねないものと思われる。
したがって、テレワーク導入推進による生産性向上策は、新型コロナウイルスの対策としても不可欠であるが、それを推進するにはそれ相応の生活保障策や、コロナ終息後の需要喚起策もセットで行われることが不可欠といえよう。
最後に、試算は多くの前提、推測を元に算出してあり、特需の規模も振れることが考えられることを付け加えておく。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣