古尾谷 裕昭
古尾谷 裕昭(ふるおや・ひろおき)
ベンチャーサポート相続税理士法人(相続サポートセンター)代表税理士。昭和50年生まれ、東京浅草出身。税理士・司法書士・弁護士・行政書士・社会保険労務士・不動産会社が在籍しているベンチャーサポートグループの中核を担う「ベンチャーサポート相続税理士法人」を率いている。相続税の申告のみならず、相続登記、相続争い、事業承継(M&A)、遺言書作成、民事信託、資料収集から不動産売却や財産コンサルティングまで様々な業務に対応している。年間の相続税申告1,000件超(令和1年度実績1,247件)であり、国内最大級の資産税チームを築き上げた。

事業承継をサポートする企業再生ファンドが増加傾向だ。事業承継を契機として企業再生に取り組むケースがあり、企業再生と事業承継は互いに関連している。今回は、事業承継における企業再生ファンドの役割を説明する。経営問題の解消に役立てるとよいだろう。

企業再生ファンドとは?

企業再生ファンド
(画像=Natee K Jindakum/Shutterstock.com)

企業再生ファンドは投資ファンドの一種である。わが国では、三菱自動車の企業再生を成功させたニューホライズン・キャピタルのように、事業承継案件に強い企業再生ファンドが有名である。早速、企業再生ファンドの特徴を説明していこう。

企業再生ファンドの特徴

事業承継を目的に企業再生ファンドが活用されるケースが増えている。企業再生ファンドは、業績の悪化した事業を買収し、その事業価値を高める投資ファンドだ。上場またはM&Aによる売却で投資回収を図る。

保有しているだけで事業価値が増大する優良企業を買収するバイアウト・ファンドと異なり、投資した事業に対してハンズオンで経営支援する点に企業再生ファンドの特徴がある。

企業再生ファンドの事業承継における役割とは?

事業承継問題を抱える経営者のもとには、多くの投資ファンドから買収の提案が集まる。

しかし、経営難の企業にむらがる投資ファンドにハゲタカのイメージを重ね、身売りしたくないと考える経営者が多いようだ。事業承継でM&Aを検討する際、投資ファンドは買い手候補にふさわしいのだろうか。

結論を述べると、買い手候補として最初に検討すべきは同業者や競合他社であり、その次が投資ファンドだろう。

同業者や競合他社が買収に難色を示すような事業は、業績が悪化していたり、将来の成長可能性が乏しかったりする。そのような場合、M&Aを成功できる買い手を見つけなければ事業承継が実現しない。

つまり、企業再生ファンドのように事業価値を向上させるノウハウを持つ買い手が求められる。

投資ファンドであれば、気軽に売却相談を持ち込んでもM&Aをスムーズに進めてくれるほか、情報漏洩の問題もない。また、企業再生の経験があるので事業性評価にも慣れており、買収の判断スピードも早い。

具体的な事例として、中小企業基盤整備機構が民間の企業再生ファンドと手を組み、企業の事業承継に力を入れている。

企業再生ファンドのビジネスモデル

企業再生ファンドの活用を検討するのであればビジネスモデルを知っておいて損はない。ここからは企業再生ファンドの仕組みについて解説していく。

企業再生ファンドの投資回収

企業価値ファンドは、他の投資ファンドと同様に投資額を上回る価額で投資回収することが本業である。しかし、一般の事業会社も投資回収を目的とするため、経営指標は一般の事業会社と相違ない。

買収案件の検討では、投資利回り(投下資本利益率)を尺度とし、投資の採算性が分析され、投資の意思決定が行われる。1年間の投資利回りは投資期間全体の利回りを投資期間で割ったものと考えてよい。

企業再生ファンドの狙い

企業再生ファンドの狙いは下記の2点だ。

  • 投資全体の利回りを高くする
  • できるだけ短期間で回収する。

企業再生ファンドによる企業再生はボランティアではない。企業再生ファンドの運用資金は、スポンサーである投資家が出資または融資した資金であり、その投資期限は決められている。

最終的に投資先を現金化し、スポンサーに利益を分配しなくてはならない。

企業再生ファンドが投資する事業は?

企業再生ファンドは、短期間かつ高価格で転売できる企業を買収対象に選ぶ。ただし、時間が経てば事業価値が高くなるわけではなく、一般的なバイアウト・ファンドとは異なる。

企業再生ファンドが投資対象とする事業は、業績悪化により事業価値が低くなっているものが多い。放置しておくと、破綻する可能性もある。

それゆえ、企業再生ファンドは事業のオーナーになれば、事業価値を高めなければならない。

近年は、ファミリー企業として長年経営してきたものの、経営環境の急激な変化に適応できず、一時的に事業価値が低下してしまった老舗企業が増えている。

しかし、後継者がいなかったり、後継者がいても経営が厳しかったりすると自ら事業承継しづらい。それゆえ、M&Aによる第三者承継を模索するが、買い手が見つからず結果として事業承継できないという問題が生じる。

企業再生ファンドによる事業価値の向上

そこで登場するのが、後継者問題に悩む企業を投資対象にする企業再生ファンドである。

基本的な戦略は、社長の交代を契機に、対象事業に不足している経営資源を投入することだ。事業を再構築し、新たな発展や成長を目指す。

投資案件は、コスト削減で利益を捻出すれば事業価値が高まるほど簡単ではない。

中小企業の事業承継は、経営環境の変化が激しいため、その時に必要な経営資源が不足しているケースが多い。そもそも資金力に乏しいため、新事業に進出できず、新たに投資できないのが実情である。

不足する経営資源が資金であれば単純だが、もしそれが人材であれば採用難の現在は難しい課題である。

販売力であれば、ITやインターネットを活用したマーケティングによって打開策が見つかる。

いずれも会社の実情に応じた課題であり、事業価値低下の原因といえる。不足する経営資源を企業再生ファンドが補てんできれば、支援された対象事業は再び成長できる可能性がある。

企業再生ファンドが必要とする重要な資源

中小企業の課題として経営資源の不足を挙げたが、その中でも「経営者」という経営資源が不足している場合が難しい。

経営者は人材という経営資源の中核である。リーダーシップとマネジメント能力を発揮して、経営目標に向けて組織を機能させなければいけない。

事業と戦略によって組織は異なるから、その中心となる経営者は簡単に取り替えられない。

もし、従業員に後継者候補がいる場合、従業員承継が検討される。しかし、企業オーナーに株式を買取る資金力がないと、従業員承継は断念せざるをえない。

従業員承継に失敗しそうな事業であれば、企業再生ファンドが資金力のない従業員と手を組んでMBOを検討するケースもある。

その従業員が経営者として適任であれば、企業再生ファンドとしても仕事が楽になる。株主さえ変更できれば投資先の会社は順調に成長すると考えられるからだ。

経営者にふさわしい従業員がいない場合、企業再生ファンドが外部の経営者を対象事業の社長に任命する。候補となる人材は、同業かつ同規模組織の社長経験を持っていることが求められる。

通常は人材紹介会社に依頼して見つけるが、企業再生ファンドが自らヘッドハントすることもある。

経営者という経営資源は非常に貴重であり、探し出すことは容易ではない。しかし、企業再生ファンドが低迷した事業価値を高め、投資回収を成功させるには、優秀な経営者の存在が不可欠だ。

企業再生ファンドの戦略的な活用

事業承継においてM&Aが選択されるのは、後継者不在の場合だけではない。企業オーナーが若かったり、後継者がいたりするケースでも、戦略的にM&Aを行うこともある。

パターン1.自社の成長や事業価値の増大

同族株主による支配の継続にこだわらず、他社と経営資源を結合させることで、自社の成長を実現する。

例えば、上場企業のオーナーは、すでに創業者利潤も実現し、十分な富を築いているため、個人の利益よりも社会的な利益を優先する企業を目指すようになる。

低下した事業価値の増大によって永続的な成長を図るため、企業再生ファンドに売却されるケースも見られる。

パターン.2不採算事業の再生

複数の事業を営む企業グループが、一部の不採算事業の売却によって事業ポートフォリオを組み替え、グループ全体の企業価値を高めようとする場合である。

赤字から脱却するために不採算事業を売却するケースや、借入金返済のために子会社を売却するケースもある。

収益性の低い不採算事業を企業再生ファンドに売却することで、資金を回収できる。その資金を収益性の高い事業に投下すれば企業グループ全体の収益性を高められる。

事業承継やグループ経営にせよ、事業価値を向上させるには専門家が適任である。経営問題の解消に企業再生ファンドを役立てることを検討したい。(提供:THE OWNER

文・古尾谷 裕昭(税理士)