鈴木 まゆ子
鈴木 まゆ子(すずき・まゆこ)
税理士・税務ライター。税理士・税務ライター|中央大学法学部法律学科卒業後、㈱ドン・キホーテ、会計事務所勤務を経て2012年税理士登録。「ZUU online」「マネーの達人」「朝日新聞『相続会議』」などWEBで税務・会計・お金に関する記事を多数執筆。著書「海外資産の税金のキホン(税務経理協会、共著)」。

事業承継は、会社だけでなく個人事業主においても重大なテーマです。今回は、個人事業主の事業承継のパターンと必要な手続き、税金の注意点についてお伝えします。

個人事業主の事業承継は会社よりも大変

節税策
(画像=wutzkohphoto/Shutterstock.com)

個人事業主の事業承継は、会社以上に大変です。その理由は以下の2つです。

会社は「自社株だけ」しかし個人事業主は「財産全部」

会社の事業承継を一言で言うと、「自社株の引き継ぎ」です。相続は亡くなった人の資産を引き継ぐことですが、事業承継において引き継ぐべき資産はすべて会社のものです。そのため、会社の事業承継では会社の所有権である自社株の評価額や税金を検討すれば、事足ります。

一方、個人事業主の事業承継では保有する事業用財産すべてが引き継ぎの対象になります。個々に財産評価をしなくてはならないため、時間と手間がかかります。また、債務も引き継ぐことになるため、承継者の資金力と、引き継いだ財産だけで弁済できるかどうかが問題になります。

「承継者」「被承継者」両方で手続きが必要

会社の事業承継は、自社株の引き継ぎだけで完了します。実際の手続きは、株主総会を開いて株主変更に関する承認を得、それを議事録に残しておくだけです。

一方、個人事業主の事業承継は承継者(相続人や受贈者)・被承継者(被相続人や遺贈者)の両方で手続きが必要です。被承継者が存命中に事業承継ができれば別ですが、亡くなった後の承継では承継者側の手続きも被承継者側の手続きも相続人や受贈者が行うことになります。

個人事業主の事業承継方法は3つ

個人事業主の事業承継には、以下の3つの方法があります。

1.事業譲渡

個人事業主の生前に、事業を誰かに買い取ってもらう方法です。親族・親族以外の個人が承継先となります。また、M&Aで事業を企業に売却することもあります。個人事業主が事業の負担から解放される、引退後の生活資金を得られる、などのメリットがあります。

ただし事業譲渡契約の締結や、取引先ごとの契約変更や許認可の取り直しなどの手間がかかります。また事業主が得た対価は、譲渡所得として所得税の課税対象になります。

2.贈与

個人事業主の生前に、親族や親族以外の従業員などに無償で事業を譲ることもあります。これは、法律上「贈与」として扱われ、贈与した事業用の財産には贈与税がかかります。生前に身近な人間に事業を譲ることができれば、現事業主は安心でしょう。ただし、別途何らかの収入源を準備しておかないと、引退後の生活で困ることになります。

3.相続

個人事業主の死亡によって、親族や親族以外の従業員などに事業が承継されます。これは、「相続」または「遺贈」による事業譲渡です。親族が承継者ならば相続税法上の節税策を講じることで税負担を減らすことができますが、親族外だと納税資金を準備しなくてはなりません。また、承継者とその周辺の人の心の準備ができていないために、承継後に事業が順調にいかないこともあります。

個人事業主の事業承継の手続き

ここからは、個人事業主の事業承継の具体的な手続きを見ていきましょう。

事業譲渡契約書または遺言書の作成

事業主の生前に有償または無償で事業を承継する場合は事業譲渡契約書が、事業主の死後の事業承継ならば遺言書の作成が必要になります。

被承継者は「廃業手続」

被承継者は、税務署や市区町村などの公的機関で廃業の手続を行う必要があります。事業主の生前ならば本人が、死後ならば承継者や他の相続人が行うことになります。

承継者は「開業手続」「許認可の再申請」

承継者は、税務署や市区町村などの公的機関で開業の手続をします。被承継者が青色申告の承認を受けていたとしても、それを引き継ぐことはできないので、改めて申請することになります。ただし、相続による事業承継の場合、消費税の納税義務は届出なしで引き継ぐことになります。

なお、承継する個人事業が行政機関の許認可を要するものならば、承継者は改めて許認可申請をする必要があります。

事業用財産の名義変更と契約のやり直し

個人事業の事業用財産は、個人名義です。承継したら、承継者の名義に変更する手続きをしなくてはなりません。

また取引先との契約も、承継者自身の名義で契約し直す必要があります。被承継者に事業に伴う債務がある場合は、その債務を引き継ぐための手続も必要です。

個人事業主の事業承継にかかる4つの税金

個人事業主が事業承継を行う場合、以下の税金がかかります。

1.贈与税

被承継者の生前に無償で事業承継を行うと、贈与税がかかります。事業承継を行った時が、贈与の発生と見なされます。贈与が発生した年の翌年の3月15日までに、贈与税の確定申告と納付をしなくてはなりません。なお、3月15日が土日や祝日になる場合は、その次の平日が期限となります。なお、2019年の贈与については、2020年4月16日が申告期限です。

事業承継の対象となる財産すべてが、贈与税の課税対象になります。贈与税の申告・納付は、事業用財産を受け取った承継者が行います。通常、承継する財産には現預金や固定資産、売掛金などのプラスの財産と、買掛金や借入金などのマイナスの財産があります。

この2つを同時に贈与することを「負担付贈与」といいます。負担付贈与で贈与税が課税される金額は、プラスの財産をマイナスの財産で相殺した後の金額です。

贈与財産の金額は、贈与時の時価です。贈与時の時価は相続の場合と同じように、相続税法に則って評価した価額になりますが、土地や借地権、家屋や構築物は例外です。これらの財産は、通常の取引価額が課税対象となります。

2.所得税

被承継者の生前に、承継者が対価を支払って事業を買い取った場合は、所得税の申告が必要です。所得税の申告は、事業を譲渡した被承継者が行うことになります。所得税は「受け取った金額-(事業譲渡した財産の取得価額+事業譲渡にかかった費用)」に課税されます。

申告期限は、譲渡した年の翌年の3月15日です。3月15日が土日や祝日になる場合は、次の平日が期限となります。なお、2019年分の所得税の申告期限は2020年4月16日です。

所得税の課税は、少し複雑です。譲渡した財産が土地建物なら「分離課税」、それ以外なら「総合課税」で課税されます。分離課税では20.315%(所得税15.315%、住民税5%)の税率で税額を計算するだけで済みますが、総合課税では他の所得と合計した金額に累進課税方式の税率が適用されます。所得が高くなるほど高い税率が適用されるので注意が必要です。

3.相続税

被承継者の死亡と同時に事業承継が行われると、相続税がかかります。原則、被承継者が亡くなった日が相続開始の日とされ、この日から10ヵ月以内に相続税の申告・納付を行わなくてはなりません。また、他に相続人がいたり遺言書があったりする場合は、遺言書の捜索や検認、遺産分割協議を行った上で相続税の申告を行う必要があります。

なお、相続による事業承継を行った場合は、被承継者の生前の事業所得について、所得税の準確定申告を相続人が共同で行わなくてはなりません。準確定申告の申告期限は相続税のそれよりも短く、相続開始があった日から4ヵ月以内です。

4.消費税

消費税は、消費税の課税対象となるモノ・サービスの売上高が1,000万円を超えると原則翌々年から納税義務が発生する税金です。

1,000万円超の課税売上がある事業を被承継者の生前に承継するケースでは、承継者側は基本的に2年間は消費税を納める必要がありません。事実上は事業承継であっても、消費税法では承継者が新たに開業したと見なされるからです。

ただし、相続によって1,000万円超の課税売上がある事業を引き継いだ場合は、承継者は1年目から消費税を納めなくてはなりません。消費税法では、相続による事業承継の場合は納税義務が引き継がれるからです。

消費税の納税義務の有無や課税対象となる資産の範囲は、少し複雑でわかりにくいかもしれません。わからない場合は、専門家に確認することをおすすめします。

事業承継における節税策と注意点

このように、個人の事業承継には税金がかかりますが、あまりに税金が高いと承継後の事業運営が難しくなります。承継後の事業を円滑するためには、以下の節税対策を講じるといいでしょう。ただし、それぞれに注意点があります。

個人版事業承継税制

個人版の事業承継税制は、事業承継に伴う相続税・贈与税の負担を軽くするための制度です。この制度を使って事業承継をすると、本来納めるべき相続税・贈与税の納付が100%猶予されます。ただし、以下の条件をクリアしなくてはなりません。

・事前に都道府県知事の認定が必要
・適用後は3年に一度税務署に報告しなくてはならない
・事業用件や贈与・相続の期間の要件を満たさなくてはならない

認定を受けるためには個人事業承継計画書を作成し、認定経営革新等支援機関(税理士など)の所見を記載しなくてはなりません。なお、不動産賃貸業など一部の事業は対象外です。また、すべての事業用資産が納税猶予の対象になるわけではなく、事業用の土地・建物と減価償却資産に限られています。利用方法が難しいことから、今のところはあまり活用されていないようです。

生前贈与

生前贈与は、事業承継に限らず相続税負担を軽くする方法として注目されています。個人版事業承継税制のメリットがそれほど大きくないと判断した場合は、こちらを活用して生前に事業用財産を少しずつ承継者に引き継ぐのも手です。

ただし、注意点が3つあります。1つ目は、他の相続人とのバランスです。生前贈与をしすぎると、相続時に「特別受益」として遺産分割の争いの原因になる可能性があります。また、他の相続人の遺留分を侵害するような生前贈与も考えものです。

2つ目は、被承継者と承継者の関係性です。財産を一部でも贈与するということは、事業に必要な財産が自分以外の人の手に渡ることになります。意思疎通が図れているうちはいいのですが、何らかの理由で対立すると、他人名義の財産であるがゆえに事業に支障が出る恐れがあります。

3つ目は、「本当に節税になるのか」という点です。昨今節税策として注目されている生前贈与ですが、「実際には相続したほうが税金が少なかった」という例もあります。通常の贈与は年間110万円までが非課税ですが、相続税の非課税枠は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」です。後述する小規模宅地等の特例なども併せて活用すれば、普通に相続したほうが節税効果が高いかもしれません。

小規模宅地等の特例

小規模宅地等の特例は、居住用や事業用の敷地を相続した場合に本来の相続税評価額が一定の割合で低くなる制度です。事業用の土地を承継者である相続人が相続すると、400平方メートルを上限として評価額が80%減額されます。

ただし、承継者が相続税の申告期限までに事業を承継・維持していること、土地を相続税の申告期限までに保有していることが条件です。なお、小規模宅地等の特例を用いることで相続税額が0円になったとしても、相続税の申告書を期限内に提出する必要があります。

個人事業主の事業承継の事前準備

個人事業主の事業承継は会社の場合と同様に、思い立ったらすぐにできるわけではありません。承継後の事業運営が順調に進むよう、以下のような準備が求められます。

事業承継するなら10年前から準備を

事業承継の着手は、現経営者が高齢や病気を理由に引退を考えたり、死亡したりしてからでは遅いです。承継者の育成や他の従業員、取引先などの関係者の理解がないと、承継後の事業が難航しやすくなります。

事業承継は、節税や資金対策、相続計画も含め、10年前から計画し着手するようにしましょう。

事前の話合いや対策で「承継者以外への配慮」を

個人財産のほとんどが事業用資産の場合は、承継者以外の親族への配慮も必要です。承継者がほとんどの財産を引き継いでしまい、その他の親族への財産がほとんどないと後々の争いの原因になります。

「なぜこの人に事業を譲るのか」「現在の財産の状況はどうなのか」「承継しない親族には何を渡すのか」などについて、事前に話し合っておくようにしましょう。

相続や贈与で事業承継をする際、やり方を間違えると他の相続人の遺留分を侵害したり、特別受益が問題となったりして遺産分割がまとまらないことがあります。生命保険などを活用して、他の相続人にも財産が行き届くように準備しておきましょう。(提供:THE OWNER

文・鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)