貸出動向:前年差は9.2兆円拡大
●貸出残高
6月8日に発表された貸出・預金動向(速報)によると、5月の銀行貸出(平均残高)の伸び率は前年比5.12%と前月(同3.14%)から大幅に拡大した(図表1)。伸び率はデータが開示されている1992年7月以降では最高を更新した。貸出の前年差は23.9兆円増と、4月の14.7兆円増から9.2兆円拡大している。
貸出の加速は、新型コロナウィルス拡大に伴う経済活動の縮小によって企業の資金繰りが逼迫し、資金を確保する動きが急速に広がったためだ。過去には、2008年のリーマンショック後にも資金繰りの逼迫によって貸出の伸びが大きく高まったが、今回の伸び率拡大ペースはリーマンショック後を上回っている(図表2)。リーマンショックを上回る速度で景気が落ち込み、企業の間で資金を確保する動きが強まったうえ、5月から政府の経済対策の一環として、民間金融機関での無利子・無担保融資制度が開始、日銀も銀行への資金供給制度を設け、貸出を後押ししていることが寄与している。
業態別の伸び率を見ると、都銀が前年比6.62%(前月は3.38%)、地銀(第2地銀を含む)が同3.81%(前月は2.93%)とともに大きく上昇したが、とりわけ都銀の伸び率拡大が鮮明になっている(図表3)。都銀が得意とする大企業向けで大口の資金需要が発生したためとみられる。また、これまで大企業を中心に広がってきたコミットメントライン(融資枠)の未利用額が4月末時点で34兆円あり、5月にこの利用(引き出し)が進んだことも一因と考えられる。なお、コミットメントラインについては4月末にかけて契約高も伸びてきており、今後の備えとしての需要も高まっているとみられる。
新型コロナウィルスの感染鈍化に伴って5月中に緊急事態宣言が解除され、以降経済活動は持ち直しつつある。ただし、コロナへの警戒が残るなか、経済活動の回復ペースは緩やかに留まることから、企業の厳しい資金繰り状況は続きそうだ。民間金融機関での無利子・無担保融資制度の利用が軌道に乗ることもあり、6月以降も貸出増加ペースの加速が見込まれる。
●貸出金利
なお、直近3月の新規貸出平均金利は、短期貸出(一年未満)が0.630%(前月は0.571%)と前月からやや持ち直す一方、長期貸出(1年以上)は0.686%(前月は0.690%)とほぼ横ばいになった。振れを均すために3カ月移動平均で見た場合(図表5)、長短貸出金利ともに過去最低圏での低迷が続いている。
貸出金利に影響を与える国債利回り等の市場金利はコロナ禍のもとでも横ばい圏で推移しているが、5月以降は、経済対策としての無利子・無担保融資制度の利用が銀行貸出金利の押し下げ要因になると考えられる(ただし、利子相当分は都道府県等から金融機関に補給される仕組み)。
マネタリーベース: 金融緩和強化の効果で増勢が加速
6月2日に発表された5月のマネタリーベースによると、日銀による通貨供給量(日銀当座預金+市中に流通する紙幣・貨幣)を示すマネタリーベースの前年比伸び率(平残)は3.9%と、前月(同2.3%)をやや上回った(図表6)。日銀の追加緩和によってETF・社債等の買入れが増加したほか、新たな金融機関向け資金供給オペの実施や短期国債の買入増加が伸び率拡大に繋がった(図表8・9)。
また、日銀券発行高の伸び率も前年比2.4%(前月は1.5%)と8カ月ぶりの伸びを示し、マネタリーベースの伸び率拡大に寄与した。経済活動鈍化が下押し圧力になったものの、昨年発生した10連休を控えた需要増の反動が緩和したほか、緊急事態宣言に伴う予備的な引き出しもあったとみられる。
一方で、貨幣流通高の伸び率は、経済活動の鈍化に加えて、キャッシュレス化が進展した影響を受けたとみられ、前年比1.0%と1年8カ月ぶりの低水準となった。新型コロナの感染防止に向けた接触低減の動きがキャッシュレス化を後押しした可能性もある。
なお、5月末時点のマネタリーベース残高は543兆円と前月末比で14.3兆円増加した。季節性を除外した季節調整済み系列(平残)で見ても、前月比12.2兆円増と高い伸びを示している(図表7)。
日銀は引き続き前向きな緩和姿勢を維持し、各種資産の買入れや資金供給を積極的に続けると見込まれることから、マネタリーベースの伸びは当面高まる可能性が高い。
マネーストック: 通貨総量の増勢はさらに加速、リスク性資産は低迷
6月9日に発表された5月のマネーストック統計によると、金融部門から市中に供給された通貨総量の代表的指標であるM2(現金、国内銀行などの預金)平均残高の伸び率は前年比5.11%(前月は3.69%)、M3(M2にゆうちょ銀など全預金取扱金融機関の預貯金を含む)の伸び率は同4.13%(前月は3.03%)とともに大きく上昇した(図表10)。伸び率はともに2004年4月の現行統計開始以降の最高を記録している。既述のとおり、企業向け貸出の伸びが大きく高まった結果、預金の伸びが押し上げられたことが主因となった。
M3の内訳では、普通預金等の預金通貨(前月7.88%→当月10.12%)の伸び率が大きく上昇し、2桁を記録したほか、現金通貨(前月1.75%→当月2.52%)の伸びも上昇している(図表11)。
一方で、CD(譲渡性預金・前月▲0.23%→当月▲8.33%)の伸びがマイナス幅を急拡大させたほか、定期預金などの準通貨(前月▲2.89%→当月▲2.80%)の伸びもマイナスが続いている(図表12)。
なお、広義流動性(M3に投信や外債といったリスク性資産等を加算した概念)の伸び率も前年比2.98%(前月は2.38%)と上昇した(図表10)。
内訳では、既述の通り、M3の伸び率が大きく上昇した一方、投資信託(私募やREITなども含む元本ベース前月0.3%→当月0.6%)、金銭の信託(前月0.7%→当月▲1.0%)、金融債(前月▲9.9%→当月▲10.9%)等リスク性資産の伸び率が低迷したため、広義流動性の伸びは相対的に控えめとなった(図表12)。
今後も企業の資金需要が強い状況が続き、貸出の伸び率上昇が予想されるため、マネーストックの伸びも当面高まる可能性が高い。
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上野剛志(うえのつよし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 シニアエコノミスト
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