内山 瑛
内山 瑛(うちやま・あきら)
公認会計士。名古屋大学法学部在学中に、公認会計士試験に合格。新日本有限責任監査法人に入所し、会計監査・コンサルティング業務を中心に研鑽を積む。2014年に同法人を退所し、独立。「お客様の成長のよきパートナーとなる」ことをモットーに、記帳代行・税務申告にとどまらず、お客様に総合的なサービスを提供している。近年は、銀行評価を向上させる財務コンサルティングや内部統制構築支援、内部監査の導入支援にも力を入れている。

企業買収には、新規事業展開にかかるコストの削減やリスクを低減できるといったメリットがある。しかし、企業買収にはデメリットもあり、資金が潤沢にあった優良企業が買収によって財務リスクを背負うこともある。今回は、企業買収のメリット、デメリットについて紹介する。

企業買収とは?

企業買収
(画像=Rido/stock.adobe.com)

企業買収は、ある企業や個人が別の企業の議決権の過半数以上を買い取ったり、ある事業部門を買い取ったりすることをいう。これは、数あるM&Aの形態の一つで、自社の経営の効率化や製品の高付加価値化、新分野への進出などを目的として、他の企業が持つ知識やノウハウ、これまで築いてきた顧客基盤などといった既存経営資源を取得する取引を指す。

通常、M&Aというのは、その名が示すように、企業の「合併」と「買収」のことであり、二つ以上の企業が一つになる「合併」と、ある企業が他の企業を買ったりする「買収」が組み合わさっている。また、M&Aのスキームには、株式譲渡や事業譲渡、資本提携などがある。

企業買収においては、買収元企業が、買収先企業の一定割合以上の株式を現金や株式交換によって取得することで、経営支配権を得る。議決権を有する株式の2分の1超を取得すれば、普通決議で社長を含む役員の人事権など、普通決議にて決められる会社の経営に関する支配権を得られる。

完全に経営権を掌握するには、3分の2を超える株式を取得することで、株式会社における重要事項の賛否を決定できる特別決議を、単独で行うことができるようになる。

企業買収の方法

企業買収の方法はさまざまであるが、今回は主要な5つの企業買収方法について説明していく。

1.株式譲渡

まずは、株式譲渡である。株式譲渡はその名の通り、株式の3分の2以上を取得して経営権を完全に獲得することで、対象の会社を買収するという方法である。

株式譲渡は、株式を移転するだけなので煩雑な手続は必要とせず、取締役会で決議した後に株式譲渡契約をすればすぐに実行できる。公的機関を通さずに、スピーディーに企業買収を完了させることができるのだ。

手続自体も簡略であるため、M&Aにおいて多くの企業で活用されている方法である。

2.株式交換

株式交換は株式譲渡と非常に似ている手法ではあるが、株式を現金で買い取るのではなく、買収対象の会社の元々の株主に対して、自らの会社の株式を取得させるという点で異なる(必ずではない)。

買収先の会社の株主は、一部の例外を除いて全て買収元である自社の株主となり、買収先の会社は100%子会社となる。株式交換は、株式譲渡と違って株主総会を開く必要がある。買収先企業の筆頭株主が、当該企業の取締役や役員のみの場合など、一定の条件を満たせば企業同士の合意のみで買収できることもあるため、柔軟に用いられる場合もある。

3.業務提携・資本提携

業務提携・資本提携とは、買収先と買収元の会社間で、物流や資材などの業務に関わるものや、株式などの資本を保有し合うことである。資本提携の中には、第三者割当増資などがある。

第三者割当増資による企業買収とは、買収対象会社が増資を行い、買収元である自社がその出資者となることで、議決権の3分の2以上(場合によっては2分の1以上)を取得して、支配下に組み込む買収スキームである。

4.事業譲渡

事業譲渡は、会社内の事業の一部もしくはすべてを譲渡するといった方法である。事業譲渡は株式譲渡とは異なり、契約の範囲内で承継するものを選択することができるため、不要な遊休資産や簿外債務、偶発債務などはあらかじめ除外することができる。

事業譲渡は、取引先や従業員との契約、事業の許認可の取り直しや不動産の移転など、買収に際しての手続きが多く、買収スキームとしては非常に複雑になる。また、事業譲渡はあくまで個別資産の売買になるため、消費税の課税対象となる。

5.会社分割

会社分割は、その会社の事業の権利義務や従業員などの全て、あるいは一部を分割して別の会社に承継させるという方法であり、あくまで組織再編の一種であるという点で、事業譲渡とは異なる。

会社分割には、「吸収分割」と「新設分割」の二種類がある。吸収分割は既存の会社に事業を吸収させる方法であり、「新設分割」は新たに設立した企業に事業を吸収させる方法である。

企業買収の5つのメリット

企業買収を行うことによって、新規事業展開や既存事業の拡大などにおいて、大きなメリットを享受できる。ここでは、企業買収のメリットを5つ紹介する。

メリット1.取引網や店舗網の統合による規模の経済性

企業買収によって、買収対象の会社が保有する、不動産や設備といった有形の資産はもちろんのこと、これまでに蓄積してきたノウハウや顧客情報、市場流通チャネルといった無形の資産を入手することができる。

これにより、サービス業であれば取引顧客が増加し、知名度の拡大も行いやすくなり、メーカーであればコスト低減による設備の稼働率引き上げも期待ができる。つまり、事業規模の拡大によって収益率を高めることができる「規模の経済性」を、短期間で享受することができるのだ。

メリット2.多角化による効果

ターゲットとなる顧客のニーズなどを絞り込む「一点突破型」のビジネスモデルは、非常に高い収益性を上げられる可能性がある反面、大きな損失を出してしまうリスクもある。事業における収益源を安定的に確保するためには、事業の多角化が必要になることもあるだろう。

企業買収は、自社とは異なるビジネスモデルを持つ会社を取り込むことが可能であり、事業の多角化に掛かる時間やリスクを大きく減らすことができる。

メリット3.新規事業への参入

自社で一から新規事業への参入を行う場合、立ち上げ資金の準備がうまくいかなかったり、事業を開始しても顧客の確保に苦戦するなど、さまざまなリスクが考えられる。事業多角化のメリットとも関連するが、既に実績のある会社を買収することで、新規事業参入へのリスクを大幅に軽減できる。

メリット4.既存事業の強化

既存事業の強化のために、魅力的な技術やノウハウをもっている新興企業など、他社を買収することもできる。自社のSWOT分析などを行った上で会社を買収することで、自社の弱点を補強したり、さらなる技術の向上を目指すことも可能なのだ。

メリット5.事業成長の短期化

新規事業の立ち上げや既存事業の拡大を自社単独でやろうとすれば、マーケティングや技術開発、従業員の教育まで多くの時間やコストがかかることになる。しかし、既に事業運営の基盤がある会社を買収すれば、自社が負担する可能性のあったコストや時間を削減することができる。

企業買収に否定的な意見の中には、時間をかければ同様の効果を自社努力で達成可能であり、コストも少なく抑えることができるという意見もあるかもしれない。ただ、企業買収することで、事業を育てるための時間やコストを削減し、ビジネスのさらに次の一手を打つ期間も短縮できる可能性があるのだ。

企業買収の5つのデメリット

企業買収することは、必ずしも自社にとってメリットばかりではない。ここでは、企業買収のデメリットを5つ紹介する。

デメリット1.キャッシュフローの悪化

企業買収において、自社の株式を対価に買収する株式交換ならば問題がないが、現金を対価とする株式譲渡の場合は、対象会社の株主に株式を交付するために資金の流出が生じる。余剰資金で行った場合はもちろん、金融機関からの借り入れで買収した場合でも、その借り入れはいつか返済しなければならない。

企業買収後に、当初の目論見通りに事業が上手くいけばいいのだが、経営環境が急激に悪化したり、シナジー効果を十分に発揮できずに経営が伸び悩んでしまうといった状況に陥ると、キャッシュフローが急激に悪化して、最悪倒産の憂き目にあってしまうこともあり得る。

デメリット2.買収先の会社との融合がうまくいかない

社風や従業員の待遇、働き方など、お互いの企業がこれまでに築いてきた企業文化には違いがあることがほとんどだろう。買収された側の企業としても、すぐに企業文化の変化を受け入れられるとは限らない。

企業文化の違いを認めた上で、きちんと融合することができなければ、シナジー効果を発揮しにくいのはもちろんのこと、買収先の会社の従業員の大量離職などが起こってしまうおそれもある。

デメリット3.優秀な人材の流出

企業の文化的な融合は問題なかったとしても、統合後の労働条件の変更や、旧所属会社などによる派閥争い、社内のいざこざなどによって、優秀な人材が外部に流出してしまう可能性もある。

買収先の会社においてキーパーソンとなる人材や今後の成長が期待される人材には、買収の話が出た段階から早期にコンタクトをとり、買収後の待遇や将来的なビジョンについて語り合い、しっかりと巻き込んでいくことが必要である。

デメリット4.簿外債務、偶発債務

買収をした後に、買収先の会社の貸借対照表に記載されていなかった簿外債務が発覚し、揉めてしまうケースがある。簿外債務として代表的なものが、従業員の退職金債務や、過去の契約や訴訟に基づく継続的な支払義務などである。

また、買収時点では債務はなかったものの、買収前に存在していたリスクが、買収後に顕在化する偶発債務のリスクもある。例えば、買収先企業の訴訟案件や訴訟に至らないトラブル、商品の重大な欠陥や環境破壊行為などである。

このような簿外債務や偶発債務を避けるためにも、企業買収の交渉時に行う財務面や法務面でのデューデリジェンスは非常に重要である。

デメリット5.のれんの減損リスク

のれんの破損リスクは、連結財務諸表を作成している会社において顕在化しやすい。通常、企業買収は、買収先企業の資産の時価と負債の差額である「時価純資産」の金額以上の金額で行われる。その差額を、連結財務諸表上のどの資産や負債にも属さない、対象企業の収益力を表現する「のれん」として計上する。

日本の現在の会計基準であれば、のれんは一定期間で償却されるが、仮に買収先の会社からの収益が期待したほどでなければ、のれんを一括で損失計上しなければならなくなることも想定される。仮に本業で利益が出ていたとしても、最終利益が大幅な赤字になってしまい、利害関係者からの評価が悪化してしまうことになりかねない。

なお、連結財務諸表を作成していない会社においても、関係会社株式(子会社株式)の評価の問題として顕在化してくるため、無関係とはいえない。

企業買収で気を付けたい点

企業買収で気をつけなければならないメリット、デメリットは上記の通り多岐にわたる。これらの企業買収のメリットやデメリットについて理解した上で、いかに自らの事業展開に有効活用するかが重要であろう。

企業買収においては、法務や財務などの専門的な判断が必要になる。企業買収のメリットを伸ばし、デメリットを少しでも減らすためにも、M&A等の専門家に相談しながら慎重に進めてもらいたい。(提供:THE OWNER

文・内山瑛(公認会計士)