トピック: 国債大増発、長期金利への影響は?

●国債は大幅な増発へ

新型コロナウイルス拡大に伴って今年度に入り立て続けに大型補正予算が編成された結果、現時点における今年度の新規国債発行予定額は過去最大の90.2兆円と前年度(37.1兆円)の2.4倍に達している。前回の世界的危機であったリーマンショック後(2009年度52兆円)と比べても1.7倍の規模となる。そして、借換債も含めた市中発行額を見た場合には、満期1年以下である短期国債の増発が目立つものの、今月以降、短期債から超長期債まで幅広く大幅な増発が行われる計画になっている。本来、ここまで大規模な国債増発となれば、需給の緩みへの警戒感から利回りが反発してもおかしくない。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

●日銀の積極的な国債買入れ方針が金利を抑制

しかしながら、長期金利(10年国債利回り)は足元で0.03%と、コロナ拡大前と大差ない水準に留まっている。その主因は、言うまでもなく日銀の存在だ。

日銀は今年3月の決定会合で新型コロナへの対応として国債買入れの積極化方針を表明し、以降実際に6月にかけて国債買入れ額を増加させているほか、6月末に公表された7月の長期国債買入れ予定(通称「オペ紙」)でも、残存期間10年以下のゾーンでのさらなる買入れ増額を示唆している。黒田総裁も、「国債増発が見込まれている状況を踏まえると、(中略)イールドカーブ(利回り曲線)全体を低位で安定させることが大事な状況」、「当面、国債の更なる積極的な買入れを行うことが適当」(6月17日総裁会見)と述べている。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

日銀の対応は財政ファイナンス色が強いため中長期的には金利上昇リスクへの不安が否めない。ただし、少なくとも短期的には「国債が増発されたとしても、需給が緩まないように日銀が吸収する」という安心感が市場に浸透しており、長期金利の上昇圧力を吸収する形となっている。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

●長期金利の見通し:上昇余地は殆どない

今後の長期金利の動向を考える場合、金利が低下に向かう可能性は低い。

国内金利に影響を与える米長期金利は既に1%を大きく割り込んでおり、FRBがマイナス金利政策に否定的であることを踏まえるとさらなる低下余地は小さいことから、米金利からの金利低下圧力の波及は考えにくい。また、日銀が長期金利の誘導目標を引き下げれば実際の長期金利も低下することになるが、金利の引き下げは金融機関の収益を圧迫し、コロナ禍での優先課題である企業の資金繰り支援にとって逆風になりかねないため、可能性は低い。さらに、今後、仮にコロナ感染の第2波が到来したとしても、追加の経済対策に伴うさらなる国債増発が予想されるため、金利低下要因にはなりづらい。

むしろ、今後も国債需給の緩みを背景とする潜在的な金利上昇圧力が続く可能性が高い。それに対して日銀が「どこまで金利上昇を許容するか」という点が今後の長期金利の動向を占う最大のカギになる。

ここで、現在の日銀の長期金利に対する方針を確認しておくと、まず、長期金利の誘導目標は「ゼロ%程度」で、「経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうるもの」とされている。具体的な変動許容レンジについては、2018年7月に弾力化がなされ、以降は「概ね±0.1%の幅から、上下その倍程度(つまり-0.2%~0.2%程度)に変動し得る」(2018.7.31黒田総裁会見)とされてきた。ただし、直近では既述の通り、新型コロナの拡大に伴う国債増発を受けて、「イールドカーブ全体を低位で安定させることが大事な状況」とされているため、「低位」がどの水準を意味しているかが重要になる。この点に関する日銀からの説明はないものの、日銀が許容できる長期金利の上昇余地は殆どないとみられる。

その理由は実質金利(名目金利-予想物価上昇率)の上昇だ。日銀は従来、実質金利の押し下げを通じて需給ギャップを改善させることを物価目標達成の主要経路と位置付けてきた。しかしながら、今年に入ってからは新型コロナの拡大を受けて需給ギャップが縮小し、4-6月期にはマイナス転落が必至の情勢になっている。一方で実質金利(10年)は上昇が顕著になっており、足元ではプラス圏に浮上している。名目金利(長期金利)は小動きに留まっているものの、新型コロナの拡大に伴う景気の失速と原油価格下落を受けて市場の予想物価上昇率(ブレークイーブン・インフレ率)が大きく低下したためだ。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

予想物価上昇率の動きは原油価格の動向などにも左右されるため不確実性が高いものの、今後も感染抑制策や自粛ムードが制約となって景気のV字回復が見込み難いため、当面、大幅に持ち直す可能性は低い。

予想物価上昇率が低迷を続ける中で名目金利の上昇を認めてしまえば、実質金利が一段と上昇して景気回復の逆風となるうえ、需給ギャップの悪化を通じて物価下落に拍車がかかりかねない。日銀としては、こうした事態は避けたいはずだ。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

また、日銀が長期金利の上昇を許容することは市場に悪影響を与えるリスクもある。金利上昇の許容が「金融緩和姿勢の後退」と受け止められて円高が進むリスクがあるほか、金利が上昇することで抑え込んできた財政や国債需給への懸念が喚起され、市場の不安定化に繋がる恐れもある。

従って、日銀は少なくとも年内は明確な金利上昇を許容せず、情報発信や国債買入れオペ運営を通じて金利が現状と大差ない水準に留まるようにコントロールするだろう。今後年末にかけて、長期金利は0.0%~0.0%台半ば付近で推移すると予想している。

●超長期金利には上昇余地も

一方、10年超の超長期金利についてはある程度上昇余地があると考えられる。日銀は2016年9月の総括的な検証以降、「超長期金利の過度の低下は望ましくない」とのスタンスを維持しているためだ。6月の総裁会見においても、「超長期金利の過度な低下は、保険や年金等の運用利回りを過度に低下させ、マインド面などを通じて経済活動に悪影響を及ぼす可能性がある」と従来のスタンスを繰り返したほか、7月の長期国債買入れ予定では、超長期ゾーンに限って買入れ額を増額しなかった。

こうした日銀の対応を受けて、超長期金利はやや上昇しており、20年国債利回りは足元で0.4%台前半にある。日銀は、「足許で一番重要なのは、イールドカーブ全体を低位で安定させること」(6月17日総裁会見)としているため、10年以下の金利に対する明確な上昇圧力にならない限り、超長期金利の上昇を許容するスタンスとみられる。20年国債利回りと長期金利の近年の利回り差を確認すると、2018年7月の長短金利操作弾力化以降の最大格差は0.5%強となっている。従って、既述の通り、当面の長期金利に上昇余地がほぼ無いとすれば、20年国債利回りの上昇余地としては0.6%弱が目安になる。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

いずれにせよ、最近では政府による国債の大幅増発による金利上昇圧力を日銀が国債買入れ増額で強力に抑え込んでいる形になっており、もともと強かった国債市場における日銀の影響力はさらに強まっている。日銀のさじ加減一つで金利が大きく左右されることになるため、市場との対話の重要性もこれまでになく高まっている。