厳しくなるインターネット広告への風当たり

インターネット広告
(画像=metamorworks/stock.adobe.com)

株式会社電通の推定(1)によれば、2019年のインターネット広告費はテレビメディア広告費を超えたという。スマートフォンの普及、そして端末性能や通信環境の向上によって、一層インターネットが身近になった。ニュースサイトやポータルサイト、検索サービス、SNS、動画共有サービス等、インターネットユーザーであれば、毎日のようにインターネット広告を目にしているだろう。広告が表示されるからこそ、無料で使えるサービスも多い。多くのインターネットユーザーの目に頻繁に触れるだけに、企業の広告・マーケティング戦略上、重要な手段となっている。広告を配信し表示する技術は高度化し、アドテクノロジー(アドテク)とも称される。ターゲティング広告等、データ活用とその収益化が最も進んだ分野でもある。米国のデジタル・プラットフォーマーであるグーグルやフェイスブックは、その売上のほとんどをインターネット広告から得ており、この業界では圧倒的な存在感を示している(2)。

これまで大きく成長してきたインターネット広告だが、足もとでは規制当局による風当たりが厳しくなっている。デジタル・プラットフォーマーによる垂直統合化・寡占化の弊害(デジタル・プラットフォーマーのサービスを使わざるを得ない状況にある取引先に対して、不適切な行為をしていないか)、プライバシーへの懸念(個人データの取得や利用、管理は適切に行われているのか)、透明性・公正性の問題(自動化プログラムの使用等を通じて広告配信数やクリック数を稼ぎ、不正に広告収入を得る「アドフラウド(Ad Fraud)」の問題等)といった点が論点になっている。

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(1)株式会社電通「2019年 日本の広告費」(2020年3月11日)  https://www.dentsu.co.jp/news/release/2020/0311-010027.html
(2)インターネット広告の概要等については、拙稿「インターネット広告業界への逆風、問われるサステナビリティ」(2020年3月2日) https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=63821?site=nli を参照されたい。

公正取引委員会とデジタル市場競争会議の中間報告

2019年10月に実施された政府のデジタル市場競争会議では、それまで調査を進めてきたオンラインモール、アプリストアに加えて、インターネット広告(デジタル広告)の市場も競争評価の対象とする方針が掲げられた。

それを受けて、公正取引委員会がインターネット広告市場の実態調査に着手し、2020年4月にはその中間報告(3)が公表された。事業者(広告主・広告代理店、広告仲介事業者、媒体社)向けアンケート調査では、デジタル・プラットフォーム事業者と交わしている契約に関して、「契約内容が一律的となっており,自社の意向を踏まえた変更ができない」といった回答が多かったという。また、多くはないものの、一部の事業者からは「デジタル・プラットフォーム事業者が提供するサービス以外の第三者のサービスの利用が禁止された」といった指摘もあったとされる。そして、不正行為であるアドフラウドについても、デジタル・プラットフォーム事業者の対策に「不満がある」との回答が多かったことが示された。また、消費者向けのアンケート調査では、検索サービスやSNSを運営する事業者による情報の収集・利用に対して、「(どちらかといえば)懸念がある」との回答が多かったことも指摘されている。こうした調査結果を受けて、「デジタル・プラットフォーム事業者が、当該プラットフォームを利用せざるを得ない事業者に対して,不当な不利益を与えていないか」、「デジタル・プラットフォーム事業者が提供するデジタル・プラットフォームにおける個人情報等の取得又は当該取得した個人情報等の利用が優越的地位の濫用として問題となり得るか」等の観点から、更なる実態の把握を行うとともに,独占禁止法・競争政策上の考え方の整理を進めていく、と結んでいる(図表1)。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

2020年6月には、デジタル市場競争会議がインターネット広告(デジタル広告)市場の競争評価について、中間報告を取りまとめた。今後の対応を行う上で、3つの基本方針に基づいて検討していく旨を示した(図表2)。「公正性」、「透明性」、「(消費者や事業者等市場関係者の)「選択の可能性」の向上、確保を重要な要素として掲げるとともに、イノベーションを阻害しないという配慮も見せた。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

また、具体的な10の個別の課題を列挙し、それぞれの対応の方向性も示している。例えば、アドフラウド等のインターネット広告市場の質に係る問題(透明性に関する課題)については、広告主・広告代理店・媒体社に対して、その実態をより分かりやすく情報開示することや、広告主・広告代理店・媒体社が、実態をトレースできるようにすることを求める可能性が言及されている。プラットフォーム事業者によるシステム変更やルール変更(手続き等の公正性に関する課題)については、取引先事業者への事前通知や理由の開示を求めたり、事前の十分な説明・調整等の手続面での公正性を確保する対応を求めたりする方向性が示唆された。また、個人データの取得・利用に関する懸念に関しては、どこで、どういったデータが取得されているか、得られたデータがどのように統合され、推論に活用されているか等について、より分かりやすい情報提供を行うこと、ターゲティング広告のためのデータの取得・利用について、事前に設定を変えることができるオプションを消費者に対して分かりやすく提示すること、ターゲティング広告を行うことをデフォルト設定にしないこと、等を求めることが具体的な検討オプションとして示されている。

こうした課題への対応策の詳細等について今後も検討・整理を進め、今冬には最終報告を取りまとめ、公表することを目指すという。

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(3)公正取引委員会「デジタル広告の取引実態に関する中間報告書」(2020年4月28日)   https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2020/apr/digital/200428betten.pdf

規制と成長・利便性のバランス

今後の議論を進める上で、規制と成長、利便性とのバランスをどう考えるかという視点は避けられない。広告主とすれば、過度な規制によってインターネット広告の使い勝手、有効性が落ちてしまうと、有力な広告手段を失うことになる。また、消費者にとっても、データ利用に関して同意を求めるポップアップが何度も表示されれば、利便性が落ちる。また、インターネット広告が表示されるからこそ、無料で使えるサービスもある。

とりわけ、プライバシーの懸念について、どのように議論が進められていくのか、またその過程で個人データの取得・活用に対して、消費者や事業者がどのように受け止めるかは重要なポイントになると思われる。議論の行方、消費者や事業者の受け止め次第では、インターネット広告に固有の問題にとどまらず、広くインターネット上のプライバシー、個人データの取得・活用をどう考えるか、という点にまで関わってくる。

アフターコロナ、ウィズコロナへの対応でデジタル・トランスフォーメーションが加速していく中、インターネット広告等のデジタル・マーケティングの重要性は増していく。また、非接触型のインターネット上のビジネスでは、消費者のインターネット上の行動履歴等のデータを取得し蓄積することができる。そのデータを上手に活用すれば、パーソナライズ(個別最適化)した商品・サービスの提案・提供等、ビジネスチャンスも増えるだろう。

一方、「行き過ぎた巨大IT企業、デジタル・プラットフォーマーの行いは是正すべきだ」という声だけでなく、「ターゲティング広告が鬱陶しい、追跡されているようで気持ち悪い」、「インターネット上で、自分のデータがどう活用されているのか分からず不安だ」といった声が少なからずある。規制当局のメッセージや、報道される内容次第では、消費者のマインドが「インターネット上の個人データ取得、活用は怖い」、「敢えて個人データの活用はしなくてよい(して欲しくない)」といった、(インターネット広告に限らず、)広く個人データを活用されることに対して、より慎重なスタンスに傾く可能性もある。個人データの活用を考える事業者としても、規制当局の動きや消費者のマインド次第では、デジタル・ビジネスを考える上で、個人データの利活用に慎重になることもあるだろう。

インターネット広告を「叩きやすい」環境ではあるのだろうが、単に叩くだけではなく、個人データ活用やイノベーションの推進への目配りも必要で、規制当局は難しい舵取りが必要になる。政府の成長戦略でも「デジタル市場のルール整備」が掲げられてきたが、真に必要なのは「個人データを利用させないためのルール整備」ではなく、「安心・安全で透明性のある個人データ活用が推進されるためのルール整備」であろう。ややもすれば、世の中に前者と受け止められがちな中、正しいメッセージを消費者や事業者等に届けていく必要があるだろう。政府、規制当局の今後の動向に注目したい。


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中村洋介(なかむら ようすけ)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 主任研究員・経済研究部兼任

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