M&A件数はどのように推移しているのだろうか。M&Aに悪い印象を持つ経営者も少なくなかったが、M&Aは事業承継の選択肢の一つとして当たり前となりつつあり、M&Aの推移にも変化が見られる。今回は、M&A件数の推移とともに、事業承継の手段についても解説していく。

日本国内のM&A件数の推移

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株式会社レコフデータの発表によると、1985年以降の日本国内のM&A件数は下記のように推移している。

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リーマン・ショックが発生した2008年以降に、M&A件数が落ち込んだ時期が数年あるが、全体としては増加傾向にあることがわかるだろう。M&A件数は、2019年に4,088件と過去最高となっており、1985年の260件から34年間でおよそ15.7倍に増加している。

中小企業のM&A件数の推移

続いて、中小企業のM&A件数の推移を確認してみよう。中小企業庁が、東証一部上場の大手M&A仲介業3社(株式会社日本M&Aセンター、株式会社ストライク、M&Aキャピタルパートナーズ株式会社)の公表データをもとに、中小企業のM&A件数を推計した結果は、下記の通りだ。

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中小企業のM&A件数も年々増加傾向にあり、2012年の157件から、5年間でおよそ3.3倍に増加した。M&A仲介業者を通さずにM&Aを実行する中小企業もあるため、実際の件数はこれより多いと想定される。

中小企業のM&Aが増加している背景

M&Aが増加した理由として、新設を行った企業数に比べ、他社を買収した企業数が増加傾向にあることが挙げられる。

経済産業省の「企業活動基本調査」をもとに中小企業庁がまとめたデータによると、2006年に買収を行った企業数・新設を行った企業数を100%とすると、2015年は買収を行った企業数が179.5%、新設を行った企業数が92.1%となり、企業が新設より買収を行うケースが増えていることがわかる。

グループ会社を新設するより、買収によって他社を小会社化した方が、コスト面などの観点からメリットが大きいと判断する企業が増えたということだ。

また、企業規模別に「買収により子会社・関連会社が増加した企業」の推移を確認すると、2006年を100%とした場合、2015年は大企業が89.4%、中小企業が179.5%となっており、大企業よりも中小企業の方がM&Aによる買収が増加していることがわかる。

M&Aによって会社の経験と歴史を受け継げる

例えば、とある地域で複数の飲食店を経営している会社があり、隣の地域に進出したいと考えたとする。この時、新規店舗を出店しようと思えば、出店予定地域における市場調査や競合調査を行う事はもちろん、新たに人を採用する必要もあるだろう。

しかし、オーナーが事業の売却を希望している飲食店が出店予定地域にあれば、その店舗を買収した方が買い手にとってのメリットは大きい。新たに人を採用する必要がなく、店舗の見込み客数も利益もある程度シミュレーションできるため、コストを大幅に下げることができる。

同時に、既存店舗がこれまで築いてきた顧客との関係や地域とのつながりなど、目に見えない資産も引き継げる。

M&Aで事業立ち上げリスクを減らせる

他にも、新規事業に乗り出す際に、買収を活用する手法がある。新規事業の立ち上げにはリスクがつきものであり、事業が十分な利益を出すまでに成長するには、数年単位・数十年単位の時間を要することも少なくない。

既に該当事業を行っている会社を買収すれば、事業を育てるためにかかる時間を短縮できる。M&Aを行うことで時間を買うことができるのと同時に経営上のリスクも低減できるのだ。新規事業に乗り出す際に、買収という手法は非常に効果的だ。

継者不足で事業承継に中小企業経営者は多く、買収候補先を探している企業と、事業の引き継ぎを目的としたM&Aが行われることがあり。こういったM&Aは、「友好的M&A」と呼ばれている。

ただ、M&Aにおいて、買い手と売り手の双方が、数多ある企業からM&Aの候補先を選ぶ事は容易ではない。そのため、M&A仲介業者が間に入り、買い手候補先・売り手候補先をマッチングすることが一般的だ。

経営者が知っておくべき事業承継の3つの選択肢

事業承継を行う際には、3つの選択肢がある。ここでは、それぞれの事業承継の特徴やメリット・デメリットを解説する。

親族内承継

親族内承継では、経営者にとっての親族に該当する子どもなどに事業を引き継ぐ。

親族内承継のメリットは、社員や取引先などの関係者からの反対も少なく、時間をかけながら身近で経営のイロハを伝承できることなどだ。一方で、親族内に後継者にふさわしい能力や素質を持つ候補者がいないこともあれば、候補者がいても承継を断られてしまう場合もある。

従業員承継

従業員承継では、自社事業を一緒に作り上げてきた役員や従業員に事業を引き継ぐ。

従業員承継の大きなメリットは、会社に関する理解が深く、実務経験が豊富で承継後もスムーズに事業を継続できることだ。一方で、役員や従業員の中から経営者たる器の候補者を見つけるのが困難だったり、例え候補者を見つけて承継を頼んでも、他の従業員への遠慮から断られてしまうケースもある。

M&A(合併と買収)

3つ目が、親族内や社内ではなく、第三者から広く後継者を探すM&Aだ。

M&Aのメリットは、後継者の選択範囲が広がるのと同時に、売却によって資金を得られることである。また、買い手企業側にとっても、新規立ち上げコストの削減や、事業内容によっては相乗効果が得られることなどがある。

一方で、事業を託したいと思えるだけの買い手候補先を探すためには、時間がかかるケースが少なくない。

M&Aの実施に向けて経営者が準備しておきたいこと

親族や役員・従業員への事業承継は困難な場合は、M&Aを検討する必要がある。M&Aを選択したら、割り切って前を向き、いい買い手候補先を探すことに専念することが大切だ。

M&Aを行う準備として経営者が行いたいのが、「M&Aの情報収集」「自社の現状分析」「周囲への相談」の3つだ。

M&Aに関する情報収集

まずは、M&Aの流れや進め方などを把握しなければならない。金融機関や商工会議所・事業引継ぎ支援センターのセミナーに参加したり、インターネットで情報収集するのもいいだろう。

M&Aを進めていく上で、税務・法務リスクの調査なども行う必要があり、専門家を介さずにM&Aを実行することはおすすめしない。専門的な知識を自分自身が身につける必要はなく、あくまでM&Aの大枠を押さえておくことが大切だ。

自社の現状分析

「自社のことは誰よりわかっている」と思う経営者は多いかもしれないが、現状分析が難航することは多い。自社の現状を知るには、客観的な視点で自社を見つめ直し、いい点や悪い点ともに、第三者目線でどう見えるかが重要である。

競合他社と比較したり、ベンチマーク指標を用いて自社の強みを数値的に把握するのもいいだろう。また、付き合いの長い取引先や顧客の声を参考にするのも効果的だ。自分では強と思わなかったことが、意外な強みだと気づくことも少なくない。

M&Aの買い手候補の探索をM&A仲介業者に依頼するならば、自社の特徴や強みを伝える必要がある。自社の強みや特徴を正確に伝えられないと、最適な買い手候補先とマッチングする可能性が低くなるのだ。また、マッチング後に自社の強みを適切にアピールできるかどうかは、売却価格にも大きな影響を及ぼす。

自社の現状分析を行うのに早すぎることはないので、優先的に取り組むようにしたい。

周囲への相談

M&Aについて、どのタイミングで誰に相談するかは意外と難しい。最初の相談先として、親族や顧問税理士を選ぶ経営者は多いだろう。また、気心の知れた友人に相談するケースもある。

身近な者以外のM&Aの相談先としては、取引先の金融機関、信頼のおける役員、公的な相談窓口である事業引継ぎ支援センター、コンサルタント、民間のM&A仲介業者などが候補として挙げられる。

M&Aについて周囲に相談する時に大切な事は、「誰にどんな目的で相談するか」を自分の中で整理しておくことだ。

例えば、親族内承継が難しくなってM&Aに切り替えるという場合は、相続の問題が絡むため、まずは配偶者に相談した方がいいかもしれない。その後で、M&Aについての情報収集のために、公的な相談窓口や顧問税理士に相談するといった順序が想定される。

相続の問題が絡まないならば、先に顧問税理士などとある程度話を詰めた後に民間のM&A仲介業者の話も聞いて方針を固めた上で、配偶者に伝えた方がいいかもしれない。

M&Aが具体的に進む前に情報が周囲に漏洩すると、従業員や取引先が不安を感じるのはもちろん、最悪の場合は従業員の転職や取引中止なども起こりうる。このような事態にならないよう、情報漏洩には十分配慮しながら、信頼のおける相手を厳選して相談することが大切だ。

M&Aは事業を後世に引き継ぐ一つの手段

事業承継は、経営者の最後の大仕事でもあり、親族内承継や従業員承継、M&Aのどれを選択するとしても、それぞれに悩みは尽きないものだ。

それでも、事業承継を行えば、事業を途絶えさせる事なく後世に遺すことができる。商品・サービスが次の世代へ存続していくとともに、従業員の雇用や取引先との関係性や、商品・サービスを受け取る顧客との信頼性を守ることもできるだろう。

M&Aは決して簡単ではなく、買い手先が見つからずに途中で廃業が頭をよぎることもあるかもしれない。その時はもう一度原点に立ち返り、なぜ事業を承継したいのかを自分の胸に問うてみることが大切だ。(提供:THE OWNER

文・木崎涼(ファイナンシャルプランナー、M&Aシニアエキスパート)