数多くの起業家が夢や使命感を抱いて創業する時代となった。中には一代で財を成す創業者もいるが、極一部の華々しい成功だけが人々の生活を向上させているわけではない。では、創業の社会的な意義はなんだろうか。創業支援補助金を紹介しつつ創業の意義を考えてみたい。
日本経済における創業の意義
創業の社会的意義を考えるために、現在の日本経済が解決すべき問題に立ち返ってみよう。
堅調な日本経済に潜む落とし穴
2008年のリーマンショックと2011年の東日本大震災で8,065円まで下がった日経平均株価は、2012年末の第二次安倍内閣発足以来堅調に回復。2019年12月や2020年1月には24,000円台を上回る数字をつけた。
中小企業に限った統計でも、経常利益は2008年から約2倍にまで向上し、中小企業向けの融資額も2012年以来上昇カーブが続いた。
倒産件数は2009年以来10年連続で減少。2018年は8,235件であり、バブル期以来28年ぶりの低水準をマークしている。このように、日本経済は堅調に見えるが、別の指標からはネガティブな一面が読み取れる。
休廃業と解散件数の増加である。休廃業や解散では、資産が負債を上回る資産超過状態で事業を停止したり、法人格を消滅させたりする。つまり、経済のプレイヤーが消滅することをさし、日本経済や地域経済に悪影響をもたらす。
休廃業や解散の件数がここ数年増加傾向にあり、2018年には4万件を超えてしまった。その原因は、経営者の高齢化と後継者不足である。
日本が期待する創業の役割
このような状況に市場や行政が介入していく。中小企業庁の事業承継補助金をはじめ、多くの自治体でも優良企業の廃業を防ぐための施策を講じ、M&Aの市場規模も2012年から拡大している。
しかし、こうした民間によるM&Aの仲介は売上高約3億円以上の企業を手掛けることが多く、3億円に届かない企業の承継に対してはあまり機能していないのが現状だ。
小規模ながらも優良な企業は、地域のニーズを過不足なく引き受けているケースが多い。小規模といえども、廃業による地域の経済的打撃は大きい。
高齢化する経営者の引退は避けられないが、M&Aによる事業承継が難しい場合もある。地域経済を維持できるよう、起業・創業でライフサイクルの若い企業を増やしていくしかない。
つまり、起業大国を目指す政府が期待する創業の役割は、未来の地域経済を支えていくことにある。未来のAmazonやAppleを創造することだけではない。
理想とは程遠い現状
日本における起業・創業の状況について、中小企業庁による「中小企業白書2014」のデータをもとに確認してみよう。
起業希望者は1997年以来減少傾向にあり、2012年には約半分にまで減っている。一方で、実際に起業する人の数は1979年からほとんど変わっていない。
そのほか、選好度と呼ばれる指標で外国と比較してみよう。選好度とは、自営業者と被雇用者を選択できる場合に自営業者を選択すると回答した者の割合をさす。
自営業の選好度はアメリカが50%、フランスが40%であるのに対し、日本は22.8%にとどまっている。起業家や起業・創業の選択に対する社会的評価が低いとうかがえる。
さらに、起業・創業に関するコストや手続きを総合的に評価した世界銀行の調査では、日本の起業環境は総合順位で120位と低迷。OECD34か国中では31位とほぼ最下位に位置する。
このような環境を反映しているデータもある。産業の新陳代謝を表す開廃業率は、欧米諸国が8~15%を推移しているのに対し、日本では4%前後にとどまっている。
つまり、高齢化と人手不足による廃業が先立ってしまった結果、新興企業の供給が追い付いていないのだ。こうした背景を踏まえ、国や自治体では創業者向けの支援制度を数多く用意している。
大きく分けて、起業に必要な知識やネットワークを提供する起業塾や起業家を育成するセミナー、創業資金の融資・補助に関する仕組みなどだ。
創業を支援するネットワークと補助金制度
創業に苦戦が強いられる場面もあるだろう。創業を支援するネットワークや補助金制度などを有効活用するとよい。
創業を支援するネットワーク
将来的に創業したいのならば、起業家を育成する機関にアクセスするとよい。
地域の商工会や商工会議所のほか、中小企業支援センターがある自治体もある。こうした組織が開催する起業セミナーに参加すれば、会社経営の基礎知識を獲得できる。
それ以上に起業家のネットワークに参加できるメリットも見過ごせない。同じ志を持つ起業家とつながれば、自分に不足している能力やスキルなども明確になる。加えて、起業を断念せざるをえない時にも相談できる。
起業家同士のネットワークから新たな販路が生まれたり、困った時に頼れる人材・制度を紹介してもらえたりすることも多い。
2013年に中小企業庁が委託した「日本の起業環境及び潜在的起業家に関する調査」の結果からも、このことが見て取れる。起業を断念しそうになった時の相談相手は、「起業仲間や既に起業した先輩起業家」が「家族・親戚」や「友人・知人」に次いで三位に位置する。
創業プランが革命的でない限り、創業初期は地域や業界のネットワークで支え合うことになるだろう。
こうした公的な支援機関の中には、有望な創業プランに対して「特定創業支援」の認定を出すところもある。
民間のコンサルタントや金融機関と連携して、有望な創業プランをフォローする計画に対し、国から「創業支援補助金」が下りるのだ。
この認定を受けると、会社設立の際に登録免許税が半額になるほか、創業関連保証制度を利用して創業資金の融資を受ける際に保証限度額が1,000万円から1,500万円に増額される。
さらに創業時にもらえる補助金の中には、特定創業支援の認定が条件になっていたり、認定によって増額されたりする制度もある。
認定を受けた創業者は地域経済の未来を担う存在と期待され、地域で重点的にサポートされる。事業が軌道に乗る前から地域経済の輪に入れるのは心強いだろう。
創業に役立つ補助金制度など
資金面でも公的な支援をフル活用したい。創業に関する国からの支援は、各地の商工会議所・商工会などを通した間接的なものに過ぎない。
あくまで創業する地域の自治体が用意した創業支援補助金を利用することになる。補助金の内容は地域によって差があり、各地のニーズに応じて個性がある。
制度1.創業助成金【東京都】
東京都の公益財団法人「東京都中小企業振興公社」による創業助成金は、主に会社設立に必要となる経費を支給する。
賃借料や広告費、器具備品購入費、産業財産権出願・導入費、専門家指導費、従業員人件費などに対して、最大300万円が補助される。
制度2.クラウドファンディング活用支援補助金【千葉県】
創業時に利用するクラウドファンディングの手数料やPR費用に対して、最大25万円が受け取れる。
創業・起業の社会的意義が地域経済にあるならば、創業プランの目的を社会に問えるクラウドファンディングを支援するのは合理的といえよう。
制度3.ストック活用型商い創出事業【札幌市】
札幌市では、空き家や空き店舗を利用して開業する起業家に補助金を交付している。店舗の改装費や付帯設備の設置費など、初期費用に対して最大200万円が補助されるほか、モデル事業として市の媒体で広報してもらえる。
この補助金を使って2019年の11月に開業したのが「大地のコーヒー」である。13年間コーヒー店で修業した山下大地氏が自家焙煎のコーヒーを提供している。
開業費用は、店舗改装費をはじめ宣伝費や備品購入費など700万円かかった。開業資金は、借入が200万円、補助金が200万円、自己資金が300万円だった。
開業資金の30%を創業支援補助金で補っている。創業支援補助金を活用しない手はないだろう。
空き家問題と地域経済の担い手不足に悩む自治体もある。空き家や空き店舗を活用して創業する際の補助金は、このような自治体で用意されるケースが多い。
創業が支援されるのはなぜか?
開業者の年齢や志向、専門性など、創業の背景は実にさまざまである。
美容室や飲食店のように初期設備投資にまとまった資金が必要な業種もある。ウェブサービスやコンサルタントのように設備費用を抑えられる反面、マーケティングや新規顧客の開拓に工夫が必要な業種もある。
したがって、業種によって必要な支援が異なるのはいうまでもないだろう。同様に、地域のニーズや行政の思惑も場所によって異なる。
特定創業支援の認定を受けたくても地元の機関から理解を得られないなど、自分の創業プランに合致する支援が受けられないケースもあるかもしれない。
しかし、創業に求められる社会的意義が地域経済の担い手ならば、そうした社会のニーズに応えることこそ起業家の存在意義といえる。
自治体や支援機関のニーズに合致する創業プランならば、顧客のニーズに応えられる可能性が高く、結果として成功しやすいだろう。
ここで、起業・創業を志す方を後押しするデータについて「中小企業白書2017」から紹介したい。起業・創業のしやすさでは世界120位に位置する日本だが、5年後の生存率は欧米諸国の約2倍の数値を誇っている。
起業・創業にあたって入念な準備を促し、開業後に地域や行政が一体となってサポートする体制が、こうした生存率の高さに顕れているのだろう。
日本では、起業家が正当な評価を受けられていないかもしれない。だからこそ、それでも起業を志す人材は貴重であり、創業支援補助金や創業セミナーなどを通して大切にサポートされるのだ。
※参考・引用
中小企業白書2018
中小企業白書2017
中小企業白書2014
令和元年度参考事例集「札幌市ストック活用型商い創出事業」
(提供:THE OWNER)
文・奥平聡