近年、働き方改革が推進されている。みせかけの施策に取り組み、会社の負担や従業員の不満を増大させては本末転倒だ。今回は働き方改革の目的と助成金を整理し、成功例を分析する。会社に好循環をもたらす働き方改革について思索していこう。

イメージばかりが先行する働き方改革

助成金
(画像=naka/stock.adobe.com)

「働き方改革に取り組んだ結果、京都にある小さな飲食店の残業はゼロになり、売上やサービスも向上。求人には転職希望者が集まった。」

働き方改革の成功事例が国のホームページで紹介されている。

一方で、働き方改革は余裕のある大企業だけが赤字覚悟で取り組むキレイゴトだという声もある。「プレミアムフライデー」がそのことを象徴しているのではないだろうか。

スローガンとイメージばかりが先行する働き方改革だが、2020年の4月から中小企業にも時間外労働の上限規制が適用された。半強制的にすべての企業が働き方改革に取り組まなければならない。

働き方改革のねじれたロジック

首相官邸のホームページでは、「日本経済の再生には、付加価値生産性と労働参加率の向上を図ることが必要」とある。働き方改革は「正規・非正規の不合理な処遇の差」、「長時間労働」、「単線型の日本のキャリアパス」を是正することが三本柱になっている。

三本柱で「生産性」と「労働参加率」の向上を目指すという理屈だが、ここに矛盾が存在する。

長時間労働を禁じれば企業は現役で働いていない人材を労働力として求める。単線型のキャリアにこだわらず正規・非正規を平等化すれば、労働市場に参加する人材の幅も増えるに違いない。

しかし、生産性の向上はどうだろう。単線型キャリアパスから外れた人材の生産性が高いとは限らない。

生産性の定義を確認してみよう。

       付加価値       
(労働投入量(労働時間×労働人数))

この式から、長時間労働の是正が生産性の向上に関係しているとわかる。分母の労働時間を減らせば生産性は上がっていく。しかし現実は、労働時間を下げれば付加価値も下がる。

「働き方改革こそが労働生産性を改善するための最良の手段」だと打ち出されてきたが、正しくは「生産性を向上すれば労働時間を短くできる」なのだ。

要するに、「長時間労働」、「単線型の日本のキャリアパス」を是正しても、生産性を向上させられない。

厚生労働省の資料では、「システムや設備の見直しによる生産性の向上」で残業時間を削減した成功例を紹介している。ロジックは正しく、再現性も高い。

基幹業務システムの刷新によって作業効率を向上したり、ベルトコンベアの導入で時間当たりの生産量を増やしたりすることは、働き方改革と関係ないように見える。

それこそ昭和時代から取り組まれていたように思えるが、付加価値の増大より労働時間の削減を選択すれば、これも立派な働き方改革といえる。

※参考(厚生労働省):シリーズ「働き方改革」の成功例

生産性の向上に役立つ助成金

とはいえ、生産性の向上を目的とした設備の導入にはお金がかかる。今は導入できないという経営者も多い。

その点、国は手を打っている。ここからは厚生労働省による設備投資資金を紹介しよう。

制度1.業務改善助成金

働き方改革に関連する厚生労働省の助成金に業務改善助成金がある。生産性向上を目的とした設備投資に対し、最大450万円を補助する。

条件を満たせば助成率は9/10になる。たった1割の負担で、働き方改革に参加できるとなれば利用しない手はないだろう。

働き方改革では、「生産性向上の成果を働く人に分配すること」も謳われている。業務改善補助金をもらうためには従業員の給料を一定以上引き上げなければならない。

しかし、人手不足が深刻な今、他よりも労働時間が短く給料が高い会社は、求人市場で大きな強みになる。これも働き方改革に取り組むメリットと考えるべきだろう。

制度2.働き方改革推進支援助成金

業務改善助成金は、人数が100人以下の事業所に限られ、対象外になる中小企業も多い。その場合に利用できるのが働き方改革推進支援助成金だ。

これは2020年4月から時間外労働等改善助成金が改称されたものである。労働時間の削減や休暇制度の導入、賃金アップなどの働き方改革に取り組んだ成果に応じて、最大で合計490万円の助成金が支払われる。

しかし、形式上労働時間を減らしたり賃金を増やしたりする規定を作っても会社側に負担が増える働き方改革になってしまう。

大切なのは、生産性の向上が見込まれる取り組みで目標を達成することだ。幸い、支給対象となる取り組みには「労働能率の増進に資する設備・機器などの導入・更新」や、「労働者に対する研修」が含まれている。

助成金額は対象経費の3/4(条件を満たせば4/5)以内という規定があるので、生産性の向上を見込める施策に投資しやすい。

労働時間の削減と給料の増加で労働力とモチベーションを確保できる。会社の生産性を向上させ、好循環を生み出す働き方改革にしたい。

労働参加率の向上に役立つ「キャリアアップ助成金」

ここまで働き方改革の柱である「生産性の向上」に焦点をあて、関連する助成金と活用法を紹介してきた。次は、もう一つの柱である「労働参加率の向上」に関する助成金に目を向けたい。

「長時間労働」、「正規・非正規の不平等」、「単線型の日本のキャリアパス」を是正する働き方改革の三本柱に取り組めば、ロジックとしては労働参加率の向上につながる。

問題は、こうした取り組みによる企業側のメリットが見えにくかったり、再現性が低かったりする点にある。   厚生労働省は目に見えるメリットをキャリアアップ助成金という形で用意している。不確実な取り組みに着手しやすいよう、この制度は条件が緩くて金額も大きい。

コースは複数に分かれ、いずれも生産性要件という条件がある。これは、働き方改革に取り組んだ結果として生産性が一定以上向上すれば、助成金が増額される仕組みである。

生産性の向上と非正規労働者の処遇改善に関して因果関係を証明する必要はない。

つまり、新しい設備を導入した結果として生産性が向上した場合でも、追加の助成金をもらえる。この設備は業務改善助成金で購入したものであっても構わない。

それでは各コースの詳細をお伝えしていく。

助成金1.正社員化コース

有期契約労働者を正規雇用に転換、または、直接雇用したときに受け取れる。

中小企業の場合だと、労働者一人当たり28万5,000円~57万円が支給され、さらに派遣社員を直接雇用した場合などは4万7,500円~28万5,000円の助成額が加算される。

生産性要件を満たせばさらに50%ほどの増額がある。

助成金2.賃金規程等改定コース

有期契約労働者の基本給を増額した場合、事業所の対象労働者数に応じて、最大で28万5,000円が受け取れる。生産性要件を満たすことで25%ほどの増額がある。

助成金3.健康診断制度コース

有期雇用労働者等を対象とする「法定外の健康診断制度」を新たに規定し、延べ4人以上実施した場合に38万円が支給される。生産性要件による増額もある。

助成金4.賃金規程等共通化コース

有期雇用労働者等に関して、正規雇用労働者と共通の職務等に応じた賃金規定等を新たに作成して適用した場合、57万円を助成する。生産性要件の達成や対象労働者数に応じて増額される。

助成金5.諸手当制度共通化コース

有期雇用労働者等に関して、正規雇用労働者と共通の諸手当制度を新たに設けて適用した場合、38万円を助成する。生産性要件の達成や対象労働者数に応じて増額される。

助成金6.選択的適用拡大導入時処遇改善コース

社会保険の適応範囲を拡大し、有期契約労働者の希望する働き方に沿う形で保険適応した場合に19万円を受け取れる。生産性要件の達成や適用人数に応じて加算される。

助成金7.短時間労働者労働時間延長コース

短時間労働者の週所定労働時間を延長するとともに処遇の改善を図り、新たに被保険者とした場合に一人当たり22万5,000円が受け取れる。生産性要件などの条件を満たすと増額される。

各コースの共通点は、条件を満たす制度改革をすれば必ず助成される点だ。

働き方改革に助成金を有効活用!

  もうおわかりいただけただろう。働き方改革を成功させるキーポイントは「生産性の向上」にある。生産性の向上によって、長時間労働の是正や労働環境の平等化が実現される。

結果、埋もれた才能の発掘や人手不足の解消につながり、再び生産性が向上するという好循環になる。

生産性を向上させるためには設備投資が必要だ。業務改善補助金や働き方改革推進補助金で資金の最大90%が賄える。同時に労務規程を改善するなどして条件を満たせば、キャリアアップ助成金を数百万円受け取ることも可能だ。

国が先導する働き方改革は、少子高齢化の観点からも避けて通れない。しかし、ロジックのわかりにくさや国と企業の利害のズレによって、取り組みづらい施策もある。

あらためて働き方改革の主旨を理解し、経営者と従業員が幸せになれるような道を探っていきたい。(提供:THE OWNER

文・奥平聡(株式会社ライトアップ)