社長というポジションは脈々と受け継がれていくものだ。あなたが経営者でどれだけ経営が好調であってもいつかは社長業を引退するときがやってくる。社長を引退するときは、できる限り信頼のおける人に後を託したい。そうしたとき「信託」によって事業を承継することができる。信託による事業承継にはさまざまなものがありそれらを深く理解しておくことが重要だ。

今回は、事業承継における信託財産について解説をしていく。

「信託」とは何か?

信託財産
(画像=Jakub Krechowicz/stock.adobe.com)

信託という言葉は聞いたことはあるものの「詳しい意味はよく分からない」という人が多いのではないだろうか。そのためまずは信託についてざっくりと確認したうえで信託財産についての解説をしていく。「信託」とは、自分の財産を信頼できる存在に託し受益者のために管理・運用してもらうことだ。「信託」では、主に「委託者」「受託者」「受益者」の3種類の登場人物がいる。

委託者

委託者というのは、文字通り受託者に対して資産の運用を「委託」する者である。個人の場合もあれば企業の場合もあるだろう。

受託者

受託者は委託者から資産の運用をお願いされる立場であり信託銀行や信託会社などがこれに当たる。信託銀行は「通常の銀行業務のほかに信託業務などを行う銀行」のことで個人や企業から財産を信託され、あらかじめ決められた目的に従って管理・運用する。ちなみに社名が「〜信託銀行」となっていなくても信託業務を行っている銀行は存在するため、個別に確認しておくことが望ましい。

受託者

受益者というのは、受託者が管理・運用して発生した恩恵を受ける者のことだ。委託者が「自分のために資産を運用してくれ」と依頼した場合は、もちろん委託者が受益者である。委託者が誰か別の人間を受益者に定めればただちにその人が受益者となる。

このように以下の3つが「信託」の最も基本的な流れだ。

  1. 「委託者」が「受託者」に信託する
  2. 「受託者」が資産を運用する
  3. 運用によって発生した利益を「受益者」に還元する

ここからは「信託をすると何が起こるのか」というもう少し厳密な話をしていく。話を分かりやすくするために委託者をA、受託者をB、受益者をCとする。上記の1では、委託者Aが自分の財産を受託者Bに信託。ここで委託者Aの財産の所有権は、ただちに受託者Bに移り受託者Bが財産の所有者となる。受託者Bはしっかりと資産を運用し発生した利益を受益者Cに渡す。

所有権が受託者Bに移ってしまうことにはなるが、日本には信託法などの各種法律が整っているため、受託者Bは責任を持って資産を運用することを義務付けられる。

信託できる財産とできない財産

前章では信託についての基礎を解説した。「委託者が受託者に財産を信託し受益者に利益の還元をする」というのが信託の基本だ。ここで信託された財産のことを「信託財産」という。今まで見てきたように委託者が信託をすると信託財産の所有権は受託者に移ることになる。しかし財産の中には「信託できない財産」というものがあるのだ。

ここで「信託できる財産」と「信託できない財産」を整理したうえで後の章を見ていきたい。まずは信託できる財産を下記にまとめていく。

【信託できる財産】

  • 現金、不動産など
  • 債権
  • 株式などの有価証券

基本的に「財産」と呼ばれるものであればほとんど何でも信託することができる。この中では現金や不動産が最も分かりやすいだろう。これらは財産的な価値がありまたその人固有のものでもないため、受益者を定めて信託することができる。例えば「自分はもう長くないので自分の所有している現金を息子のために管理・運用してくれ」と信託銀行に委託することは最もスタンダードな財産信託の一つだ。

また「債権」は「債務者からお金を受け取る権利」なので財産的な価値がある。現金や不動産と違って債権は「目に見えない」ものなのであまりピンと来ないかもしれない。しかし信託される債権が「正の価値」を有しているかどうかが重要だ。有価証券も財産的な価値を持っているので例に漏れず信託をすることができる。

このように信託できるかどうかは「それが一般的な財産価値を持っているかどうか」で決まってくるのだ。信託できる財産が分かると「信託できない財産は何か」という疑問の答えはおのずと見えてくるだろう。以下、信託できない財産をまとめてみる。

【信託できない財産】

  • 命、その人の名誉
  • 連帯保証などの負の財産
  • 一身専属権

命や名誉というものはその人自身のものであり「プライスレス」といわれるように金銭に置き換えることができないため信託することはできない。また負の財産も信託は不可能だ。信託はあくまで「正の価値を持った財産を受益者のために管理・運用してもらう」ことである。そのため負の財産は、信託の大原則から外れてしまう。

また一身専属権も信託はできない。一身専属権とは当該権利が専ら特定の人にのみ属して他人が取得・譲渡ができない性質の権利だ。例えば譲渡禁止特約のあるゴルフ会員権や年金受給権、医師免許などが該当する。もし父親に年金受給権があっても息子のために年金受給権を信託して運用することはできない。

このように「その財産が信託できるかどうか」は「それが一般的な財産価値を持っているか」で決まる。この原則だけは覚えておきたいところだ。

民事信託(家族信託)と商事信託

信託と一言でいっても「民事信託(家族信託)」と「商事信託」がある。ただし法律的には「民事信託」の定義はない。

民事信託(家族信託)

民事信託は家族信託とも呼ばれ財産を家族や親族などに管理・運用してもらうことである。これは家族が受託者となるところが特徴だ。そのため信託銀行などを通さずに信託が行える。以前信託銀行などに信託する場合は、銀行へ報酬を支払う必要があった。しかし平成での法改正により個人間においても信託の関係を結べるようになったのだ。

営利を目的としない信託のため、信託業法などの制限を受けずに信託行為をすることができる。

商事信託

商事信託は、信託会社や信託銀行が受託をし営利目的として委託者から報酬を受け取る方式だ。今まで紹介してきた「信託」は、どちらかといえばこの商事信託の話に近いだろう。当然これは営利目的の信託行為になるので受託者は、法によってかなり重い責任や制限を受けることになる。

信託による事業承継のメリット・デメリット

事業承継には大きく分けると以下のような3つがある。

  • 親族内承継:親族などに承継する
  • 親族外承継:従業員などに承継する
  • M&A:外部の人間を後継者に添える

近年ではM&Aの比率が高まっている。中小企業に関していえば「事業承継」は深刻な問題で後継者が定まっていないと答える経営者は多いという。現代では「家業は子どもが継ぐべき」という意識も薄れてきているため、現在の従業員に会社を継がせ、外部の人間を後継者に据えることが増えているのだ。実はこの「事業承継」を「信託」することもできる。

なぜなら先ほどの章で確認したように株式のような財産は、信託財産として扱うことができるからだ。そこで事業承継をする場合を考えてみる。まず経営者は、自社の株式を信頼できる他者に信託。このとき委託者は経営者自身だ。このようにして信託をすると一つの財産に付帯するさまざまな権利を分割し別々の人に割り当てることができる。

つまり「株式の議決権だけを特定の人に設定する」というようなことができ相続や贈与よりも柔軟に財産を承継できるのだ。株式には議決権と財産権の2つの権利が付帯しており「これらを別々に分けて承継したい」というケースがどうしても出てくる。そうしたときに「信託」は非常に効果的だ。このように自由度の高い承継を行えることが「信託による事業承継」の大きなメリットである。

信託による事業承継には、ほかにも「経営期間に空白が生じない」というメリットがある。なぜなら経営者の死亡と同時に受益権などが自動的に移動し、ただちに権利の移転が起こるからだ。信託による事業承継のデメリットは「後継にふさわしい人間が見つからない可能性がある」というものが代表的だ。さらには遺留分の問題もある。

遺留分とは、遺言などがどのような内容であっても法定相続人が受け取ることのできる最低限の割合のことだ。相続で複数の相続人がいるにもかかわらず「自分の財産をすべて○○に与える」という遺言書があったとしよう。この場合でも遺言書に記載がない法定相続人はあらかじめ決められた最低限の割合となる遺留分を請求することができる。

例えば次のようなケースを想定してみよう。経営者Aは、自社のB(親族ではない他人)を後継者にしようと考え財産をすべて彼に承継することにした。しかしAの親族であるCとDは法定相続人であり民法上では当然に遺留分を請求することができる。このように「後継者であるBとAの親族であるC・Dの利害が一致しない」という問題があり法律の世界においても見解が定まっていないという状態だ。

信託財産に関する手続き

信託に関する手続き(今回は家族信託を例に取る)は主に以下の4つの流れになる。

  1. 信託の内容を決める
  2. 信託に関する契約書を作成し、それを公正証書にする
  3. 信託財産の名義を変更、信託のための銀行口座開設
  4. 信託による管理を開始

重要になってくるのは、該当の財産を「誰が、どのように、何のために管理するのか」ということをしっかりと事前に話し合っておくことだ。それは契約書の内容にも反映されてくるし、実際に管理が始まったときに受託者の意識にも影響を与えることになる。

プロの手をうまく借りよう

記事や書籍を読むことによって信託に関する基本的な知識を得ることができる。しかし「信託」は、さまざまなケースが存在し場合によってはとても複雑な状況に巻き込まれる可能性も否めない。特に信託による事業承継は、しばしば遺留分などの諸問題を引き起こすため、何か困ったことがあれば自分一人で何とかしようとはせず専門家の判断を仰ぎたいところだ。

専門家たちには蓄積されたノウハウがあり相談者のおかれている状況を徹底的に分析したうえで最善の一手を提案してくれる。主に法律関係の話になるので弁護士や司法書士に相談するのが一般的だろう。プロの手をうまく借りることによって「信託」をスマートに済ませたいところだ。(提供:THE OWNER

文・小西拓登(ダリコーポレーション ライター)