6月の家計調査が発表されて、特別定額給付金が消費支出をいくらか押し上げている様子がわかった。6月単月で判断すると、特別定額給付金の23.4%が消費支出を押し上げている。5・6月の支給分を併せて計算すると、この限界消費性向は19.2%まで下がる。こうした消費刺激効果は、タイムラグを伴って表れるので、幅を持って観察する必要があるが、だいたい2割前後になるとみることができる。
限界消費性向は2割程度か
6月の総務省「家計調査」が8月7日に発表された。そこでは、政府が支給した特別定額給付金の効果は今まで以上に詳しく分析できるようになった。6月の2人以上世帯の消費支出は、実質・季節調整済前月比で13.0%の伸び率と大きく伸びた。ここには、特別定額給付金以外に、緊急事態宣言が終了して、経済再開に舵を切った効果も加わっている。また、一部の消費費目には、6月末で終了したキャッシュレス・ポイントの駆け込みもあるかもしれない。
まず、定量評価をするために、6月の消費増を実額に換算してみたい、6月の消費支出は、2人以上世帯で273,699円なので、その13.0%は、+31,487円になる。それまでの消費支出の前月比は、3月▲4.0%、4月▲6.2%、5月▲0.1%となって、6月に13.0%と急反発した。だから、政策効果は、6月に一気に表れたとみることにした。この中には、前述のように、経済再開などの効果も含まれているので、無理にその要因を切り分けることはできない(だから、特別定額給付金の効果に含めている)。
それに対して、特別定額給付金の押し上げ幅はどのくらいであっただろうか。勤労者世帯の特別収入の増加は、ほとんど特別定額給付金によるものだろう。特別収入の季節調整値はないので、前年比の増加率を使って計算してみると、次のようになる。特別収入の前年比が19.244倍なので、実額は+146,956円となる計算である。
先の31,487円の消費増を特別収入の増加+146,956円で割ると、21.4%となる。これは、経済学の教科書に出てくる限界消費性向(平均消費性向ではない)になる。ただし、+31,487円は、2以上世帯の前月比から導いたので、本当は勤労者世帯の前月を使わなくてはいけない。ここでは、勤労者世帯の前月比の数字はないので、2以上世帯も、勤労者世帯も同じの伸び率だという大胆な仮定を置いた。すると、6月の勤労者世帯の消費支出298,367円に対して、前月比13.0%の実額分は+34,325円となる。これは、特別収入の増加+146,956円に対して、23.4%である。限界消費性向は、23.4%に修正される。
※6月の平均消費性向(季節調整値)は51.7%と極めて低くなった。5月の53.2%よりも低下している。
幅を持ってみる必要
ところで、特別定額給付金が+146,956円という数字をみて疑問を抱く人はいるだろう。世帯人数は、3.29人(6月)だから、勤労者世帯の世帯全体の特別定額給付金は329,000円になるはずだ。そうやって見当をつけた数字と、+146,956円の金額の2倍以上違っている。
この指摘は正しい。総務省の発表では、7月31日時点の特別定額給付金の支給額は12.32 兆円と、全体の12.7兆円のうち86.8%の進捗率である。12.7兆円の特別定額給付金(事業規模128,803億円)は、一気に家計に給付される訳ではなく、申請に基づいて5~8月にかけて分散されたタイミングで支給される。筆者なりにその支給額を推定すると、6月単月では6.5兆円と、全体の51%が給付される。だから、家計調査の特別収入に表れた金額は一部に過ぎないのだ。月毎の支給額は、5月までに3.0兆円、6月中5.3兆円、7月以降3.2兆円と推定される。
さらに、次に考えたいのは、時間差のことだ。6月中の消費増は、もしかすると、6月中の特別定額給付金だけではなく、5月までの分が遅れて支出に回った可能性がある。5・6月の累計の特別収入の増加額は、+179,147円(5 月+32,191円)となる。6月の消費増+34,325円をこれで割ると、19,2%となる。限界消費性向は、19.2~23.4%とおおむね2割前後になりそうだ。
この数字をマクロ的な特別定額給付金のインパクトに当てはめると、消費押し上げの効果は、+2.4~+3.0兆円(対実質GDP比で+0.4~+0.5%ポイント)ということになる。
※※これまで筆者は、特別定額給付金の限界消費性向は10~25%だと仮置きしてきた。その見当はそれほど間違っていなかったことが、ここで確認できた。
なお、タイムラグの効果を頭に入れると、5・6月に支給された特別定額給付金が、これから7・8月にも消費増に回る可能性がある。数字は、本来はかなり幅を持ってみた方がよさそうだ。
8月以降の給付金の息切れ懸念
6月の家計調査では、個別の消費項目でも、特別定額給付金が押し上げに寄与したと思われる品目がいくつかある。エアコンなど家庭用耐久消費財、家具・寝具、洋服など。そして、テレビ・パソコン等の教養娯楽用耐久消費財である。ここには、キャッシュレスのポイント還元が6月末で終了したことに伴う駆け込みもあるとみてよい。
反面、6月は増える品目があった一方で、旅行・外食といったサービス消費は依然として鈍かった。
4・5月は巣ごもり消費と呼ばれて、食料品や耐久消費財がよく売れた。6月の消費動向もその流れを色濃く引き継いでいる。耐久消費財の消費増はその顕著な例である。
家計の消費行動は、たとえ特別定額給付金があったとしても、低迷するサービス消費を大きく盛り上げることはできなかった。本当ならば、そこにはGoToキャンペーン事業の効果が大きな役割を果たすはずだった。しかし、感染拡大が6月中旬以降は消費者心理を冷やしているとみられる。直近でも、コロナ感染を警戒して、消費者は遠出の旅行には慎重だと感じられる。サービス消費に関連する産業にとっては深刻な状況だ。
今後の消費については、8月以降に特別定額給付金の効果が一巡してくると、全体として回復傾向が勢いなくなっていく心配がある。9月からマイナンバーポイントが始まるが、その効果は限定的だろう。本質は、やはり感染収束なのだが、そこに対して、今のところは楽観的な見方はできないと思っている。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生