要旨
● 新型コロナは世界中で依然として猛威を振るっており、今後の動向次第では、東京オリンピックが延期ではなく、中止という形になる可能性も否定できない。
● 東京オリンピックが中止になった場合に最も注意しなければならないのは、日本人や外国人旅行客の特需が失われること。仮に東京オリンピックが中止になれば、完全な形で開催された場合に比べてGDPベースで+1.7兆円、経済波及効果ベースで+3.2兆円程度が失われる。
● 仮に無観客であれ東京オリンピックが開催されれば、耐久消費財の買い替えサイクルに伴うトータルの需要創出額は4000億円程度期待できる。
● 企業業績の先行きを織り込む株価の上昇率は、経済効果同様すでに2019年にピークを迎えていた可能性が高い。建設やセメント等については、経済への悪影響を通じたオリンピック後の再開発等にも悪影響が懸念されるため、株価への影響も無傷とはいえない。住宅・不動産関連についても、東京オリンピックが開催されれば新型コロナでいったん落ち込んだ観光客の増加でホテルや一部の商業施設の需要増加が期待されるため、その部分が失われれば、株価への悪影響が生じる可能性がある。運輸関連も東京オリンピック開催に向けて魅力的で利便性の高い街に開発された東京への観光需要が失われるため、株価への悪影響が懸念される。家電関連も、観戦関連家電の特需が失われるため、株価へ影響が生じる可能性がある。
● ただ、株式市場全体で考えると、日本株が米国株と連動している通り、日本経済の影響を受けるのは限定的。東京オリンピックの中止自体は関連業種を中心に株価にとって悪材料となるものの、株価全体で見れば、東京オリンピック開催の可否が決まる時点での先行きの世界経済見通しにより大きく左右されることになろう。
(*)本稿は、リベラルタイム9月号の寄稿を基に作成。
はじめに
東京オリンピック・パラリンピックについて、政府は運営の簡素化等を検討している。感染症対策としてPCR検査実施や観客数を削減して開催する可能性もある。開催できれば御の字だが、大会開催までに新型コロナウイルスワクチンの開発、量産化は困難として、医療関係者からは2021年7月24日の開幕は難しいとの見方が出ている。国際オリンピック委員会(IOC)のジョン・コーツ調整委員長は、5月21日に「ワクチン開発がなされても十分行き渡らなければ中止する」可能性に初めて言及している。IOCは10月を開催判断の期限にしているといわれる。
新型コロナは世界中で依然として猛威を振るっており、終息の気配も見えず、今後の動向次第では、東京オリンピックが延期ではなく、中止という形になる可能性も否定できない。 では、もし、東京オリンピックが開催中止となった場合、日本経済、日本社会はどんなダメージを受けることになるのか。最悪の事態を想定しておくことも重要だろう。そこで本稿では、仮に東京オリンピックが中止になった際に、株価へどのような影響が生じるかを考える。
需要創出額は+1.7兆円
1984年のロサンゼルス以降に夏季オリンピックを開催した国の平均的な経済成長率の上振れを現在の日本の経済規模に当てはめると、GDP(国内総生産)の押し上げ額は開催直前3年間の累計で+9.2兆円、開催年だけでも+1.7兆円となる。これを生産誘発額に換算すれば、一次波及まででもそれぞれ+17.0兆円、3.2兆円程度の金額になる。既に経済効果が出現しているのは、インフラ整備である。過去の経験則に基づけば、既に昨年までに17.0―3.2=13.8兆円程度の経済効果が出現しており、株価もすでにそれを織り込み済みである可能性が高い。
従って、東京オリンピックが中止になった場合に最も注意しなければならないのは、日本人や外国人旅行客の特需が失われることだろう。仮に東京オリンピックが中止になれば、過去の経験則に基づくと、完全な形で開催された場合に比べて、GDPベースで+1.7兆円、経済波及効果ベースで+3.2兆円程度が失われることになる。ただ、ここについても、既に新型コロナによって旅行需要が消失しているため、かなり株価に織り込まれている可能性が高い。
なお、仮に無観客であれ東京オリンピックが開催されれば、耐久消費財の買い替えサイクルに伴う需要効果は期待できるものと思われる。仮にテレビの国内出荷台数が2019年の486万台から700万台程度に増加したとすれば、トータルの需要創出額は4000億円程度期待できるため、ここについての期待は逆に一部株価に織り込まれている可能性がある。
無傷では済まない株価
オリンピックが商業化した1984年のロサンゼルス以降の夏季オリンピックを対象として、開催国の株価騰落率を振り返ると、オリンピック開催前年の上昇率が+30%、開催当年が+11%、そして開催翌年が+15%と開催前年が最も高い。したがって、こうした過去のオリンピック開催国の株価推移を今回に当てはめると、企業業績の先行きを織り込む株価の上昇率は、経済効果同様すでに2019年にピークを迎えていた可能性が高い。
これまで、東京オリンピックの恩恵が大きい業種としては、建設やセメント、住宅・不動産、観光、メディア、家電等と見られてきた。そこで以下では、東京オリンピック関連業種を対象に、中止が株価に及ぼす影響を考えてみよう。
まず、建設やセメント等については、競技場や選手村等の施設設備の多くは既に関連業種の収益が実現済みであり、この部分については、株価にとって消化済みである可能性が高い。ただ、東京オリンピックが中止となれば、経済への悪影響を通じたオリンピック後の再開発等にも悪影響が懸念されるため、株価へ影響が生じる可能性があるだろう。
また、住宅・不動産関連については、東京オリンピックが開催されれば新型コロナでいったん落ち込んだ観光客の増加でホテルや一部の商業施設の需要増加が期待されているため、中止でその部分が失われれば、株価への悪影響が生じる可能性がある。同様に、運輸関連も東京オリンピック開催に向けて魅力的で利便性の高い街に開発された東京への観光需要が失われるため、株価にも悪影響は避けられないだろう。
こうした中、仮に無観客でも開催されれば悪影響が限定的な関連業種としてメディアや家電関連等がある。しかし、メディア関連もこれまでマーケティングパートナーとして大会のスポンサー募集に従事し、特に広告代理店等では直接的に東京オリンピックの増収効果を受けることになる。従って、オリンピックが中止となれば、期待収益への悪影響は避けられないことになろう。また家電関連も、無観客となれば一眼レフやビデオカメラ等の特需は失われるものの、テレビやレコーダー販売の需要は喚起される。このためオリンピックが中止となれば、観戦関連家電の特需が失われるため、株価への影響が懸念される。
株価は世界経済次第
サッカーワールドカップと並び、世界の二大スポーツイベントであるオリンピック・パラリンピックの開催は、開催国のスポーツ活動の活発化、スポーツ施設を中心とした社会資本整備の促進、開催地の知名度やイメージの向上、市民参加やボランティアの育成、国民の国際交流の促進に寄与するだけでなく、建設・工業・商業・輸送・対個人サービス等を中心とした産業部門の需要拡大を通じて国内に大きな経済活動をもたらすと期待されていた。従って、仮にそれが中止となると、関連業種の業績のみならず、国民心理的にも失われるものは計り知れない。
ただ、日本の株式市場全体で考えると、足元の日本株が米国株と連動している通り、日本経済の影響を受けるのは限定的である。この背景には、日本の上場企業の多くがグローバル展開をしていることや、売買の6割以上を外国人投資家が占めること等により、現状の日本経済というよりも半年以上先の世界経済の予測が反映されるためである。このため、東京オリンピックの中止自体は関連業種を中心に株価にとって悪材料となるものの、株価全体で見れば、東京オリンピック開催の可否が決まる時点での先行きの世界経済見通しにより大きく左右されることになろう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣