シンカー:財務省は新型コロナを背景とした経済政策のために国庫短期証券・国債を増発し、それに対して日銀は1回の国庫短期証券買い入れのオファー金額を最大で3兆円程度とするなど、需給懸念を和らげる方向に動いてきた。ただ、ここにきて日銀による国庫短期証券の買い入れ額はやや減少傾向にある。日銀は、国庫短期証券利回りの上昇によるドルベースなどの海外投資家からの需要や、国内投資家のキャッシュつぶしニーズの高まりといった動きによって国庫短期証券が消化されることを期待しているのかもしれない。今後も日銀の国庫短期証券買い入れ動向が注目されるが、日銀はできるだけ市場メカニズムを損ねないように増額に対して慎重な姿勢を続ける可能性があるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

日銀は国庫短期証券買い入れ増額に慎重姿勢を示している

8月初めに3か月国庫短期証券利回りは-0.063%をつけ、政策金利である-0.1%を上回る水準になるなど上昇圧力がかかっている。財務省は新型コロナを背景とした経済政策のために国庫短期証券・国債を増発し、それに対して日銀は1回の国庫短期証券買い入れのオファー金額を最大で3兆円程度とするなど、需給懸念を和らげる方向に動いてきた。ただ、ここにきて日銀による国庫短期証券の買い入れ額はやや減少傾向にある。同時に、ドルベースの投資家から見てみると、米国の国庫短期証券に投資した場合と比べて、円転後の日本の国庫短期証券に投資した場合の上乗せが縮小しているため、海外投資家からの日本の国庫短期証券への魅力が減少していることも利回り上昇につながっているようだ。Fedが新型コロナへの対応として主要中銀に対してドルの供給を積極的に行ってきたことなどから、ドル円ベーシスのマイナス幅が縮小(ドル調達コストが縮小)したことが背景の一つと考えられる。ただ、日銀はドル供給オペ(1週間物)の頻度を9月以降、週3回から週1回に減らすと発表するなど、新型コロナによる危機的状況が落ち着いてくるにつれて正常化に動き始めており、ドル調達コストが多少は上昇する可能性があるだろう。そうなれば、海外投資家からの需要が再び強くなるとみられる。国内に目を向けると、国庫短期証券利回りが政策金利の-0.1%以上になってくると、キャッシュつぶしニーズも強まるとみられ、日銀はこのような動きによって国庫短期証券が消化されることを期待しているのかもしれない。今後も日銀の国庫短期証券買い入れ動向が注目されるが、日銀はできるだけ市場メカニズムを損ねないように増額に対して慎重な姿勢を続ける可能性があるだろう。

図 国庫短期証券利回り(%)

国庫短期証券利回り(%)
(画像=Bloomberg、SG)

図 国庫短期証券買い入れオペ動向

国庫短期証券買い入れオペ動向
(画像=Bloomberg、SG)

図 ドルベースの投資家から見た円転後の国庫短期証券投資妙味 (3か月)

ドルベースの投資家から見た円転後の国庫短期証券投資妙味 (3か月)
(画像=Bloomberg、SG)

注:ドルベースの投資家から見た円転後の国庫短期証券投資妙味=日国庫短期証券利回り-JPY Libor-JPY Basis+USD Libor-米国庫短期証券利回り

=(ドルTEDスプレッド:USD Libor-米国庫短期証券利回り)-USDJPY Basis-(円TEDスプレッド:JPY Libor-日国庫短期証券利回り)

インフレの上振れ容認は物価期待上昇につながるか

27日にオンラインで行われたジャクソンホールシンポジウムで、パウエル議長は平均して2%のインフレを目指すと表明、雇用の最大化を強調した。平均インフレターゲットの導入により、実際のインフレ率が目標を下回っていた分、今後の上振れを容認することで、景気の回復が十分でない中でのインフレ上昇による金融引き締めを迫られる事態を避けることができると考えられる。さらに、サンフランシスコ連銀のリサーチペーパーでは、インフレターゲットよりも平均インフレターゲットの方が、将来的な物価目標の実現に対する信頼性がより高いと見られる可能性が指摘されている。一方、日本においては2013年4月の物価安定目標の早期実現の約束や、2016年9月にYCCと同時に導入された日銀のオーバーシュート型コミットメントにもかかわらず、インフレが伸び悩んでいることが、物価目標の実現に対する信認の低下につながってきた。こうしたコミットメントによって一度のインフレ期待の押上げには成功したとしても、財政の緩和度合いが十分でなく、総需要が弱いことにより構造的にインフレが上昇しにくい経済状況においては金融政策の効果は十分に発揮できないことを過去の日本の経験は示していると言える。足元では新型コロナを背景とした需要の喪失とそれによるデフレが意識されており、一度インフレのアンカーが外れてしまえば米国もJapanificationに近づいてしまうリスクが出てくるだろう。ただ、新型コロナによって、グローバルに財政政策と金融政策によるポリシーミックスが明確に意識されるようになっている点がこれまでとの大きな違いである。新型コロナ危機が落ち着いてきた後も、緩和的な金融政策と合わせて財政政策によって総需要をサポートすることが、新型コロナによるデフレ圧力を一時的なものにとどめるか、継続的なものにしてしまうかを決めるファクターとなるとみられる。日本においても、将来的にグローバルにインフレ期待が持ち直してきたときに、その流れに乗ることができるかが重要になるだろう。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司