何事もコロナ次第と言えば、景気の先行きが見えなくなる。そこで具体的な景気シナリオを立てると、10~12月は政策支援の息切れや冬のボーナス減少による悪化が心配だ。2021年は、雇用・賃金が厳しくなり、東京五輪開催が怪しくなることが懸念材料だ。反面、輸出環境は、中国向けなどが伸びる期待感がある。米大統領選挙でバイデン候補が勝利すればその流れが後押しされるだろう。
10~12月は政策効果が息切れ
政府の分科会は、7月末をピークに新規感染者数が緩やかに減少したと分析している。これで第二波が収まればよいが、冬に気温が下がると第三波の不安も拭えない。
やはり当分の間、コロナ感染によって経済動向が支配される局面が続きそうだ。それでも、先行きが不確実だからこそ、確からしい景気シナリオを事前に描いて、それを基本に修正していくことが必要になると、筆者は考えている。
そこで、本稿では、まず10~12月のシナリオを考えて、さらに2021年の論点整理を行っていきたい。
最初の10~12月は、方向感として下向きの要因が目立つ。政府が国民1人当たり10万円を支給した特別定額給付金の効果は、秋から冬にかけて減衰するだろう。総額12.7兆円のうち、5月3.1兆円、6月6.8兆円、7月2.6兆円(いずれも筆者推定)と大半がすでに支給されていて、その押し上げ効果は、7~9月までだろう。つまり、10~12月には、むしろ、消費の勢いを落とす要因になりそうだ。
企業向けの持続化給付金も、8月17日までに約3.9兆円の支給が行われて、それが企業の支出増加を支える効果も、おそらく10~12月には衰えるだろう。2020年度の第一次・第二次補正予算の効果は、全般的に成長率を押し上げる役割がなくなっていくのだ。
逆に、それと裏腹に起こるのは、政策効果で持ちこたえてきた企業の倒産や失業増加による景気悪化である。物価下落圧力もそれと同時に強まっていくとみられる。
冬のボーナス減少
雇用は、景気指標の中で遅れて動く遅行データとして知られる。今回も完全失業率は、コロナ前の2月2.4%から6月2.8%に僅かしか上昇していない。しかし、就業者数の変化は、3~6月にかけて▲106万人の減少(ウエイトでは▲1.6%)している。家計の購買力は、いくらか減少していることは間違いない。
景気への下押しは冬のボーナスが減少することでも強まるだろう。年末の消費は、月次でみて最も多い月になる。年末消費の勢いが落ちることは、雇用への悪影響を強めるだろう。
また、冬になると、気温が下がってコロナ感染への警戒感が強まるだろう。冒頭、現在、第二波が収まりそうな期待感があるが、第三波の来襲が冬には起こりかねない不安は残る。例年、冬はインフルエンザや風邪が季節的に増えるから、それで高熱を発した人が「自分はコロナかもしれない」と疑うことになる。これも、人々の心理を悪化させるバイアスになりそうだ。
10~12月の材料をまとめると、月の3つになる。
(1)給付金などの政策支援の息切れ(2)冬のボーナスの減少(3)冬のコロナ感染リスクの警戒
中国経済の牽引力
製造業については、少し楽観的な展望が持てそうだ。生産活動は、4~6月は大きく落ち込んだが、すでに7~9月は持ち直しが期待できる。6月の鉱工業生産指数で発表された7・8月の生産予測指数では併せて15%の上昇が見込まれている。もちろん、この予測指数は下方修正されることが多く、額面通りに捉えてはいけないが、修正されても上向きの結果にはなるだろう。なぜならば、業種の内訳で、下方修正されにくい輸送機械が7月は大幅な上昇見通しを示しているからだ。製造業は、7~9月にかけて上昇し、10~12月もその流れを引き継いで緩やかに回復しそうである。
そうした回復の根拠となるのが、中国などアジア向け輸出の持ち直し期待である。コロナ感染者の累計数は、8月26日時点で中国本土(除く香港)では8.5万人、日本が6.4万人である(米ジョンズ・ホプキンス大学集計)。東アジアでは、台湾、ベトナム、タイ、マレーシアが感染者数が少ない。韓国も1.8万人である。欧米や他の新興国とは桁違いに少ない。冬には、中国など東アジアの輸出回復がもっと鮮明になる期待感がある。
大統領選挙と東京五輪
10~12月のイベントとして大きいのは、米大統領選挙である。事前の調査では、民主党のバイデン候補の支持率が高い。本番での逆転がないとすれば、バイデン候補が勝利して、日米関係も仕切り直されるだろう。同時に、米中対立も大きく転換されて、報復関税が大胆に見直されるという期待感もある。現時点では、バイデン候補の事前に示しているメニューには報復関税について言及されていないので確定的なことは言えないが、バイデン大統領になれば報復関税がなくなって、中国経済の成長はプラスとなり、日本から中国への輸出増の恩恵があるかもしれない。こちらは、好材料である。
秋以降の予定には、2021年夏の東京五輪の扱いが決まることもある。政府は、たとえ参加国が少なくなっても開催にこだわっているとされる。万一、東京五輪の中止となれば、民間企業のマインドには暗い影を落とす。すでに進んでいる都市再開発の採算見通しも厳しくなり、長期的悪影響が残るだろう。民間シンクタンクの経済予測を集めたESPフォーキャスト調査(日本経済研究センター)の8月調査では、2021年4~6月、7~9月にかけて成長率がほとんど持ち上がる見通しを示していない。つまり、たとえ五輪開催が予定通りであっても、その押し上げ効果はかなり小さいという見方に変わってきているのだ。
2021年の景気低迷
2021年の漠然とした期待は、コロナのワクチン・治療薬が完成・普及して、人々の不安感が大きく後退することだ。ただ、それは先見的に景気シナリオに織り込めない。 反対に、経済の趨勢としては、2021年一杯は低成長を予想する。具体的には、企業が過剰供給能力を抱えて、需給悪化の弊害が起こる見通しである。2020年4~6月の需要落ち込みで生じたデフレ・ギャップは、2021年中は埋まらず、物価下落圧力も強い。供給能力が余っているから、新規の設備投資も減少し、雇用拡大も見込みづらい。供給超過を解消するためには需要増加がなくてはならないのだが、この供給超過が原因となって、投資・雇用が減少して需要はますます落ちてしまう。言い換えると、潜在成長率が低下する見通しだ。悪循環の作用とも言える。
需要の弱さは、民間シンクタンクでほぼ共通している。例えば、先の8月のESPフォーキャスト調査では、2021年度の実質経済成長率は、3.4%となっている。この数字はそこそこ成長するような印象を与えるが、筆者が計算すると、ゲタの効果が2.0%ポイントを占めていて、正味の成長は1.4%ポイントでしかない。ゲタの概念を少し説明すると、2021年度の成長率は、2021年4月までに前年度のGDP水準から増える要因と、2021年4月から2022年3月まで増える要因に分けられる。いわば、前者の増加分は、過去の遺産のようなものだ。実質の増加分は、後者の2021年4月から2022年3月までの増加分である。計算すると、それが2021年度にはたった1.4%しか見込まれていないということが、民間シンクタンクの弱気の見方を反映している。
少しテクニカルな数字にこだわり過ぎたので、大局的にみると、2021年はコロナ感染の状況とは別に、2020年の大きな落ち込みの後遺症に苦しむ年になるだろう。頼みの綱は、外需である。国内イベントよりも、以前にような海外依存に戻ってしまう。国内では、雇用悪化、賃金下落が警戒されるところだ。
2021年度の国内イベントと言えば、安倍政権の任期切れが2021年9月に控えている。健康不安説もある中で、2021年の政権運営はかなり見通しづらい。ひとつ言えることは、もはや金融・財政政策は、大きな役割を果たすことができないだろうという点である。これは、ポスト安倍が誰になろうとも共通して言えることだろう。(提供:第一生命経済研究所)
最後に、2021年の論点をまとめると、次のようになる。
(1)デフレ・ギャップが残存して需要悪化の悪循環が起こる。(2)外需回復が頼みの綱。(3)東京五輪効果は期待薄。
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生