安倍首相が突然、8月28日に辞意を示した。7年8か月の長期政権は、様々な課題を残して幕切れとなった。そこで、金融・財政政策の課題を簡単にまとめてみた。金融政策は、もう有効な手段が残っていないこと。財政政策は、財政再建の目処が立たなくなっているのをどう仕切り直すかである。
最長政権の幕切れ
安倍首相が辞任する意向を示した。政権は、8月24日に連続在職日数が過去の佐藤栄作政権を抜いて、歴代1位となったばかりだ。第2次安倍内閣は、2012年12月26日から実に7年8か月間も継続していることになる。本稿では、安倍首相辞任によって流動化する政策運営の課題を簡単にまとめてみたものである。
物価上昇率は1%前後を達成
まず、金融政策では、物価上昇率2%の目標を安倍政権下で導入して、まだ未達のままである。その中でコロナ禍に見舞われた。日銀政策委員に次々にリフレ志向の人物を送り込む手法はかなり強引であり、筆者は強い疑問を持っているが、政策のパフォーマンスについては一定の評価もしている。
2017年に物価上昇率がプラスになり、一時は安定的に1%前後の上昇率を達成できていた(図表)。
これは、人口減少の中で完全失業率が下が ってきたことが大きい。人手不足が物価上 昇圧力になった。
2%の物価目標は、安倍政権が日銀に利上 げをさせない目的で設定したものだが、こ の結果をみると、1%の物価上昇率はどう にか実現できたことがわかる。今後、仮に コロナ危機が幸運にも短期収束して経済が 回復したとき、物価は1%上昇に戻るであ ろうか。日銀は今まで「物価を2%にアンカ ーする」と言ってきた。2%ではなく、1% であっても本当にアンカーできていれば日 銀の政策意図は成功することになる。
景気対策の手段が乏しい
その一方で、今の日銀には追加的緩和手段がほとんど残されていない。短期金利のマイナス幅を深掘りする選択はあるとしても、銀行収益を打撃する弊害があり、実質的に選択できないとみられる。
物価は何とか1%まで浮上させたが、政策ツールとして有力な手段が残っていないので、物価コントロールなどはできないとみられている。
この問題は、日銀だけの問題ではなく、コロナ感染の下で需要対策が打てない政府の課題でもある。政府は、2020年度第1次、第2次予算を併せて巨大な追加歳出増を実施しているが、その中には需要対策としてデフレ・ギャップを埋めるものは限られている。GoToキャンペーン事業などは数少ない手段だが、まさに感染リスクを高める可能性が強く警戒されている。
税収回復に成果を上げた
安倍政権の財政運営は、巨大赤字拡大を残した点で、後世から批判を受けるだろう。しかし、敢えて良かったこともある。消費税率を引き上げて、税収水準を60兆円台まで増加させたことである。
2020年度の当初計画では63.5兆円の税収見通しである。もしも、安倍首相が別人のように歳出削減に取り組むとしたならば、財政赤字は2020年度当初予算の段階で相当に縮小したことだろう。
しかし、残念ながら、コロナ禍に見舞われて、財政再建は再び漂流することになっている。2025年度の基礎的財政収支の黒字化はほぼ絶望的だ。そうした見通しを含めて、大胆な仕切り直しが財政再建に関しては必要だと思える。また、今後、2020年度の巨大な経済対策の財源を明確にしなくてはいけない。ここは、筆者はポスト安倍が避けて通ることのできない問題だと考えている。
成長戦略の再起動
ポスト安倍政権の政策は、まずはコロナ対策に力を尽くすことであるが、感染リスクと経済刺激のジレンマがあるので、そこは難しい。
また、ここまで見た通り、金融・財政政策は、もはや大きな追加策を打てなくなっている。ポスト安倍政権は、これまでの安倍政権よりもずっと自由度が狭い。誰がやっても難しい政策運営になるだろう。
おそらく、経済界などからの求心力を得るには、安倍首相がなし得なかった成長戦略の再構築を行うことがチャンスになるのではないか。医療、農業、社会保障など、大きな構造改革をすると表明して、いずれの改革も入り口で立ち止まってしまった反省がある。成長戦略も、何の実効性も伴わずに、やがて誰も口にしなくなった。安倍政権のやり残した課題で最大のものとして、「成長戦略の再起動」が望まれる。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生