日本の旅行業界はインバウンド需要が顕著に高まっていたが、新型コロナウイルスの世界的感染拡大に伴い、旅行が極めて非現実的なものと化している。日本では緊急事態宣言が解除され、アフターコロナも見据え始めている。アフターコロナにおける旅行業界はどうなるのだろうか?
アフターコロナの海外旅行者数は最悪前年比78%減に!?
これまで増加の一途を辿ってきたインバウンド(訪日外国人旅行者)だが、日本政府観光局(JNTO)の推計値によれば、2020年4月には前年同月比99.9%のマイナスで2,900人にまで減少しているという。
他の国々や地域も同じような入国制限措置を講じており、同じくJNTOの推計によれば、2020年4月の日本人出国者数も99.8%減少の3,915人にとどまっている。
UNWTOによる海外旅行の見通し
2020年5月に国連世界観光機関(UNWTO)は、2020年のアフターコロナにおけるグローバルな海外旅行者数の見通しについて、3つのシナリオに沿った推計を発表した。
国境封鎖や渡航制限などの実施に伴い、第1四半期(1〜3月)の海外旅行者数は前年同期比で22%も減少しており、特に3月は同57%減と落ち込みが目立ち、約800億ドル(約1兆5300億円)もの観光収入が失われたことになっているという。
アフターコロナの海外旅行者に関する3つのシナリオとは、旅行者数の推移を楽観・中立・悲観の3つの筋書き別に展望したものだ。
まず、国境が段階的に開放されて7月上旬から旅行制限が緩和されるシナリオ1では、年間の海外旅行者数が前年比で58%減になると推測している。続いて、9月上旬からの旅行制限緩和を想定するシナリオ2では、同70%減と予測され、旅行制限の緩和が12月上旬となるシナリオ3では、同78%減にまで落ち込むと予測している。
コロナの影響は過去最大級
2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)発生後が0.4%減、2009年のリーマンショック後が4%減だったのと比較すると、今回のコロナ騒動が旅行業界に及ぼしているダメージがいかに大きいのか想像できよう。楽観的なシナリオ1でも観光収入は9100億ドル(約97兆円)も消失し、悲観的なシナリオ3では1兆2000億ドル(約128兆円)に膨らむと推計している。
さらに、観光業界において1億〜1億2,000万人もの直接雇用が失われる恐れがあることをUNWTOは指摘。米国だけに目を向けても、旅行業界における失業者はすでに2020年5月1日時点で約800万人に上ったとも推定されており、同業界に対する経済的ダメージは9.11テロ事件時の9倍に達するとの観測もある。
海外ではすでに旅行客の受け入れ再開が進むも戻りは鈍く…
観光業に力を注ぎ、GDPにも大きな影響を与えるような国々では、感染症対策と観光客受け入れを両立させる動きもある。
ヨーロッパでは
コロナ禍における旅行業界が非常に厳しい情勢にあるとはいえ、既に観光業の再開に向けた取り組みが進んでいるのも確かだ。スペインやイタリアでは観光地への観光客受け入れ体制整備が進んでおり、7月からは海外からの旅行者向けに空港利用を再開する方針である。
東南アジアでは
一方で、東南アジアの主要国はコロナ感染が再び広がる「第2波」を警戒し、観光業の本格的な再開には慎重な姿勢を示している。シンガポールが4月に受け入れた外国人旅行者は、前年同月比99.9%減となっており、同国で高級リゾートを運営するバンヤンツリー・ホールディングスは、従業員の約1割を解雇するに至っているが、それでも早期の受け入れ再開は難しいと考えているようだ。
観光業の復活は難しい
仮に観光客の受け入れを再開したところで、訪れる側が二の足を踏む可能性も高い。実際のところ、受け入れ再開に積極的な国々でも、旅行者の目立った回帰は観測されていない。
特に不振が長引く可能性が指摘されているのは、数ヵ国を巡るクルーズ船ツアーである。横浜港でのダイヤモンド・プリンセス号内クラスター(集団感染)による新型コロナウイルス拡散や、長崎港で整備を行っていたコスタ・アトランチカ号でのクラスターなどが世界的に話題を集め、客足が戻ってくるまでにはかなりの時間を要しそうだ。
米国内では「国内旅行」拡大の提案もある
世界最大の感染者数を記録している米国では、テレビ番組に出演したムニューシン財務長官が「トランプ大統領は旅行の需要喚起策を検討している」と発言。年内における海外旅行の再開には難色を示したものの、「旅行するなら、米国内を探訪するのはどうか?素晴らしい場所がたくさんある」と訴求した。
国内観光の復活の方が近い?
UNWTOも今後の見通しついて、海外旅行よりも国内旅行の回復のほうが早いと捉えている。そして、出張需要よりもレジャー需要のほうが先駆けて回復し、友人や親類を訪ねる旅行の戻りが早いと予想している。
米国の旅行業界も、需要回復を促す布石を打っている。USトラベル(全米旅行産業協会)は5月初旬に、コロナ収束後の旅行の新常識に関するガイダンス「Travel in the New Normal(トラベル・イン・ザ・ニューノーマル)」を政府と各州知事に提出した。
医療専門家と旅行関係者によって結成されたタスクフォースが作成したもので、アフターコロナにおける旅行者と旅行業従事者の安全確保、感染リスク軽減の方策についてまとめている。ガイダンスに沿って万全な対策を徹底することを強くアピールし、コロナ禍での旅行に対する不安を払拭することも狙っている模様だ。
このような海外における旅行業界の復活に向けた動きに対し、日本人は旅行についてどのような意識を持っているのだろうか?次項では、日本国内の事情に焦点を当ててみたい。
日本でも国内旅行から回復を示す可能性がある
日本では厚生労働省が感染症専門家会議からの提言を踏まえて、アフターコロナにおける「新しい生活様式」を公表されており、旅行業界に関連する「移動に関する感染対策」について、以下のような指針が示されている。
・感染流行地域からの移動や、感染流行地域への移動は控える
・帰省や旅行はひかえめに
・出張はやむを得ない場合に
諸外国のような強制力のない「緊急事態宣言」でも多くの国民が自粛に努めたように、「新しい生活様式」の内容についても、律儀に対応する人が少なくないかもしれない。その結果、ひたすら旅行を我慢したり、あるいは旅行に出る人に“自粛警察”が批判を浴びせたりする動きが続く可能性も考えられる。
旅行客はどう考えているのか
JTBとJTB総合研究所が共同でまとめて5月下旬に発表した「新型コロナウイルス感染拡大による、暮らしや心の変化および旅行再開に向けての意識調査(2020)」では、回答者の間で旅行に対する意欲は高いものの、再開には慎重な姿勢を示している状況が浮き彫りになった。
やはり、まずは日本国内の旅行を夏休みなどに再開することを考えている人が多く、海外旅行については秋以降をイメージしているようだ。
すぐに行きたい場所として目立ったのは、知人宅や自然が多いところ、帰省先、居住都道府県内だった。旅行の本格的な再開に関しては、コロナ収束の道筋が見えてくることが前提となっているようで、「治療薬やワクチンが完成して効果が出る(45.6%)」や「WHO(世界保健機関)の終息宣言(33.9%)」といった回答が多かった。
旅行に際しても、マスクの着用や消毒などの衛生管理や“3密”の回避については、約8割が継続を意識しており、旅行先でも重視しているようだ。コロナ禍での旅行計画を阻む理由としては、感染症への不安以外では「世間体が悪い」という声もあり、やはり“自粛警察”のような他人からの過剰反応を気にしている様子も垣間見える。
コロナ禍で旅行業界は漆黒の暗闇の中にあるが、いずれ日はまた昇る
今回のコロナ騒動はまさしく超弩級のショックをもたらしたが、旅行業界は過去にも何度となく危機的状況を迎え、それを乗り越えてきた。古くは1970年代のオイルショック、先述の9.11テロ事件やSARS、リーマンショックなどが挙げられ、その直後には旅行業界も不振に陥ったが、やがては回復を示してきた。
しかも、新興国の経済発展やLCCの普及に伴って、グローバルな旅行業界では市場の拡大が続いてきた。UNWTOが2010年に発表した長期予測では、海外旅行者数の14億人到達が2020年になると見込まれていたが、それを2年前倒しで達成している。
コロナによって足元では旅行関連市場が縮小しているものの、経済の回復基調が鮮明になるにつれて、やがては再び拡大傾向を示すことが期待される。人類の長い歴史を振り返ってみても、旅行はその目的はさまざまであるにせよ、太古から切っても切り離せないものだったと言えよう。
アフターコロナの旅行業界の行く末は
新型コロナウイルスによって、2020年の旅行業界は、楽観シナリオと悲観シナリオのどちらへ向かうにしても、グローバルレベルでの不振が顕著になるのは避けられそうにない。アフターコロナを見据えた旅行に対するニーズは燻っているものの、やはり感染に対する不安から、多くの人たちが旅行を躊躇しているのが実情である。
アフターコロナの旅行業界が以前同様に戻るためには、当然ワクチンの開発成功などによって感染に対する不安を抑えることが必要である。その上で、まずは国内旅行において復活の兆しが生じ、いずれは海外旅行者の数も再び拡大傾向を示すというのが、アフターコロナの旅行業界の中長期的な展望である。(提供:THE OWNER)
文・大西洋平(ジャーナリスト)